ヴェラ
第二十一章 新人革命家
ゴールドマン教授は長い労働時間が終わった後、僕を温泉に連れて行ってくれるという。オーミモリヤマ市にはホタルの湯という天然温泉が湧き出す保養地があるらしい。
「温泉は嬉しいのだが、どんな場所なんだ」
電動自転車を走らせながら教授に訊くと、先行する彼は少年のような笑顔で答えた。
「ホタルの湯は、今や我々のような“男衆”専用の温泉と化している。女どもはもっと北のミズホの湯を利用しているのだ」
「それはどうして?」
「どこの温泉も混浴ではないが、男が多い温泉は自然と女に毛嫌いされて利用客を減らし、反比例的にB級奴隷が集まるサロンと化している。権力を奮って女専用温泉とすることも可能なんだろうが、さすがに、そこまでするつもりはないんだろう」
「B級奴隷の男達が集う、労働者のための温泉か。男臭くて想像するだけでも気分が悪くなりそう……」
僕のイメージの中にはマッチョで毛深い大男たちが、お互いの背中を流し合っているおぞましい光景が浮かんでいた。
「君は何を考えているんだね。サロンと言っただろう、サロンと。正確には秘密結社と言ってもいいレベルの規模だ。現在のオーミモリヤマ市、いやケプラー22b中から集まった頭脳派男性の知的な交流の舞台となっておるのだ」
「ほう、秘密結社ホタルの湯か……肉体労働が得意なケプラー22bの男達にも社交界を気取る奴らがいて安心したよ」
「当たり前だ。ケプラー22bの男は牛馬ではない。思考する力は女に勝るとも劣らず、同じ人間のレベルなのは言うまでもない。ただ、ここがちょっとな……」
ゴールドマン教授は服の上から心臓の位置をノックした。
「ハートがちょっと弱いだけだ……なぁに! 子供の頃から洗脳されて奴隷根性が染み付いてはいるが……僅かなきっかけさえ与えてやれば男の本能が呼び覚まされ、眠っている実力も発揮されるという訳だ」
「そう簡単にいくものなのかな」
「うまくいくとも! 私の言葉を信じてほしい。実際すでに革命のためのレジスタンス活動は地下で活発化してきている。長年の努力の結果、すでに組織も強固な編成となっているんだよ」
よそ見をしていた教授は前輪を石に乗り上げ、自転車のサドルで股間を強打した。
「ぐぐぐ……」
「大丈夫か、教授。温泉まで後どれ位の距離があるんだ?」
「この痛みも男である証明……神から授かりし男だけの誉れを自覚させてくれるわ……ちなみに温泉まではもうちょっとだ」
「それだけ無駄にかっこいい言葉が出てくるなら大丈夫だな」
我々はライトを付けると、荒れた道路の轍に沿い水溜りを回避しながら、ゆっくりペダルを漕ぎ出した。




