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ぎんりん26

 季節は7月。

 国道134号線は観光客のクルマで溢れ、湘南海岸は海からの異臭を漂わせ、酷い高温と湿気が全てを支配する。

 渋滞を横目にあおい、みのり、まなみを含むぎんりん部の「朝練組」がヤビツ峠からの帰り道を走っていた。

 早朝にぎんりん亭を出発し、名古木の交差点からヤビツ峠の頂上まで2往復が定番コースだった。

 当初は1往復で根をあげていたあおいも、いまではそのノルマを達成できている。

 サザンビーチ交差点の信号が赤に変わる。

 先頭を走る五十嵐が右手を腰に当て拳を握る。

 それは、停車するという合図だった。

 この数ヶ月であおいはハンドシグナルを学んでいた。

 あおいは左足を外して縁石に足を載せた。

「人、多いっすね」

 五十嵐が後ろを振り替えつつ呟くように言った。

 彼は身長180センチで筋肉質で大柄な体型のスプリンターだった。

「夏は仕方ないですよ。湘南ですから」

 あおいは苦笑交じりに言う。

 湘南というブランドは夏にこそ最大限に威力を発揮する。

「千葉の海の方がよっぽど綺麗っすよ」

 五十嵐は不機嫌に言った。

 彼は千葉の鴨川出身で、大学進学のために横浜に引っ越してきたのだった。

 五十嵐の意見についてあおいは首肯せざるを得ない。

 相模湾の奥に位置する江ノ島と太平洋に直に隣接する外房では、海水の綺麗さという面では圧倒的に外房の方が優れている。

 湘南が地元といっていいあおいも、家族が揃っていたころに連れていかれたのは外房の浜辺の方が多い。

 信号が青に変わる。

 五十嵐がジャイアントTCRゼロのペダルを慎重に踏むのがわかった。

 この当たりは歩行者も多く、観光客が多いこの季節は横断歩道以外の場所から道路に人が飛び出してくることも珍しくない。

 短距離で爆発的な加速を得意とするスプリンターにとっては全く不向きな場所だった。

 ヤビツ峠2往復でくたくただったあおいにとっては逆にありがたい。

 陸側を眺めると、134号線ギリギリまで迫っている緑に陸地と空の青色のコントラストが下手な合成写真のように鮮やかだった。

 しかし、景色に見とれていられるのは僅か数分だった。

 歩行者の姿が消えると、五十嵐が今までの鬱憤を晴らすように鋭い加速をした。

 見る見るうちに前方を走る彼の背中が小さくなる。

 高校時代から自転車競技部に所属していただけはある。

 あおいは歯を食いしばって加速しようとするが、なかなか追いつけない。

「ビアンキ乗り、千切られてるじゃねーか」

 後ろを走る幸太が怒鳴りつけるように言った。

 実際、時速30キロメートルを超えると大声を出さなければ相手の言うことは聞こえない。

 悔しい。

 彼女はリアディレイラーをツータップし、サドルから腰を浮かせてダンジングの姿勢をとる。

 一気に加速。

 しかし、緩やかな登りがあおいの脚から徐々に力を奪っていく。

 赤信号。

 五十嵐にやっと追いつく。

 そこでみのりが最後尾から五十嵐の前に躍り出る。

「らっしー、フラストレーションが溜まってるのは判るけど、後ろは女の子なんだからちょっとは加減しなきゃ」

 五十嵐が頭を動かしている様子からみのりに何か言ったことは判ったが、内容までは聞き取れない。

 また、みのりさんに気を遣われちゃった。

 おおいは申し訳ないような、悔しいような複雑な感情が心から湧き上がるのを感じた。

 通常、ぎんりん亭に戻れば朝練組の行動は自由だった。

 すぐに自宅に帰る者

 ぎんりん亭のシャワーを浴びてすぐに帰る者

 ぎんりん亭でモーニングコーヒーを楽しんでから帰る者

 全ては自主性に任せている。

 けれど、今日は違った。

「さてさて、恒例の鈴鹿サーキットの耐久レースの季節がやってきました」

 周囲から歓声が沸き起こる。

「参加希望者は私まで。今年はちょっと本気で上位を狙うよ」

 再び歓声。

 自転車レース。サーキット。

 あおいにとってはひどく現実感のない単語だった。

 ああ、ぎんりん部のベテランの人が出るんだろうなあ。

 あおいはヘルメットから流れ落ちる汗をぬぐいながらボンヤリと思っていた。

「もちろん、あおいちゃんも参加するよね?未成年だから保護者の承諾がいるから、お母さんにコレ書いてもらってね」

 気づくとみのりからレースの参加申込書を受け取っているあおいだった。

 どうしよう、ところで鈴鹿って何処にあるんだろう?

 

 


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