ぎんりん20
もし、人が飛ぶことができなのなら。
きっと、こんな感じなのかもしれない。
先ほど彼女を苦しめた登りは、重力に従って今度は真逆に作用する。
周囲は風を切る轟音で満たされている。
滅多に握らないドロップハンドルの下ハンドル部分を握る。
自分自身の力でこのスピードを出している。
サイクルコンピュータを備えていないあおいの1885では果たして時速何キロでているか不明であったが、彼女は間違いなく風を切り裂く快楽に溺れていた。
土曜日であったが、幸いにして彼女の行く手を遮る観光客のクルマはいない。
菜の花台手前のストレート。
右側のSTIを連打しギアをトップに叩き込む。
下ハンドルを保持したままダンジングして一気に速度を上げる。
ここは舗装も他に比べると綺麗で速度を上げるのに向いている道路だった。
アウタ・ハイでペダルを回しきる前に左コーナーに突入。
減速Gを背筋で耐える。
両腕を突っ張って減速Gに耐えながらコーナーに進入すると、セルフステアの妨げになりスムーズなコーナリングの妨げになることを彼女は経験上知っていた。
コーナーを脱出する手前で加速しようと左のペダルを踏み込んだ瞬間に衝撃が下から突き上げる。
アスファルトの路面に鍛造アルミニウム製のペダルが接触した結果だった。
状況によっては反動で反対側の道路に叩きつけられる危険なミスであるが、彼女にとっては姿勢を制御するためにブレーキを使わされたことがただ、腹立だしい。
菜の花台前の急カーブで大幅な減速を強いられる。
ああ、もっとここを速く抜けられればいいのに。
そこから先道幅が狭く急なコーナーが続く。
彼女は如何に速くコーナーを抜けられるか考えながら下っていく。
無理してブレーキを遅らせてコーナー奥で減速するのは論外だった。
一番速く走れるのは、コーナー手前で減速して素早く向きを変えること。
でも、なんだろう上手く姿勢変更ができない。
頭ではもっと速く走りたいと思っているのに体が上手く対応できない、悔しい。
やがて彼女を苦しめた鳥居のあるストレート。
再びギアをアウタ・ハイに叩き込む。
何も考えずにペダルに全体重をかけて速度を載せる。
何も考えずただ重力に乗って加速する。
何も考えずに墜ちてて行く
地面からの突き上げは時に小刻みに時に車体を地面から弾き飛ばすほど強く。
自転車がバラバラになったらどうしよう?
チラリとそんなことが思考に浮かぶがスピードの快楽に痺れたあおいの脳はその懸念を無視する。
ペダルを回しきる。
鳥居を通過。
やがてごく短い距離だが平坦な道路が現れる。
あおいはダンジングで無理やり加速する。
そして左コーナー。
今までの峠道に比べればかなり緩いカーブだったのでスピードを殺さずに進入していく。
車体のバンクをより大きく。
さきほどの地面からの衝撃を覚えていたあおいは、バンクしている方向と逆側の足を踏ん張る。
すると、バンク中でも車体が安定していることに気づいた。
そうか、曲るのと反対側の足を踏ん張ればフラつかずに怖くないんだ。
切り裂くように左カーブを抜ける。
しかし、そこから先は小学校があり、道路の両側に住宅が並ぶ区間だった。
さすがにそこで理性が働くあおい。
楽しかった時間はおしまい。
深い前傾姿勢をとり続けたため首と腰の筋肉が根を上げ始めていた。