イリス
カクさんはふわふわと遊泳中、後ろ脚を小刻みに震わせて、耳の辺りを掻きながら言った。
「どーしたオカダ君、怖い顔をして? さてはシャワー付きトイレの設定温度を100℃にしたまま使用して、大切な肛門をヤケドしたな?」
「犯人はお前だったのか……」
「俺も大便をした後、油断したのかな? 間違ってビデのボタンを押しちまって、妙な部分を洗浄してしまったよ」
「動物の分際で人間様のトイレを使うな」
急に元気をなくしてしまった僕を気遣ったのか、スケさんは正面モニターに画像を映した。
「オカダ君、安心して下さい。衛星軌道上からの高解像カメラ映像によると……オーミモリヤマ市は健在で、開拓移民の皆さんは、たくましく毎日を暮らしている模様です」
スケさんから転送され、解析されたライブ映像の中の一つには、地味な格好をした開拓移民と思われる人々が首都の広場に、ちらほらと映し出された。
「お~……『誰もいない世界で一生、独りぼっち』だけは避けられたということか!」
「私は以前から人類のしぶとさを評価していたけどネ! それにしてもオカダ君、独りぼっちなんて、いやねぇ……私達がいるじゃない」
ジャガーのスケさんは、自分ではカワイイと思っているキメ顔……牙の間から舌を出してウインクした。
子猫ならまだしも、猛獣の緩んだ顔には全く癒されない――とは彼女に黙っておこう。
「グラマーなお姉さんは映ってないかな?」
「カクさんは熟女好き? 見えているのは腰の曲がったお婆さんみたいよ」
「俺のストライクゾーンはサッカーゴール並みに広いぜ!」
「少しは狙いを絞ったらどうなんだよ……」
僕は呆れ気味にカクさんにつっこんだ。無論その位で彼の輝く瞳は、少しも色あせない。
「そんな事ばかり言ってるからモテないんだぜ、オカダ君。好き嫌いしちゃあダメだ!」
「お前の『何でも来い!』の包容力はすごいな。以前、ゴリラと付き合っていたという噂は本当なのか……尊敬するよ」
「いや、ゴリラじゃなくて彼女はゲリラだった。……言うまでもなく下痢しているゴリラじゃあないぜ! さすがにテロリストとは付き合いきれないので、すぐに別れたよ」
僕には、どう考えても無理だった……。