ヘキュバ
「おやすみなさい。後はよろしくね、オカダ君」
シュレムとマリオットちゃんは、ほろ酔い気分のアディーを連れて車内に引っ込んでしまった。
スケさんとカクさんも何か危険が潜んでいないか周辺の偵察に向かう。
焚火の前で一人、毛布に包まって座る。可燃物がないので今に火は消えるだろう。
石英ガラス記録体に数万曲ものヒットチャートを詰め込んできた。新曲は聞けないが、大抵の有名曲は網羅している。一昔前のバラード調の曲に合わせて自分の過去がじわじわと……何だろう、井戸の底から湧きあがってくる重油のように眼球の奥10cmぐらいの位置にある色あせた思考を侵食し始めた。
少年時代に起こった無人戦争……日系シンニフォン人の両親は、無人航空機による無差別空爆の犠牲者となった。生き残った僕は、その時の記憶を自ら抹消しなければ精神のバランスを欠いてしまうほどのトラウマを受けたのだ。
大人になってからも……美人教師だった母の写真、そして凛々しい消防士姿の父親を中心とする家族写真を見る度、凄惨な記憶が甦り心が潰れてしまう。
その時に生き別れとなった兄は、最も過酷な部隊である海軍陸戦隊に自ら志願した。優男の僕とは違い、短髪で真っ黒に日焼けした逞しい四肢が、不器用な笑顔と共に目に浮かぶ。
不死身の戦士かと思えた兄も結局、最後は呆気なかった。渡河作戦で蛮勇を振るって無人歩行戦闘車に白兵戦で挑み、そのまま帰らぬ人となる。
僕は兄の遺言で軍隊には入らず、猛勉強して宇宙飛行士を目指した。皮肉にも無人機・遠隔操作のスペシャリストであるコンタクト・ドライバーとして。
結局宇宙への近道のために、兄の遺言を破って空軍に入隊してしまった。あの世できっと僕の不甲斐なさを怒っているだろうな……兄さん。
いかん、前向きに生きてゆかなくては……どす黒い感情に押し潰されてしまう。ここまで来たら厭世主義は捨ててしまえ……こんな時は無心になって星空を見上げよう。
大気が透き通るように清浄で、夜空の美しさは格別だ。当然星座は地球と全く異なるが、正直どうでもいい。人類は、この惑星で同じように星空を見上げながら何を思ったのか。ホームシック? 冗談じゃない。
全く白紙の状態から歴史を作っていくのは俺達だ、地球が滅亡しても人類は、ここケプラー22bで繁栄してみせようじゃないか……ってところかな。
そもそも惑星ケプラー22bへの入植は、地球規模の不測事態に備えて計画された大いなる保険。
人類における第二の更なる発展のための礎、あるいは地球が終わる時の有望な移住先でもあった。つまり彼女ら開拓移民は人類種の絶滅を回避するため、孤独な宇宙にまかれた希望の種でもあるのだ。
取るに足らない一植民惑星査察官である僕の手に余るような壮大な話。
今の所、こちらでもホモ・サピエンスは皆しぶとく元気にやってますと報告書には記録しておこう。




