辻橋女子高等学校@生徒会室⑥ ― 恥ずかしのベール
―――吐息を感じる。
近すぎて目の焦点が合わない。左目と右目を交互に見る俺とは違い、沙紀は一点に俺を見つめている。
机の上に腰を置きつつ、姉の精神的及び物理的―――肉体的と言った方がわかりやすいか、とにかくあらゆる要素を含んだ圧力から体を可能な限りそらして何とか口が触れるのを避けられているといった具合だ。別にプロレスをしようと言っているのであって、まさか口吸プロレスを意味しているとは思えないから、この圧迫感というのは、ただの接近という名の脅しの一種だとは思うが。沙紀お得意の。
今の沙紀の言うプロレスは、きっといつもの姉弟のじゃれ合いとは違う。話の流れを踏まえれば、おそらく肌色のパーセンテージが非常に高い一空間をこの部屋に添えることとなるものだ。きっと。
……まぁ、ね。まぁわからんでもないよ。これから人に教えることをその教える側がわからないなんて、やったことがないなんて、教える資格ないからな。プライドが高い沙紀のことだ、そんな状況の自分が嫌だ、もっと言えば許せないというところまで思いが高ぶっているかもしれない。
しかし……だがしかし、だ。俺が次に言う言葉は俺の意思はもとより、この世の道理的、倫理的に言わずもがな決まっている。
「いやしませんヨ。そんなこと」
「んなっ?! 私の誘いを断るだと? それは私とはできないということか?!」
「いやそうでしょうヨ。普通に考えテ」
胸倉をつかまれているのは言うまでもないのだが、どうやら沙紀の怒りをそれなりにふんだんに買ってしまったらしい。
「私がお前に頼み事をするなんてめったにないことだぞ。日ごろの私への感謝を今こそ返すときではないのか?」
いやいやいやいやいやいやいやおかしいでしょうよ、それ。どういう思考回路してるんですかこの姉貴は。どこの姉弟に日ごろの感謝の印としてくんずほぐれつするやつがあるかよ。せいぜいマッサージでしょうよ。というか毎日頼み事のオンパレードですけど? もうそれが常態化してるから、あくまで頼むのは最初だけでそれ以降は当たり前、してもらえるのが当たり前、逆にされない状況が異常みたいな、どこぞのお嬢様モードということですかね! まぁこの学園にいる時点でお嬢様意識が仕上がっていくんでしょうけどね。
「こんな素敵な姉を持ち、その姉に奉仕することが喜びと言わんがばかりの表情をしながら生きているお前が断るなんて考えにくいが……最後のチャンスをやろう。照れているのなら、今こそその恥ずかしのベールを脱ぐ時だ。もう一度言う。私と‘プロレス’をしないか?」
どうやら俺の体の周りには「恥ずかしベール」というものが纏ってあるらしい。もちろんそんなものは纏っていない。そんなまやかしが見えるくらいに、この人は本来の俺が見えていないのだろう。 だって! いつ俺が姉たちの世話をしているときに喜びの笑みなんて浮かべたよ! ため息をついた記憶は無数にあるけど笑ったことなんてほぼ記憶にありませんよ! もう脳内で都合の良い弟が現実以上に出来上がってんだろうな。 それにしてもなんで沙紀はこんなに‘好戦’的なんだ? おかしいだろう? 何考えてんだ??? 言わなきゃいけないのか? わかってていってるんだよな? それが冗談の誘いということで合ってるに決まってるよな? ということは俺にこのセリフを言わせたいんだろ。
「だ、だから俺たち、きょうだ―――」
「会長ー。来たわよー」
この学園で実質、高等学校生徒会長以上の権力を持つであろう双子姉妹の登場により、俺の声はかき消された。




