ぎんりん7
あおいがぎんりん亭に入ると“火曜会”が店舗中央の大テーブルを占拠していた。
その中に何故かみのりが加わっている。
相変わらず中学男子もかくや、と思われる大騒ぎだった。
「あおいちゃん、こっちこっち」
みのりが手招きをする。
彼女の傍らの座席は空席であった。
あおいが戸惑いながらも席に座る
「なんだ、お前も参加するのかよ」
マスタがエスプレッソカップを満載したトレイを片手に渋い顔をする
「若い女の子に弔ってもらうなんて、アイツも本望だろ。一つ追加だ」
先ほどのリーダー格の老人がマスタに笑いながら言った。
弔い?どいうこと?
あおいは困惑した
彼女の表情を読み取った“先生”が言った。
すでにオークリのサングラスは外している。
「今日はメンバのごく私的な葬式なんだ」
あおいにはますます訳が分からない。
やがて、あおいの前にもエスプレッソカップが置かれた。
ミルクをたっぷり入れたインスタントコーヒしか知らない彼女にとっては濃厚すぎる香りが漂う。
「それでは、只今からわが火曜会の誇り高きメンバ、大出菊太の弔いを行う」
先ほどのリーダ格の老人の一言でぎんりん亭の空気が急に厳かな雰囲気に変わった。
権威、とでも言うべきか。先ほどあおいに話しかけてきた同一人物とは思えなかった。
「彼は老人ホームのソファで嘆かわしいほど健全な歌を歌うことも、医療器具にスパゲティのように接続されることも断固として拒否し、その命が尽きる半年前にピナレロ・ドグマに乗車し果敢にもヤビツ峠に登頂した」
老人は周囲を見渡す。
「彼は老いという運命に自らの意思で挑み、最後までペダルを踏み続けた誇り高い自転車乗りだった」
「アイツは運命から逃げ切りやがった」
他のメンバの声。
「ついでにカミさんからもな」
周囲に笑い声が漏れる。
だが、それは嘲笑とは程遠い暖かいものだった。
「畜生、うらやましいね」
老人はエスプレッソカップを手に取る
「献杯」
「献杯」
周囲の者達も唱和する。
あおいの口に苦いエスプレッソの味が広がる。
だが、それ以上に彼女は衝撃を受けた。
即席とさえ言える式典。
彼女にとって式典とは、体育館に嫌々並ばされ、偉い人からつまらない話を聞かされるだけのうんざりした時間に過ぎなかった。
だが、これはキチンと意味がある。
仲間の死を悼むこと。
これ以上に重要なことがあるだろうか。
「ところで、アイツのドグマはどうなるんだ?」
「マグネシウム合金だからな。棺桶に入れれば派手に燃えて面白いよな」
ここで大爆笑。
「あそこの倅はボンクラだ。うまいこと騙して頂いちまうのはどうだ?おい、マスタ?」
マスタはうんざりした表情を浮かべる
「その後、飯田さんの店でちゃっかり商品として売るんですか?」
「なんだ、バレてたのか」
あおいは呆気に取れらていた。
「この歳になるとな、友達の葬式なんてジョークにするしかないのさ」
“先生”がイタズラっぽい笑みを浮かべんがら言った。
その後、火曜会のメンバはスパゲティナポリタン大盛り、ミートボール10個入りを人数分オーダーし、あおいにも昼食を共にするように勧めたが、みのりが丁重に断り、事なきを得た。