1ている:ウチの【娘ねこ】
「ご主人さまぁ!!」
玄関を開けると同時に飛びついてくるそれをしっかりと抱きしめる。
飛びついてくるにも関わらず、重みを感じない絶妙な飛びつき加減。
両手をしっかりと首に回した後、匂いを確かめるように顔をうずめて少しの間うごきが止まる。
やがて顔を上げ、小首をかしげてもう一度
「おかえりなさいなのですよ、ご主人様?」
髪の毛が揺れるのと一緒にチリンと髪飾りの鈴がなる。
サラサラと光をはなつように綺麗な金髪。
澄みきったミントグリーンの瞳。
それだけでも十分魅力的なのに、人ならざる部分が更に可愛さを主張する。
少し控えめにぴょこっと立つ猫のようなみみ。
ゆらゆらと嬉しそうにうごくスラリとしたしっぽ。
みみは髪の毛と同じ金髪なのに、なぜかしっぽは先っぽの方だけ金髪で全体は白い。
『娘ねこ』
この不思議で可愛らしい(女の子)が現れてもうどれくらい経ったのだろう。
「ご主人さま?カリンはもっともっとギュッてして欲しいのですよ?」
チリン。
もう一度髪飾りの鈴がなる。
すっかり日課となってしまった『とびつきおかえりなさい』は決してターゲットを間違えることは無い。
期待するような、不安そうな複雑な表情をこちらに向けている頭にそっと手のひらをのせ、
みみとみみの間の頭頂部をゆっくり撫でる。
「ん……にゃぁん♪」
目を細めてウットリしながら、更に身を寄せ、
柔らかい香りとふにょんとする感触が今度は主張してくる。
「そろそろ家に入ってもいいかな……カリン?」
その言葉に反応したのか、少しだけ下がっていたみみがピッとたちあがる。
「ご主人さま?」
撫でられるがままに目を細めながら心なし声色と大きさを抑えながら
「香りがします」
「いつもの……香り?」
すかさず頭を撫でていた手をみみの付け根に移動させ、弄ぶようにクリクリする
「優しい香りがするので……あっ! あぁぅ……にゃぅん♪」
「家に入ってもいいかな? カリン?」
「ご主人……さま、ズルいのですよ……みみ、みみはぁっ……ぁう」
「ごまかしちゃ……やぁ……にゃのぉ」
突き刺さるような視線を後ろから感じつつ、。
いつもよりも少しだけかまって具合が多い愛らしい娘ねこを撫でながら
チリンチリンとなる心地良い鈴の音と甘い声と指の間をくすぐる極上の感触を楽しんでいた。
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「ふふっ。 ホント、京くんに懐いてるよね」
「もはや懐いていると言うレベルじゃないがな……」
後ろから楽しそうな女の子の声と呆れるような男の声。
「いいなぁ……」
「どっちがだ?」
「も、もちろん、京くん……だよ? カリンちゃん可愛いしふわふわだし、すりすりしたい」
後ろでのやり取りの声がきこえるたびにカリンのみみがぴくぴく動いている。
もちろん顔はしっかりとうずめたまま。
「ほら、カリン。 そろそろ俺も家に入りたいのだけれど」
頭をなでながらもう一度話しかけると、ふぃっと顔をあげる。
「……はい。 おかえりなさい、ご主人さま」
「うん」
「……」
「カリン?」
名前を呼んでから少しカリンの反応を待つ。
きっと、この可愛くも賢い娘ねこは俺が何を考えているのか分かっているはず。
暫く俺をじっと見た後、少しだけ身体をずらして後ろにいる二人の方を見る。
「……こんにちは、きよあきさん。と、さやか……さん?」
ペコリと少しだけ頭を下げる。
「おう。こんにちは、カリンちゃん、あいかわらず可愛いな」
「ただいま、カリンちゃん。 でもね、なんで私は疑問形なの……」
「贅沢を言うな、明保野。 こうやって顔を見せて挨拶をしてくれるなんて凄い進歩だぞ。
俺なんか今まで姿を見ただけで、逃げ出されてたんだぞ」
「清は声が大きいし、カリンちゃんだってビックリするわよ」
「爽香は初対面で抱きついて以降、かなり警戒されてるけどね」
「うう……ごめんねカリンちゃん……だって……可愛いんだもん」
「俺に言わせれば、それが原因だけじゃない気もするけどな」
俺達が言い合っている間、服をぎゅっと握ってはいるがその場を離れようとはしなくなった。
清明が言っているとおり、これだけでもかなりの進歩だ。
初めて二人に合わせたのは三ヶ月前。
合わせたというか、丸まった毛布から顔を少しだけ出して見せたと言うか……
『娘ねこ』を初めて間近で見た驚きと、庇護欲と母性本能を余裕で振り切る仕草と凶悪なまでに可愛い見た目。
そういえば、今よりももう少し小さいと言うか幼い感じだったと思う。
いつもはうるさい清明は驚きで声も出ず、今まで見たこともない素早さで爽香が抱きついて随分と大変な目にあった。
その時の事を思い出して、カリンの頭をポンポンと撫でる。
「ご主人さま?」
「ん、ああ。 カリンは頑張り屋さんだなって思って。 偉いぞ」
「ありがとうございます♪ カリンはご主人さま大好きなのですよ。ご主人さまのためなら何でもするのですよ?」
「ああ……いいなぁ……」
「で、どっちがだ? 明保野」
「清うるさい」
「ところで二人共、今日は寄って行くのか?」
「ん? いや、今日は家の方で用事があってな、残念だが帰るとしよう」
「私も本当はカリンちゃんと仲を深めたいんだけど……宿題が沢山でているのよ……グスッ」
がっくりと肩を落としてため息をつく爽香。
爽香の通っている学園はこの辺りでは有名なお嬢様学園で、勉強のレベルも高い。
幼なじみの清明はこの辺では一番大きな神社の息子だ。
何かと忙しい親父さんを手伝う事も珍しくない。
俺も清明の家に呼ばれては、年末年始で神社が混む時は手伝いにかり出される事も多い。
小さい頃から遊んでいる場所だし、その頃から慣らされているせいか別段嫌でもないし、
何より巫女さんを近くで見られるのは役得かもしれない。
爽香と初めて会ったのも、清明の神社に巫女さんのアルバイトをしていた事がきっかけだ。
それから何故か気が合うのか、学園が違うにも関わらずよく集まっている。
爽香自身かなり可愛いと思うし、性格も面倒見も良い。
最初のうちは、俺たちなんかと一緒にいて良いのだろうかと思うこともあったのだが、
聞く度にプンスカ怒られるのでタブーとなっている。
「そうか。 清明も爽香も気をつけて帰れよ」
「神社が忙しい時か暇な時は電話するか、遊びに来るからな。 せっかくの連休だし」
「忙しい時の電話は嫌な予感しかしないから出たくないな……」
「私もカリンちゃんと遊びたくなったら来るね! えへへ」
「了解」
「じゃあな、京雅、カリンちゃん」
「カリンちゃんの頭なでたかったよぉ……。 あうう……じゃあね、カリンちゃん、京くん」
「……」
手を振る二人をじっと見てから
「気をつけて帰ってくださいね」
半分は俺に隠れているけれど、オドオドしながらも小さく手を振りながら挨拶をするカリン。
「ふぁぁぁぁ……宿題なんてしらない……。 私やっぱ、ぴゃっ!」
「ほれ、行くぞ明保野」
「あぅぅぅ……」
引きずられうように清明に連れて行かれる爽香を見送った後、相変わらずひっついているカリンの頭をもう一度なでる。
「さて、毎度のことだけど家に入るのも一苦労だな」
「ご主人さま、ご主人さま。 リビングで飲み物用意して待っているのですよ?」
「じゃあ、俺は着替えてくるから……」
トテトテと先に歩いて行くかと思いきや、少し歩いた後カリンがすぐに戻ってくる。
「やっぱり、ご主人さまのお着替えを手伝うのですよ」
もう一度ぎゅっと腕にしがみついて幸せそうに笑う。
どうしようもなく甘えん坊な娘ねこを腕から離す事が出来ない俺も甘すぎるようだ。
「でもな、カリン。 制服のシャツをを持って逃げるのはダメだぞ?」
「……にゃんのことですか? ご主人さま?」
チリン、と音を立てる鈴と一緒に見上げてくる表情は笑顔のままだった。