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【4】


 職員室の窓から、校門の前に停車した黄色い車の横に立つ長身の男と巫女装束の女子を見つけた時、日向ひなたかおるは巫女少女が教え子の姫野有芽であることに気づいた。今年初めて担任となった一年生のクラスの生徒である。

 姫野が神坐神社の宮司ぐうじの娘であることはもちろん知っていたし、かと云って何故、学校に巫女装束で来ているのか首を傾げながら、しばらくメガネの奥の目を細めて様子を見ていると、同じく自分のクラスの生徒がふたり、彼女に近づいて行く。どうやら月雲公太郎と吉祥寺真澄のようだ。


 相変わらず仲良しでうらやましいわねぇ、私には彼氏も出来ないって云うのに、と、内心で呟きながらも様子を見ていると、姫野有芽と吉祥寺真澄が車に乗り込んでいる。


「あらら? あのふたり、どこに行くつもり?」

 続いて、月雲公太郎と長身の男も車に乗り込むのが見えた。

「あの子たち、サボり? 何も校門の前まで来て……」


 かおるは慌てて立ち上がると、職員室を飛び出す。廊下を足早に抜け、登校してくる生徒たちとすれ違いに校庭に出ると、脱兎だっとの如く校庭を駆け抜けた。

 すれ違う生徒たちが、何が起こったのか? と眺める中を校門に辿り着いた時には、その黄色いビートルはすでに『心臓破りの坂』を下って行くところだった。


「……ぜー、ぜー」

 膝に手をついて息を荒げる彼女を、生徒たちが奇異の目で眺めながら、おはようございます、と声をかけて行くが、それに手を振るだけしか出来ない。運動不足だ、と思い知らされた。


「行っちゃった……」

 ようやく落ち着いたところで呟く。初めての主担任となって半月、最初の挫折である。


「それも校門の前からそのままサボりなんて、バカにして」


 いや、それよりも、である。あの男は誰だろうか? それに何故、有芽は巫女装束なのだろうか、と、疑問が浮かぶ。そもそも有芽は最初から学校に来る気はなかったのだろうか。

 小首を傾げて去っていくVWビートルを見つめるかおる。


 その時、ふと校門横の銀杏いちょうの巨木の影で同じようにVWビートルを見つめている者がいることに、彼女は気づいた。


 少女である。顔つきから見ると小学生に見えたが、セーラー服に身を包んでいるところを見ると中学生だろうか。もちろん神坐高校の生徒ではない。

 彼女は奇妙なほど真剣な眼差しで車を見つめていた。


(何だろう、この子?)

 かおるは少女を観察して、あることに気づいた。

(え? ケモ耳?)

 少女の頭には、かおるが気づいたようにケモ耳が、ぴん、と立っていた。


 見る見るかおるの表情が変わる。それまでの教師の顔ではない。ぱーっと満面に笑みを浮かべて、両手を胸の前で組んでその少女をじっと見つめた。


 そこで少女もその視線に気づいたようだ。

 え? どこかおかしい? と、いう顔をして慌てて自分の姿を確認する。

 かおるはその少女にゆっくりと近づいて行った。


「あなた、中学生? どうして神坐高校に?」

「へ? ああ、あの……」

 明らかに動揺した様子で、少女は口ごもる。

「ああ、大丈夫よ。怒っているんじゃないの」

 メガネっ子教師のメガネの奥で、きらりと光る目。

「あなた……レイヤーなの?」

 かおるが優しく訊ねた。

「レ、レイヤー?」

「警戒しないでも平気よ。私、コスプレには理解があるから」

「コ、コスプレ?」


 どこかおかしな恰好なのか、と、云うように、ふたたび少女は自分の恰好を確認する。完璧な女子中学生である。どこにも落ち度はない、と、彼女は確信した。


 じゃ、なぜ、コスプレイヤーと思われるのか、と、彼女は首を傾げた。


「うん。でもね、学校に行くときは、それ、外した方がいいわよ」

「え? あ、あちきの何処がおかしい?」


「ケモ耳♪」


 うふ、と、笑うかおる先生。


「ケモ耳?」


 少女は慌てて頭に手をやる。


「し、しまった!」

「でも、それ、よく出来ているわねぇ。どこで買ったの? やっぱりアキバ?」

「ち、ち、違う」

 少女は顔を真っ赤に染めて、駆け出した。


「あ、待って!」

 かおる先生が呼び止めるのも聞かず、少女は『心臓破りの坂』を駆け下りて行った。

「そんなに走ると転ぶ……」


 その台詞が終わる前に少女はその場で派手に転ぶと、通学して来る神坐高校生の横を転げ落ちて見えなくなった。


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