とんでもない女③
(つづき)
『あいつは自分が万歳をするからジャージを脱がせて持ってきた服を着させるように俺に命令してきやがったんだ……くそっ!』
なんだか相当悔しそうだ。
「そりゃあれだよ……甘えてんだよ。賢吾に」
甘えも度が過ぎれば甘い暴力になりかねないが。うちの姉なんてまさにそうだ。平然とあれやってこれやってとめんどくさいことを押し付けて自分は楽しようとするーー要は甘えてくるのだが、それを断った日には後でどんな仕打ちを受けるのかわかったのもではない。
『甘えか……まあそうなのかもしれん。しかし俺は思った。いや、悩んだ。それでいいのか、俺という存在が女に奉仕するような男であっていいのかと』
賢吾の拳がたぎる。こんなに自分の価値に貪欲なやつだったかな。
「葛藤したわけか」
『ああ。まるで俺があいつの執事みたいじゃないか。執事ならまだいい。しもべみたいじゃないか。俺はそんな人に使われるようなことはしたくない』
すごく悔しいらしく、拳は握ったままだ。こんなにすごい賢吾のプライドを感じたことなど今までになく、前にちょっとテンション高めの女子に自慢のツンツン頭をカラーの髪ゴムで細かく束ねられてハリセンボンみたいにされたときもたいして怒らなかった賢吾が今こんなに怒っているのが個人的には面白い。
「で、どうしたんだ?」
賢吾はうつむきながら少し歩いてフェンスにしがみつく。
『躊躇してたら「さっさとしなさいよ! 手がつっちゃうでしょ!」と怒鳴られたのでやむなくやりました』
強面のわりに気が弱くて押しに弱いんだよな。
賢吾はそのまま膝をついた。
「大げさだなー。そんな落ち込むことないだろ」
『ちがう! 間違っているぞ、奏陽! 男っていうのはな、イメージが大事なんだ。「人の一生はイメージで決まる」という有名な言葉もある。イメージというのは一瞬が命とりなんだ。一瞬たりとも隙があってはならないんだ!!!』
なかなかの仲の間柄ですが、食後のぽかぽか陽気の中でうとうとしようと思っていた矢先のこの一方的な感情の捌け口にされている感じ、いよいよめんどくさくなってきました。
「そんなにイメージイメージ言うなら、結果的には優しいイメージなんだからいいんじゃないの? 「男なんて優しくなければ価値がない」とうちの姉が言っていたぞ」
『んなっ! ……それは何番目のお姉様ですか?』
フェンスから手を離し、いつの間にか目の前にいた。
「い、1番目……かな」
『1番目……』
「いやーでも俺は絶対いやだな。とんでもない女は」
うちの姉の話などしたくないので、賢吾の思考をさえぎるように会話を軌道修正した。
『いや違う! 俺なんだ、それを主張したいのは! そのためにこの話してるから!』
賢吾は憎しみを纏った表情で『とんでもない女は絶対嫌だ! とんでも女だけは、絶対に!』と自分に言い聞かせるように言った。




