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ぎんりん25

 国道134号線。

 まなみの眼前を走るロードバイクに乗った少女は、まるでボールを追いかける子犬のように溌剌としているように見えた。

 ペダルと乗り手の足を接続するビィンディングシューズを着用すれば、より高回転域でも安定したペダリングが可能であり、結果として速度が上がる。

 現代の自転車レースでは必須の装備であった。

 あおいは純粋に速度が上がったことを喜んでいるようだった。

 まなみは冷ややかな目であおいを見る。

 こいつはヤビツ峠の下りでかなり危うい速度で下っていた。

 速度に快楽を見出すタイプだ。

 みのりさんはこんな奴のどこが気に入ったのだろう?

 まなみは右側を確認する。

 クルマは来ない。

 ギアをワンタップ上げて腰を浮かす。

 一気に加速し、あおいの右肩に触れるか触れないきわどい感覚で追い抜くと、車列の先頭にすべりこむ。

「前、引いてあげるよ」

 あおいは驚いたような表情のまま頷く。

 実際のところ、今の抜き方はかなり強引であり、レースならば間違いなく挑発行為だった。

 構うもんか。

 勘違い素人には早めに現実を教えたほうがいい。

 リアディレイラーのギアをワンタップ上げる。

 一気にに時速35kmまでペースを上げる。

 ほら、これくらい上げればついてこれないんでしょ?素人さん

 まなみが背後を伺う。

 そこには白いヘルメットを被りビアンキ1885に乗る一人の少女が彼女に追随していた。

 なるほどね。それなりに乗れるわけだ。

 まなみはそのペースで先頭を引き続ける。

 自転車ロードレースでは、この列車と呼ばれる隊列のポジションが重要だった。

 先頭は空気抵抗が大きくそれだけ体力的に不利になるが、レースの主導権を握ることができる。

 更に、自分の位置から相手を大きく引き離す状態になれば実力差を知らしめることが可能だった。

 まなみにとって国道134号線の地形は手に取るように把握している。

 大磯警察署の先にある長い上り坂をつかって引き離すつもりだった。

 自分のサイクリングコンピューターに目を落す。

 時速30kmで最大心拍数を70パーセントで維持。

 悪くない。

 後ろの生意気な素人を黙らせてやろう。

 みのりがどこまで走るかは知らないが、小田原あたりまでだろう。

 そこまで存分に体力を削ってあげる。

 まなみは巡航から露骨に加減速を繰り返す走法に切り替える。

 彼女の後方を走っている者にとっては、いきなりサーキットトレーニングが開始されたようなものであり、たまったものではなかった。

 主にレースで相手の体力を削る為に使われる戦術だった。

 やがて3人は大磯に入った。

 その時、まなみは背後から風圧を感じた。

 みのりが最後部から一気に先頭に出た。

 彼女の背中からは自分が集団をコントロールするという堅固な意思を感じさせる。

 速度は時速27キロほどで安定している。

 やがて、右手を伸ばすと信号のある交差点の右側を指し示した。

 右折する、というサインだった。

 みのりは交差点を右折すると、そのまま公園の入り口に入っていった。

 そこは城山公園と呼ばれる場所で飲み物の自動販売機と公衆トイレ、ベンチが設置されておりこの付近を通る自転車乗りにとっては恰好の休憩場所として知られている。

 地元の自転車乗りが設置したロードバイク用のスタンドに3人はそれぞれの自転車を駐輪する。

「あおいちゃん、自販機で飲み物買ってきてよ」

 みのりがジャージのバックポケットから小銭入れを取り出すと500円硬貨をあおいに渡した

「皆さん何を飲まれますか?」

「そこは、あおいちゃんのセンスに任せるよ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべるみのり

 仏頂面のまま無言で頷くまなみ

 泣きそうな表情をうかべるあおい

「面白かった?」

 みのりはあおいに低い声で言った。

「先頭でそれなりの速度で引けますし、加減速に対する反応も悪くないですね」

「でしょ?」

 あおいは砂利道をビィンディングシューズでビクビクしながら歩いている。

 その様子を優しげ表情で眺めるみのりにまなみは微かな嫉妬心を覚えた。

「どこで拾ってきたんです?あんなの」

 まなみはあおいに向って顎をしゃくってみせた。

「人を捨て犬みたいに言わないの」

 苦笑交じりにみのりが言った。

「最初は偶然。でもね、インターネットなんて便利な道具があるからあの娘の名前を検索してみたの」

 あおいが形のいい眉毛を上げてみせる。

「いくつか中学時代の陸上大会の記録が出てきた」

 まなみはあおいの歩く姿にある鳥類を連想する。

 ペンギン。

 それが紛れもなく現在の彼女の容姿に最も違い代物だった。

「まさか、とんでもない有望選手だったとか?」

 みのりは首を振った

「中学女子は長距離はほとんどないから中距離の選手だったみたいだけど、良くて中の上ってところ」

 まなみはため息をつくと鉄パイプ製の駐輪スタンドにもたれかかった。

「そこで残念そうな顔しない」

「これがマンガなら実は陸上部のエースでした、なんて展開になるんですけどね」

 あおいは何とか自販機までたどり着いた様子だった。

「自転車競技は普通の運動と全く違う」

 それはまなみにとっては常識だった。

 物心ついた頃からこの競技に打ち込んできた。

「それにあの娘って、スピードに対する執念みたいなものがあると思う。」

 そのことについて、まなみは同意せざるを得ない。

 初めてあおいをヤビツ峠で見たあの日。

 あ、こいつ、いつか死ぬな。

 それがビアンキ1885に乗った長身の少女を見た時の偽らざる感想だった。

 ヤビツ峠は自転車乗りだけでなくオートバイ、自動車に乗る走り屋も多く集まる場所であり、そこに足しげく通うまなみは自然とそのような者たちが見分けられるようになっていた。

 大半の者は気軽なスリルを味わうのが目的であり、ファミリ・カーよりも速い速度であるものの、セーフティマージンをとりつつ峠を駆け上がっていく。

 その彼らが経験を積んでいくと少しづつ走りが洗練されていくが、所詮は公道でのお遊びだ。

 やがて限界を知り、ある者はさらなる速さを求めサーキットへ、またある者は走りへの追求を止める。

 だが、そうはならない連中がいることも事実だった。

 速度に対する恐怖心が最初から壊れている連中。

 彼・彼女らにとって公道の限界などというものは大きな問題ではなかった。

 それどころか、自分の生き死にすら大した関心ごとではない。

 今、その瞬間にスピードのもたらす快楽。

 それが全てだった。

 あおいは間違いなくそのカテゴリーに入る人間だとまなみは思った。

「それには同意しますが、チームメイトにはどうでしょうか?」

 快楽主義者に自転車ロードレースのチームプレイは似合わない。

「そこは、ほら今後の鍛え方次第じゃないかな」


 

 

 

 

 

 

 

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