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【3】


 びしっと彼女は公太郎と真澄を指差した。


 白い着物に紅いはかま)巫女装束(みこしょうぞく)

 頭にフクロウを乗せて――。


「み、巫女? フ、フクロウ?」

 公太郎は唖然とした。

「そうだね」

 真澄は平然としてそう答えた。


「いや、何でおまえは平然としているんだ?」

「あるがままを受け入れるのも人生だよ、公太郎」

「達観した台詞はすばらしいが、どんな君子であっても、あれはあるがままには受け入れられないんじゃないか?」


 おかしい。確かに。

 校門から学校に入って行く他の生徒たちも彼女を見て、一瞬、ぎくりと足を止めて、まずはその巫女装束を眺め、その頭の上のフクロウをまじまじと見た後、何事もなかったかのように、いや、何も見なかったことにしよう、と云うように、そのまま足早に学校に入って行く。


「まさかああいうのが女子の間で、流行ってるってことはないよな?」

 公太郎が間抜けな質問をする。

「私、流行にはうといからわからないけど、そう云えばテレビでトレンド娘が巫女装束をして頭にフクロウを乗せていたような気がする」と、真澄。

「マ、マジか?」

「嘘だよ」

「おい!」


「それよりも、あれってうちのクラスの姫野ひめのさんだよね?」

「え? ああ、そうみたいだな」 


 姫野有芽ひめのゆめ。同じクラスの女子。おかっぱ頭と一重瞼の一見すると日本人形のような外見の娘である。町外れの神坐神社の娘だったはずだ。中学は別だったためにクラスメートではあるが、公太郎はまだ話をしたこともない。

 彼女、姫野有芽はビートルの前に立って、相変わらずふたりを指差して微動だにしない。無言である。無言で指差されるのって、すげえ不安だ、と公太郎は狼狽した。


「あのふたりなのかい、有芽ちゃん?」

 もうひとり。ビートルの横に立っていた男が有芽に訊ねる。

 有芽は無言で頷くと同時に、頭の上のフクロウの重さに耐え切れずによろよろとよろめいて見せた。


(だったら、そんなもの、乗せるなよ!)

 公太郎が内心でツッコミを入れる。


「そうか、そうか、確かに雰囲気はあるよね~」

 男は軽い台詞を呟くと、公太郎たちに向かって歩いて来た。

 すらりと背が高い。麻のジャケットにピンクのYシャツ。細身のネクタイをルーズに締めジーンズを穿いている。少し伸ばした髪形はおしゃれでなく「ずぼら」と云う印象だ。どう見ても教師ではないし、そもそも学校にはまったく不似合いな人種にしか、かれは見えなかった。


「やあ、やあ、こんにちは……っと、まだ、おはよう、か」

 にこにこ笑って頭を掻いて見せる。

「ボク、耶馬京介やまきょうすけ。邪馬台国の『邪馬やま』に、京都の『京』、『介』が介錯かいしゃくの『介』。よろしく」


 最後の一文字の紹介が物騒である。せめて、介護の「介」くらいにして欲しい。

 公太郎は怪訝けげんそうにその少しチャラけた長身の男、邪馬京介を見つめた。よく見れば結構イケメンである。公太郎よりも頭ひとつ以上背が高いのが、気に食わない。

 公太郎は、ちらり、と真澄を見るが、彼女はぽかんとした表情でかれではなく、有芽の頭の上のフクロウを見つめていた。どうやらかれには興味がないようだ。と、云うよりはフクロウに興味津々と云う雰囲気である。


 一方で公太郎のカバンの中ががさがさと騒がしい。コジローだ。

 公太郎はカバンに顔を近づけると、こっそりと囁いた。

「何を騒いでいるんだよ?」

『ば、バカやろう、静かにしろ。あいつに見つかるだろ!』

「あいつ?」

(誰だ、あいつ、って?)

 そう思って顔を上げて気づいた。有芽の頭の上のフクロウがだらだらと涎を垂らしているのが見えた。有芽のおかっぱ頭が涎でデロデロである。

(あ、あのフクロウの奴、コジローを狙っている??)


「え……と」と、京介。

「はじめまして。実は有芽ちゃんに紹介されたんだけども」

「紹介?」

 我に返って公太郎が訊ねた。

「うん。……まず、名前を聞かせてくれるかなあ」

 にっこりと笑う。人懐こい笑顔である。少なくとも怪しい人間には見えない。むしろ相変わらず公太郎と真澄を指差したまま、フクロウの涎でデロデロになっている有芽の方がよっぽど怪しい。


「紹介されたくせに、名前も知らないのか?」

「名前と云うのは、自ら名乗ることに価値があるものだからね」

 不思議な台詞である。公太郎は怪訝そうにその軽薄そうな男、京介を見つめた。

「ぼくは月雲公太郎つくもこうたろう。こっちは……」

 真澄に目をやると彼女は未だにフクロウから目を離せないでいた。仕方なく公太郎は肘で彼女を小突いた。


「あん♪」

 半目を閉じて鼻に抜ける声。

「へ、変な声を出すな!」

「あ、ああ、ごめん、ごめん。公太郎の的確な愛撫に思わず……」

「愛撫なんてしてないだろ!」

「ええと、あの、妻の真澄です」

「妻じゃねーだろ! 真面目に答えろ!」

吉祥寺真澄きっしょうじますみです。ふつつか者ですがよろしくお願いします」

 まだ挨拶がおかしいが、とりあえずは名乗ることは出来た。


「なるほど、なるほど。公太郎くんと真澄ちゃんだね」

 京介は独りごちて納得した。

「有芽ちゃんのことは知っているよね? じゃあ自己紹介が終わったことだし、話は車の中で。……有芽ちゃん、もう指差すのはいいよ。疲れただろ?」

 指差している腕をぷるぷる震わせていた有芽が、はふう、とため息をつくと腕を下ろした。


「いや、待てよ。何だよ、話は車の中って? そもそも何で学校に来るのに、姫野は巫女装束なんだ?」

「今日は仕事だから」

 有芽が答える。

「仕事?」

 どう云う意味だろう、と、公太郎が思っていると、横から京介が口を出した。

「実はちょっと付き合ってもらいたいところがあるんだよね」

 相変わらずの屈託のない笑顔である。

「何だかほのぼのとした様子で云ってるけども、学校があるんだよ。ぼくたちにサボれって云うのか?」

「端的に云うと、そうかな」

「どう云おうとそうだろ?」

「あはは、そうかも知れないね」

 頭に手をやって笑っている。何を考えているのか、よくわからない男であった。


 公太郎はため息をついて、かれを見上げる。

「勘弁してくれ、あんた、えっと……」

「京介、でいいよ」

「京介、ぼくたちは真面目な青少年であってだな、学校をサボるなんてことは……」

「でも、ふたりともノリノリみたいだよ」

「え?」

 見るとすでに真澄も有芽も車に乗って、早く行こう、と手を振っている。

「な、何だよ、あいつら?」

「まあ、そう云うことだから。そんなにあちこち連れ回す気はないし、変な組織に売り飛ばそうなんてのじゃないから安心してよ」


 京介はそう云うと、にっこりと満面の笑みを浮かべた。


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