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【4】

 今日の朝食のおかずも、いつものように焼き魚である。月雲家の定番の朝食だ。

「公太郎、好き嫌いしないでちゃんとたくさん食べなさいよ。好き嫌いばかりするからいつまでもチビすけなんでしょ?」

「いつもきっちり食べてるだろ」


 確かに由布子はモデルを職業としているくらいなので女性にしてはかなり長身である。

 公太郎より頭半分くらい背が高い。八十歳の辰之助もその年代にしては大柄な方だ。

 その家系である自分だけが何故小柄なのかと云うのが、公太郎の悩みであった。


「きっちり、と云うほど食べてないでしょ? 真澄ちゃんを見習ったら?」

「……こいつと一緒にして欲しくはないな」


 確か、真澄は自宅で食事をして来た、と云っていたので、これが今朝、二食目のはずである。

 公太郎にはむしろ食べ過ぎじゃないかと、そちらの方が気にかかった。

 見ると、彼女は二食目とは思えない勢いできっちりと朝食を平らげて行く。

 以前からよく食べる娘ではあったが、大した食欲だ、と、公太郎は半ばあきれたが、真澄は気にも留めていないようである。

 もっとも由布子も同様によく食べる。

 以前、公太郎は由布子に、モデル業に差し障るのではないか、と注意したことがあったが、モデルと云うのは意外と食べるものらしい。

 食べても太りにくい、と云うのも才能のひとつ、とか。

「真澄ちゃん、そう云うところも、モデルに向いてるわよ。今度、紹介してあげるね」

 と、先日も由布子が口説いていたことを思い出した。

 もちろん大食漢で太りにくい、と云う体質だけで、トップモデルの由布子がそんなことを云うはずもない。

 それよりも何よりも――。

 真澄は、ぱっと見、人目を引くいわゆる美少女だった。

 ロングヘアが春風になびいている姿が絵になる少女。

 高校入学からまだ半月だが、すでに上級生の男子の間でファンクラブが出来たとの噂も聞こえている。

 小さい頃はそうとも思わなかった公太郎ではあるが、最近では真澄の美少女ぶりをかなり意識するようになっていた。


(そのくせ、今朝みたいな真似をするからなぁ……)

 悩ましい限りである。


 しかし何よりもこれが公太郎には悩ましかったのであるが、小さな頃には変わらなかったふたりの身長が、いつの間にか見る見る差がついてしまい、今では真澄の方がかれよりもかなり長身なのである。

 真澄はあまり気にしていないようだが、年頃の男の子としてはどうにも居心地が悪い。

 せめて、横並びだったら、と思うのだが、こればっかりはどうしようもなかった。


「あ、そう云えば、公太郎」

 ごはんを頬張りながら真澄が公太郎に話しかけた。

「夕べ、夢を見たの」

「夢?」

「うん。小さい頃の夢、だと思うんだけども、その話をしようと思って公太郎の家に寄ったんだよ」

 真澄は、続ける。

「ずっと昔、まだ小学校に上がるか上がらないかの時に、私、山で迷子になったことがあったでしょ?」

「ああ。何となく憶えてるような……」

 公太郎の記憶は曖昧だった。

 大人たちが大騒ぎをしていたのを何となく憶えているような気がする、と云うレベルである。


「あの時か。大変だったわよね~」と、由布子。

「青年団やチームの皆にも手伝ってもらって必死に探したのよ」

「チーム?」

「え? ああ、ヤンチャだった頃のお友達、かな」

 あはは、と笑う由布子。

 由布子が昔、レディースの総長をしていたと云う事実を公太郎は思い出した。

 もっともその頃はまだ小さかったので単に「バイクを飛ばすお姉さん」くらいにしか思っていなかったのだが――。

「まあ、結局のところ、捜しに行った仲間の前に真澄ちゃんがひょっこり出て来たから、大事には至らなかったんだけどね。……で、どんな夢だったの、真澄ちゃん?」

 レディース時代の話に発展しないように話を戻す由布子。どうやら触れられたくない過去のようである。


「それがあまり憶えていないんだけども……。何だか白いキツネが出て来たような。何か、約束がどう、とか」

「約束? どんな?」

 公太郎はとりあえず話を合わせている的に、おかずをつまみながら訊ねる。

「それを憶えていないんだよね。一番肝心なところなのに。それが少し、すっきりしないんだよ。何と云うか、便秘気味って云うか、残尿感って云うか……」

 公太郎が味噌汁を吹き出した。

「おまえ、食事中にそう云う台詞を、口にするな!」

「え? あは、ごめん、ごめん」と、舌を出す。

「と、云うか、ちょうど公太郎がお味噌汁に口をつけたから、このタイミングだ、と思ってあえて云ってみました」

(確信犯かい?)

 公太郎は大きくため息をつくのだった。


「それで? まさか、そのネタのためだけに話し始めた訳じゃないよな?」

「うん。今のは前フリだよ」

(いや、前フリにもなってないし……)

「それでね、考えてみると、今までも同じ夢を何度か見ているような気がするんだけども、ちょっと他の夢と違って妙にリアルだし、何かな、と思って。おじいちゃんとか由布子さんって、そう云う話、昔から詳しかったからアドバイスでももらおうかな、って」


「白狐、ねぇ」

 話を聞いて興味を持ったらしい由布子が身を乗り出す。

 こうすると、また下着エプロンが気になるところだが。


「白狐って、一般的には、夢に出ると金運アップ、とか云うけどね」

「え? そうなの? ラッキー! じゃ次のG1で……」

「真澄、おまえ、競馬するのか? ダメだろ、それ!」

「冗談だよ、公太郎。いちいち反応して面白いねえ」

「ぼくで遊ぶな!」

「冗談はさておき」と、真澄。

「白狐、って云うほど、神々しくないイメージなんだよ、由布子さん。何かたまたま白いだけのキツネって感じかなあ。白いキツネ――何か、あまり美味しそうな響きじゃないよね? 味がスカスカっぽくて」

「いや、カップ麺じゃないんだから――。冗談はさておいたんじゃないのか?」

「あは、つい……」

 ペロリ、と舌を出す真澄。

「ただ何となく、あまり良くない印象があったんで気になっちゃったんだよね」

「ふ~ん」と、由布子が胸の前で腕を組む。

「残念だけど私は専門家じゃないからなぁ。昔はそう云うのに詳しい奴を知ってたんだけども……。ねえ、じいちゃん。じいちゃんは、何かわからない……」

 だが、辰之助は話を聞いている素振りもなく、ただひたすら目の前の食事をむさぼっていた。このじいさんも大した食欲である。

 脇目もふらずにまるで機械のように食事と戦っていた。


「……頼りになりそうもないわね」

「そっかぁ。まあ、仕方ないね。後でネットとかで調べてみようかな」

「ごめんね、お役に立てないで。……と、もうこんな時間か。あんたたちもそろそろ、学校に行かなきゃいけない時間じゃない?」

 時計を見ると、確かに家を出なければならない時刻だった。

「あ、本当だ。由布子さん、ごちそうさまでした」

 真澄がきっちりと手を合わせて、頭を下げる。

「お片づけ、手伝います、由布子さん」

「ああ、大丈夫。あんたたちは遅刻しないように、もう出なさい。どうせじいちゃんもまだ食べているし」


 見ると辰之助は茶碗のごはん粒をめ回していた。

 ごはん粒は一粒残さず食べなさい、と昔からよく云われたものだったが、どうやらそれをこの歳まできっちりと守っているのだろう。

 見上げたものであった。


 一流の武道家らしくはなかったが――。

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