ぎんりん15
湘南平の頂上は展望台兼レストラン、芝生の広場、電波塔などがあり、展望台兼レストランにはアイスクリーム、菓子パンまで幅広いラインナップの自動販売機が並んでいる。
あおいと幸太は広場のベンチに隣り合って腰を下ろしていた。
あおいがチラリと幸太の顔を見ると、彼は芝生で無邪気に遊ぶ子供たちに向けられていた。
彼女は耐え切れずに手元のスポーツ飲料の缶に目を落す。
ベンチに男子と二人で座っている状況。
これって。
傍から見たらデートに見えるんじゃないだろうか。
その考えをあおいは無理やり否定する。
偶然、偶然一緒になっただけなんだから。
「ガキの頃はさ」
幸太が唐突に口を開く。
「公園の砂場でどれだけ偉くなればいいか、そればっかり考えてたよ」
「え?」
あおいは幸太の顔を改めて眺める。
「だけど、今じゃ」
彼は両手で握った缶コーヒーの飲み口に視線を落す。
わたしたちは今でも子供だよ、お互いに高校生でしょ?
あおいはそのことを口の出せなかった。
幸太の目に苦悩の色があまりにも濃すぎた。
「あのさ、坂道で速く登れるコツ、教えてくれない?」
あおいは思わず口にだした。
そして、後悔した。
「お前、バカなのか?何度も言ってるだろ、坂道を何度も登るしかねえんだよ」
幸太はジロリと彼女を睨むと低い声で言った。
「だって、何度登っても楽にならいなから・・・」
あおいは自分の言葉が泣き言に聞こえてしまったらどうしようという余計な心配をするが、それは紛れも無い彼女の本心だった。
「心拍数だ」
幸太は自分の胸元を示した。
「お前、前は陸上か何かやってただろ」
あおいは驚きを顔に顕した。
「だと思ったぜ。自転車の素人にしちゃ速く走れるほうだぜ、お前」
初めて聞く幸太の好意的な意見だった。
「心拍数を上げない走り方、つまりペダルの回転数をコントロールするんだよ」
彼女はきょとんとした表情を浮かべていた。
「お前、とにかくペダルを速く回せばいいと思ってるだろ?」
確かにそうだった。
峠の登りに入った途端に低下する速度に焦り、あおいはペダルの回転数を上げる傾向があった。
「だけどな、登りを速く登るのはそれだけじゃないんだぜ?」
あおいの食いつくような表情に満面の笑みを浮かべる幸太。
「ゆっくり、力強く、そして途絶えることなく」
彼女の表情に困惑が広がる。
「ペダルの回転数を落として、力を込める、そしてつま先はスープ鍋の底を掬うように、さ」
彼は唐突にベンチから立ちあがる。
「まあ、足の筋肉に負担がかかる走り方だから長丁場じゃあんまりオススメできないけどな」
あおいが何か口に出すよりも早く、彼はは駐輪してあるクロモリフレームのロードバイクに乗ってしまう。
「いいか、鍋を掬うときは2日目のカレーだぞ。焦がさないように、鍋の底を慎重に掬うんだぞ」
幸太はそういうとヘルメットをサングラスを装着して坂道を下っていってしまった。