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辻橋女子高等学校@生徒会室② ― お嬢様学校に侵入してみた

 真っ白な廊下に、真っ赤なカーテン。金色の複雑な刺繍が赤生地に映える。


 コツコツと鳴り響かせるヒールローファーの音が、一直線に長く続くこの廊下を突き抜ける。


 窓から見える景色は、鮮やかな緑を付けた木々に、色とりどりの花々、それらに群がる鳥や蝶というように、絵にかいたような―――違うな、理想のお嬢様学園を夢見て、それを具現化したような、まさにそんな感じだ。とても生徒が掃除をしているとは思えない校舎の綺麗さであるが、少し遠くに目を移すと、それについて自ずと首を縦に振れる。というのも、黒いドレスチックな洋服の上に白いエプロンを着た人たち、どうみてもお手伝いさんが掃除をしていた。俗に言うメイド服とでも言えばわかりやすいだろうか。こういう人でもいなければこんな新築並みのレベルの清潔さを保てるわけがない。納得だ。納得と同時に、この学園の資金力が尋常ではないというのも伺えてしまう。


 というのも、正方形にかたどられた敷地の周囲には、二階建ての一軒家くらいの高さのある石造りの壁があり、四方の壁の中央に門が設置されている。その門の前に立ったとき、そこから左右に伸びる壁の長さはそれぞれが五百メートルくらいはありそうであった。正直、イメージだけでいえば化け物だ。一般のレベルをはるかに超えすぎてもはや化け物級の資金力を持っているのだろうというのがうかがえる。


 等間隔に並ぶ廊下の窓からは、本校舎が見える。ここは別棟で、通常の教室として利用するものではない部屋が入っている。こことは渡り廊下でつながっている。




 とりあえず無事、この完全男子禁制をかかげている学園に潜入を果たした俺、ソヒリーヌだが、今はいわば見た目は女の子、頭脳は男の子といったような性別ハイブリッド状態である。




 ―――まあ、その、なんだ、校門のガードマンにいろいろとその……なんだ、男としての象徴が象徴じゃなかったというか、象徴として認識されなかったというか、つまりは男として認識されなかったというか……それは結果的にはよかったんだけども、この沙紀のミッションを成功させるにはプラスに働いているのだけども、……心中を察してほしい。




 なにはともあれ、この男子禁制の学園、いわば女子の楽園、花園という、もしかしたら日本で唯一の女子オンリーなエリアに、門番が言うには、これまで男が足を踏み入れたことはないということだったが、今日この日をもって、門番が誇らしげに語っていたその無男歴史は幕引きとなる。


 ……といってもそれを知っているのは俺と沙紀だけであり、そんなことを知られた暁には、国の法ではさばかれないだろうが、ちょっとした幽閉、および島流しくらいはされるかもしれない。あくまで非公式記録となるのがちょっぴり悲しい。




 それはそれとして―――。





「……あ、あの」




 コツコツコツコツ――――。




「あの……お姉様、……お姉様っ!」




 それこそ突き抜ける、もとい駆け抜けるように急ぎ足で進めていた姉の御御足が急にピタッと止まった。




「……会長」




「え?」




「ここでは会長と呼びなさい」




「は、はい。会長……」




 華奢な体が振り返り、諭すように言ってきた。空間の優雅さがそう見せるのか、どこかいつもより上品な雰囲気を姉から感じる。




「ちがう」




「は?」




「全然なってないぞ、ソヒリーヌ」




「……と、いいますと?」




 なんだなんだ? なってないとはなんだ?


 何がなってないと? また女の子らしさとでもいうのか?


 こっちだってそれなりにやってるんだぞ。


 歩幅もそれなりにいつもより小さくしているし、この慣れないスカートにだってなんとか対応しようとしてるんだぞ。この裾のヒラヒラが、なんかこう自分の脚をサワァって布で撫でてくる感じがもうこそばゆくてたまらんのに、鼻なんてないのに脚がくしゃみしそうなくらいたまらんのに。どことなくお嬢様感出すためにお淑やかな動作、うっとりした目、たまに後ろがみをかき上げたり、いろいろやってんだぞ。うっとりした目に関しては完全な偏見だが。


 結構十分な対応しているつもりだが? 予告も通知もなく突如女にされた者として、何の反抗も暴動も起こさず、これ以上ないくらいに従順に従っているじゃないか。女にされたといってもアレは残ってるけどさ。完全体とまではいかないけども。半人前ならぬ半女前だけど。


 これ以上何を求めるというんだ?




「海外から来てるんだから、片言じゃなきゃダメじゃないか、ソヒリーヌ」




 偏見の権化キター。


 いや、日本語が流ちょうな外国人いるやん。もともと日本で育って海外に移住して今回来たかもしれんやん。海外からというだけでカタコト日本語というのはいかがなものだろうか。


 でもまあこの状況に関してだけ言えば、この身なりと設定でこの環境に溶け込むには、わかりやすく効果を発揮しそうではある。





「立場というものをわきまえろ、ソヒリーヌ」




 ……なんだろう。この状況下、ミッションの中で論理的に考えれば妥当性のあることを言われているのだが、どこからともなく現れるこのムカつきがすごいんだけど。一言一言をいちいちソヒリーヌで締めるのも気に食わない。




「……じゃあ、会長、言わせてもらいますけど、私の立場は、視察生という扱い……つまりお客様なのだから、呼び捨てじゃない方がいいかと」




「私がおま……ソヒリーヌごときに敬称をつけろと……そういうことか?」




 声のトーンが少し低くなった。どんだけ嫌なんだよ。




「戦略上必要では?」




「まあでも一理あるな。特別な相手に雑な扱いをしているのは確かにおかしい」




「じゃあ……嬢、ソヒリーヌ嬢でいく」




 なんか、なんというかゴージャス感というか、お嬢様感というか、夜の嬢というか……なんて言ってみようもない。なんにせよ、沙紀がもう決めた感を出しているので、それが意味することは、つまり完全決定ということである。変更不可。




「ここだ、ソヒリーヌ嬢」




 しばらく歩いて着いたところは、生徒会室と書かれた表札が掲げられた場所だった。しかしこの扉は手前に引くのだろうか。押すのだろうか。それとも横に引くのか。取っ手もないし、引くための溝もないし、ただまっすぐ亀裂の入った壁のようにも見える。




 すると沙紀はその壁のすぐ横の電子パネルに顔を近づける。




 『虹彩こうさい認証を始めます』




 な、なんだなんだ? 電子のお姉さんが話し始めましたけども。


 虹彩認証? なんでそんな最先端な設備が学校にあるんだよ。




 扉が開いた。左右に持ち上げられるようにして開いた。




「何を突っ立ている。入るぞ」




 手慣れた感じで入っていく沙紀。何の躊躇もないのが、この部屋の利用者の貫禄というところか。そんなハイテク技術を目の前にして何の躊躇もなく入っていく姉を見て、なんかドキッとしてしまった。いや、ときめきとかそういうのじゃないから。ラヴ系のあれじゃないから。いつも見ている、見ているだけじゃなく世話をしている自分ちの姉に関する知らない一面を見てびっくりしただけなんだからね。




 そうだ。妃乃里と結奈とは同じ高校だから学校での生活がある程度想像できていたが、沙紀の学校は今日初めて侵入したわけで、これまで全然わからなかったが、今日いろいろわかったわけだ。




 そう、いろいろ…………。




 この生徒会室にたどり着くまで、俺たちはなかなかな苦難を乗り越えなければならなかった。この学園の門の番人に男であることがばれそうになり、なんとか門を抜けて敷地内に入れたと思ったら生徒がうじゃうじゃといるから見つかったら大変だからということでしばらく匍匐前進をして別棟に回ることになり、さらにはその地下室から侵入し、抜け出たところは科学研究部。




「おい、何をしてるんだ? 早く入れ。虫が入るだろ」




 もしかして……む、虫の侵入を許さないためのこんな過剰セキュリティですか、会長様!


 ていうかこんな虫の着地も許さないような、というか虫の方が遠慮して寄り付かないわ、こんな潔癖丸出しな学校!




 扉が閉まり始め慌てて中に入った。


 そそくさと動くことになったが、どうもこのスカートというのはしばらく履いていても慣れないわ。


 


 ………。




 おかしいな。


 さっきの扉、異次元に飛び込む扉じゃなかったよね?


 どこでもなドアじゃなかったよね? 通り抜けるフープじゃなかったよねぇ?!


 


 どうしてこの部屋だけ……どうして廊下があれだけ光沢を得るほど綺麗なのに、なんでここはこんな汚ねぇんだよ!


 机や棚、ものを積めるところにはとことん積み上げてあり、バレーボールのネットくらいの高さにまでなっている。バランスを保っていられるのが不思議なくらいだ。


 


「さて、今日ここに来てもらったわけだが」


 ようやく説明が始まるのか。最初に言うべきだよな。どう考えても。制服着る前に。というか、こんな体にする前に!!!




「……とりあえずよろしく」




「……え?」




 …………。




 沈黙が続くも、それでは沙紀の口を割らせるに至らない。




「え、えっと~……何をよろしくと」




「……見てわからないか?」




「わかりませんね。まったく」




「ソヒリーヌ嬢、君はこの学園の敷地に入り、アウトローな入り方であったが、校舎に侵入し、なんとかこの部屋までたどり着いた」




 やっぱアウトローなのか。そりゃそうか。どこに登校の過程で匍匐前進が入る学校があるんだよ。




「ここまで来るのにいろいろあったが……たどり着いた結果、どう思った?」




「……汚いと思いました」




「じゃあよろしく頼む」




 なんかとんでもなく大雑把にとんでもない重労働頼んできたんだが?!




「まさか掃除をさせるために私はわざわざこんな格好させられたんですか?!」




「そうではない。掃除はあくまでついでだ。いわばプロローグだ」




 なんですかその例え。




「今日は結構なかなかにいろんな意味でハードなんだ」




「……確か性教育って」




 その言葉を発した瞬間、沙紀の顔が急に機嫌が悪そうになり、鋭い目つきを向けてくる。


 あなたが言ったんですよ、あなたが、その口で!!!




「……そうだ。そういうことだけは聞き逃さずしっかりと覚えているんだな。さすがとしか言いようがないな、まったく。もしかして浮足立っているのではあるまいな? 期待で胸が膨らんでいるのではあるまいな?」




 なんか他のことは全て忘れてるような言い草じゃないか、それは。人を性の亡者みたいな扱いやめてくれないか。確かに胸は膨らんではいるが、それはあなたが入れたおっぱいボールのせいだからな。




「ただの性教育なら言うほどのことでもない」




 ……ただの性教育……なら……? なんだそれは。どういうことだ。


 性教育というだけで言うほどのことだぞ。内容がどこまでのことを言っているのかまだ分からないが、もうすでに女子高校生が性教育するとか言ってる時点でもう言うほどのことだと思うけど。アウトだと思うけど。




「言うほどのことになったそれは……」




「性教育をする相手がこの学園の理事長の娘なんだ」

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