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ぎんりん19

 あおいは名古木の交差点に立っていた。

 気分は高揚している。

 土曜日ということもあり、彼女の周りをカラフルなサイクリングジャージを着たロードバイク乗りたちが通り過ぎて行く。

 みのりからのメールで落胆したあおいだったが、すぐに気を取り直した。

 ヤビツ峠なら、もう自分一人で行ける。

 今度こそ登り切ってタイムを計ってみよう。

 チェーンリングはインナー、スプロケットは3速。

 前回の登りではみのりの勧めでインナーロウにしていたが、スピードが出にくいことに焦りを感じてあまり気分がよくなかった。

 しかし、湘南平を何往復もすることによって彼女自身が気持ちよく登れるギア比がなんとなく掴めるようになっていた。

 深呼吸をする。

 大丈夫、すごくワクワクしてる。

 右足のペダルを踏み込んだ。

 ビアンキ1885は加速していく。

 最初はそれほどでもない坂道が続く。

 あおいは心の中でケイデンスを跳ね上げて加速したい衝動を抑える。

 コンビニエンスストアの脇を通ると休憩中と思われるサイクリングジャージの集団が居た。

 彼女に声援を送ってくる。

 思わず恥ずかしくなり俯くあおい。

 交差点の信号はラッキィなことに青。

 大きな右カーブを超え、小学校脇を通りながら淡々と高度を稼いでいく。

 やがて、傾斜が徐々に増していく。

 あせるな、あせるな。

 ケイデンスを維持し、上体はあくまでもリラックスさせる。

 やがて、凶悪な直線道路が姿を現す。

 遠くに鳥居。

 まちがいない、あの上り坂だ。

 心拍数は順調に上昇しているが、彼女の表情に苦悶の色はない。

 思わず口角が上がる。

 しかし、その奥にある歯は食いしばられている。

 闘争心溢れる凶暴な笑み。

 日常生活で彼女がこの種の表情を浮かべたことはない。

 脚の負荷が増大し始める。

 ケイデンスを落し、逆にトルクを重視するペダリング、2日目のカレーを焦がさないようにかき混ぜるように。

 つま先で地面を抉るように力強く、丁寧に。

 上昇し続ける心拍数が限界一歩手前で押しとどまるのを感じた。

 やがて、彼女より先に上り始めたロードバイク乗りたちの背中が見えてくる。

 この人たちは自分より遅い。

 冷静に判断し、躊躇なく右から抜いていく。

 鳥居を通り過ぎ、神奈中バスの折り返しスペースを左に見ながら山道に入っていく。

 木々の爽やかさとかび臭さが混じった匂いがあおいの鼻腔に広がる。

 そこからは傾斜角が軽減されていく反面、テクニカルなコーナーが始まる区間だった。

 ガムシャラにペダルを踏み込んでいるときには気づかなかったが、登りはリズムに支配される。

 単純ではないコーナー、起伏の微妙な変化。

 的確なコース取りと変速。

 最初の右コーナーでアウト側を通過するのでギアを一速上げる。

 しかし、左コーナーなイン側を通過しなければならないのでギアを一速下げる必要がある。

 蛇行する区間を越えると正面に菜の花台の駐車場が見えてくる。

 傾斜が上がりつつ、急な右カーブ。

 サドルから腰を上げてダンジング。

 心拍数が跳ね上がるが我慢。

 やがて右側の視界が開き秦野市街が見下ろせる。

 晴れていれば江ノ島まで見通せるが、今日は残念ながら曇り。

 サドルに腰を落しシッティング体勢に戻る。

 あと、どれくらいで頂上だろう?たしか、この前はこの当たりで失神したんだっけ。

 けれど、今日は大丈夫だ。

 開かれた視界が再び森林に閉ざされる。

 車幅が狭くなる。

 銀色のセダンが邪魔だとばかりに彼女のギリギリを追い抜いていく。

 しかし、そんなことにかまっていられない。

 ケイデンスと心拍数を現在のレベルに維持することに全神経を集中させる。

 逆に言ってしまえば、菜の花台を超えてしまえばそれだけを考えれば良いといことだった。

 峠の頂上まで同じような景色が続くので、登頂した時はあまりにも呆気なかった。

 慌ててスマートフォンのタイマーを止める。

 42分30秒。

 あれ、これってかなり速い?

 あおいが閲覧したウェブサイトでは45分が平均的なタイムとされていた。

 しかし、タイムよりも自分を思ったとおりにコントロールして峠の頂上までこれたことに彼女は満足感を覚えていた。

 すごい、ロードバイクって本当に練習した成果が反映されるんだ。

 


 

 

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