表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

ぎんりん17

 再び湘南平の頂上に上ったあおい。

 奇妙な感覚だ。

 もう、これ以上登らなくて済むという安堵。

 ならば、何故登るのか。

 かつて、稀代のクライマーであるマルコ・パンターニはなぜそんなに疾く登れるのか聞かれた時に、このように答えた。

「早くこの苦しみから逃れたいからさ」

 あおいは下り坂、しかもコーナーが複合的に組み合わさったコースにたまらなく魅力を感じる人種だった。

 親や教師の言うことには逆らわず、規則を破るなど思いもよらない。

 スカート丈を弄ることもなく、学校指定のソックスやローファー以外を着用することなどもない。

 彼女はある面ではひどく規範的な人間だったが、それは彼女が情熱を注げるベクトルが限定的だったからだ。

 教室の片隅で誰にも嫌われず、目立ずに時間を過ごすことを至上としていた女子高生がスピードに魅せられるということは稀有な現象である。

 だが、スピードというものに麻薬的快楽を覚える性癖を持つ彼女がロードバイクという乗り物に出会ってしまった。

 湘南平の駐車場から観光客のクルマが出ないタイミングでスタートする。

 最初は右コーナー。

 ギアを上りきったままの軽い設定であったことに内心舌打ちをする。

 フロントディレーラーをアウターにし、リアを5速に変速する。

 やがて複合コーナーが始まる。

 可能な限りブレーキのタイミングを遅らせてコーナーに侵入。

 だが、そうすると曲りきれずにコーナーの奥で強めにブレーキを握ってしまい、結果としてコーナーでの減速につながってしまう。

 違う、こうじゃない。

 ならば、どうすればいいのだろう?

 予習をしておけば授業で教師に急に指されても慌てることがない。

 そうか、コーナーの手前で減速、角度が一番キツいところを抜けた後に加速しれば良い。

 彼女はセンターラインがコーナーの角度に応じてマーキングされていることを見抜く。

 ならば、センターラインが描くコーナーの頂点を目印にして減速しよう。

 右コーナーでカーブの頂点を越えたところであおいは無邪気にペダルを踏み込んだ。

 そして、地面から突き上げるような衝撃により反対側の路面に叩きつけられそうになる。

 ロードバイクが傾き、結果として踏み込んだペダルが地面に接地した結果だった。

 しかし、そのことが彼女を萎縮させることはない。

 次の左コーナーで接地を避けるために右足を踏ん張ると、車体が安定することを知る。

 あおいは満面の笑顔を浮かべた。

 傾斜度14パーセントの直線。

 ドロップハンドルの俗言われる下ハンドル部分を握り、リアディレーラーを一気に10速まで叩き込む。

 風が重い。

 もっと速く、もっと速く。

 高揚感と共にケイデンスを上げて行く。

 だが、冷酷にもストレートを下った先には右コーナーが待っている。

 ああ、もうすぐ終わりなんだね。

 スローインファストアウト。

 丁寧にコーナー手前で減速し、出口で素早く加速する、モータースポーツの基本だった。

 こうすればもっと速く走れる。

 どうしよう、たまらなく楽しい。

 やがて麓に到着した。


 

 

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ