シレジア
シュレムが慣れた手つきで僕を膝の上で仰向けにすると、鼻奥から止めどなく出てくる赤い液体を自分のハンカチで丁寧に拭き取ってくれた。さすが看護師さん、膝枕されると安心するなぁ。喉の奥に血が流れて窒息したり吐いたりするので、最近は仰向けにする方法は取られていないそうだが。
チトマスは、とっさに判断できなかった自分を責め、大きな両目から涙をこぼし始めた。オイオイ、何も泣くことはないんじゃない?
「すいません、オカダさん。自分の一生の不覚です」
「いいって、いいって……それより本当に早く逃げようぜ。もう周りに誰もいなくなったようだ」
ぐずぐずしている内に、レジスタンスというかB級奴隷の男達はホタルの湯から蜘蛛の子を散らすように解散していた。みんな逃げ足が異常に早い、何ともたくましい奴らだ。
鼻栓をした僕は、ワンピースの女装姿と相まって、ますます滑稽な姿になっていた。
「さあ、シュレムとチトマス! 教授も連れて逃げるぞ」
どんなにシリアスな顔をしてもギャグにしか見えないらしく、彼女らの引きつった笑顔の表情が物悲しい。ゴールドマン教授が答えた。
「自転車の二人乗りで逃げよう……それにしても不細工だな君は」
教授にまで馬鹿にされた。若いチトマスを電動自転車後部に乗せて、必死の形相でペダルを漕ぐあなたも充分過ぎる程に奇妙ですが……。
僕もシュレムを後ろに乗せて、ホタルの湯から急遽退散した。シュレムの自転車は途中でパンクしたため乗り捨ててきたらしい。
「本当にありがとう、シュレム。感謝してるよ」
「ん……」
彼女は横乗りだったが、両手を僕の腰に回してギュッと背中に抱きついてきた。白衣越しに胸の揺れが背中に伝わる。温かい……今日は色々あったが、何だかいい日だな。暗がりからゴールドマン教授の声が聞こえてきた。
「オカダ君、レジスタンス狩りに気をつけろ、バラバラに逃げた方がいい」
「では教授、俺はビエリ奴隷訓練所に戻されるはずです」
メイクを落としてヅラを取り、女装を解く。着ていたワンピースは勿体ないからシュレムに進呈することを提案したが、拒否されちゃった。もうこのままでいいや。
路地へと離れていく自転車の後部からチトマスが敬礼してくるのが見えた。暗がりに消えてゆく寂しそうな彼女の表情が印象的だ。




