アレトゥーサ
ビワ湖の砂浜まで、あと少しだ。大地には、つい最近付けられたようなタイヤ跡、つまり轍が大量に残されていて、ひどくぬかるんでいた。
「おかしいな、もうそろそろシャトルが見えてもいいはずなんだが」
僕は以前から、ベンチャースター号に搭載されているコンピュータとの通信が、しばらく途絶えている事に懸念を抱いていた。
「確かに変ですね。何かあれば自動で緊急警報がこちらに届くはずなんですが」
スケさんも通信履歴を調べて異常がなかったかどうか確認する。
「ここは間違いなくオイラが通ってきた道だぜ……」
カクさんは、一足先に歩いてオーミモリヤマ市を目指したから、信用できる情報だ。
だが湖岸の砂浜に到着しても、巨大なベンチャースター号の機影はどこにもなかった。
「おい、この辺りだぜ。我々の上陸地点は……」
査察団は呆然とした。車内からだが、この水平線と湖岸風景には見覚えがあった。様々な種類と思わしきシダ状の透明植物が風にゆられて繁茂している。ここはバナナザリガニが出現して、大騒ぎとなった場所だ。
水際に近付くにつれ、シュレムとマリオットちゃんが怯え始めた。生身の人間が、めったに訪れる場所ではないらしい。
「あなた達、こんな所に上陸したの?」
シュレムはアディーに頼んで銃架に掛けてあった愛銃のM4カービンを受け取った。
「この砂浜に何かあるのか?」
「オーミモリヤマ市から近いけど、よく行方不明者が出る場所よ」
僕は心なしか色白度が増したシュレムの言葉に答えるように、体験したバナナザリガニの顛末を語った。
「ふふふ……私達も、そいつらの事をバナナザリガニって呼んでるわよ」
シュレムがそう話すと、マリオットちゃんがやっと口を開いた。
「ねえ、バナナってどんな味なの? 甘くておいしい? 図鑑でしか見た事がないの」
「そうか、熱帯でしか栽培不能だからな……確か食糧リストにバナナジュースがあったはずだ。一度飲んでみるかい?」
彼女の瞳が姫カットのロングヘアー越しに大きく見開かれた。
「やった! 黄色いバナナ! 念願のバナナ味に意外な所で巡り会えた!」
マリオットちゃんはシートの上をトランポリンのように跳ねたのだった。




