ぎんりん6
店主は国道上の彼らの姿を見ると、慌てて店内に戻っていった。
あおいはとりあえず、1885のバーテープを巻きなおすことにした。
しかし、1885のハンドルはドロップハンドルであり、複雑な形状のドロップハンドルに合革製のバーテープを巻くという作業は素人にとっては難易度の高い作業だった。
彼女がバーテープと格闘していると、自転車の集団がぎんりん亭の駐輪場に入ってきた。
「おいおい、みのり嬢以外の女の子がいるぞ」
「しかもロードレーサーだ」
「おい、最近はロードバイクって言うんだぞ」
「なんでバーテープ剥がしてるんだ?」
中学生男子もかくや、という大騒ぎが始まった
きょとんとしているあおいに対し、彼らは自分たちを火曜会と名乗った。
カヨウカイ?
あおいの疑問を察したのか、リーダー格の随分高齢に見える男性が笑顔で答えた。
「火曜日にサイクリングをするのさ。各々好きな自転車、好きな格好で」
確かにぎんりん亭に入ってきた彼らサイクリングジャージ姿の者もいれば、上下普通のジャージ姿、さらにベージュのチノパンに白いシャツ姿とバラバラの格好をしている。
乗っている自転車もみのりのロードバイクに近い形状のものや、記録映画に出てくるような古めかしい自転車もある。
「ちなみに、会則はただ一つ」
リーダー格の男がクスクス笑いながら他のメンバーに向って振り返る
「サイクリング日和に葬式をしない」
メンバーが唱和し、その直後に複数の笑いが起きた。
それなりの高齢者が発するにしてはきついジョークだった。
あおいはどう対応していいか分からず、曖昧な笑みを浮かべた。
「ところであんた、こんなところで何をしてるんだ?」
見事な白髪をオールバックにしてオークリーのサングラスと白い口ひげが特徴的な老人が言った。
あおいはぎんりん亭の店主に修理を依頼し、バーテープは自分で巻けと言われたことを説明した。
彼は肩をすくめると、あおいの手からバーテープをとり、ハンドルの先端から器用に巻いていく。
「バーテープはバーエンドから巻いていくのが決まりだ。こうすれば緩まない。それから、初心者は合成革のテープよりコルクのやつの方が巻き易い。今度変えるときにためしてみなさい」
老人はチェレステブルーのテープをハンドルに巻いていく。
あおいが苦戦したブラケット周りも綺麗に処理していく。
「先生、若い子相手だと丁寧だな」
「この件は奥さんに報告するぜ」
周囲から野次が飛ぶ
彼は仲間内から先生と呼ばれているらしい
「女の子が困ってたら見捨てられないタチなんでね。そのことはカミさんもとっくに諦めてるよ」
再び周囲から笑い声。
先生と呼ばれた男はハンドルの先端に少し余らせたバーテープの端をグリップエンドで押し込む。
「これでいい。それから、テープの汚れが気になったらウェットティッシュで拭きなさい」
そう言うと先生は仲間内に戻っていき、やがて彼らはぎんりん亭の店内に入っていった。




