No.16人殺し達
どうもお久しぶりです。
鬼無里です。
気が付けば年が明けている今日この頃。
更新速度がめっきり衰え始めました。
果たしてこの小説は完結するのか否か。
真相は藪の中に……
どうしようもない話なのだが、俺達暗殺ギルドのメンバーは全員が全員人殺しという人間社会において最下層に位置しているならず者たちだ。それは最早手のつけようもなく、既に壊れきっているのでその地位から抜け出すことができない。
人殺しは最悪だ。
これは論じるまでもなく当たり前な話。
もし、真理や定義ともいえるこの事実が成立しない場合が存在するのならば、つまり人殺しが許容されてしまう状況があるのならば、それは既にその世界が狂っているということにおいて他ならない。
どんな哲学を唱えようと、いかに高尚な信念を掲げようと、人殺しは最悪でなければならない。
でなければ、人というものは、その人が住む社会は崩れてしまう。
故に、人殺しは最悪である。
そう、俺は定義している。
定義故に覆すことや翻すことはしない。
そして、この定義からすれば、例えば俺のように人を殺しに殺しまくってきた人間はもっとも忌むべき害悪だと言っても過言ではなくなる。
少なくとも、人殺しによって金を稼ぎ日々の糧を得ているという事態は軽蔑されることでおかしくはないはずだ。
暗殺ギルドはそんな軽蔑されるべき者だけが集まって形成された組織である。
非常に残念なことにギルドメンバーは一人残らず、もう二度とまっとうな生活を送れないぐらいにまで終わっている。
例えば、俺。幼少期から生き残るために人を殺して俺には、誰かのために生きようだとか、自分のやりたいことをやろうと思うことが全くない。故に人に尽くすことも出来なければ、自分の幸せのために生きることはできない。
日常生活においたって周りに近づく全ての障害から生き残ることと、その障害を排除することを常に考えてしまっているのだから手の施しようがない。
今だってまともな日常生活は送れていない。送れていたら人を殺していないし、
例えばシテン。アイツはアイツで幼少期は奴隷として生きて、次に人を殺すことを生業としてしまった。だからシテンは特に人を甚振ることに全くの忌避感がない。傷つけようが肉を割こうが骨を抉ろうが無表情で平常心であり、拷問や精神的な苦痛を与えて心を砕くのも何のためらいもなくやってしまうのがシテンである。
もともと、自分から行動を起こして事態を良くしようとも思っていないため誰かに何かを施すようなことはしない。
冒険者ギルドでも珍しいソロでのBランクである。(徒党を組んで実績を挙げてBランクの判定を貰っている者は多い。実際パーティーでBランクの評定を貰っている冒険者は同じランクの八割を超える。)ソロで依頼をこなしている理由が戦闘時の惨たらしい戦い方が歴戦の冒険者でも見たくなくるほどだったというのは、あの冒険者ギルドでまことしやかに囁かれている噂のような事実である。
依頼のままに人を殺すし、その殺し方も常軌を逸している。
彼女は勢い余ってやほんの弾みで人を殺したりはしない。
人を殺すために殺す。
当然そこには同族(見た目上は)を殺したくないという忌避や倫理の観念からくる罪悪感などはない。
社会的な観点から見れば致命的な欠点である。
とまれこうまれ、まだ俺やシテンは日常生活では隠しているからいいものの、暗殺ギルドの連中にはそのような自重をせずに生活している奴も多い。
暗黙のルールとしてお互いの過去を尋ねるようなことはしないが、札付き(犯罪者)――それも元殺人犯や盗賊などが多く所属している。
残念ながら彼は既にまともな生活を送れない。
社会には溶け込めない。
半分以上は彼ら自身の諦めからくるものであり、半分以上は社会がそれを受け入れてくれないというものであるが。
そんなどうしようもない奴等でも生き残るためには受け皿が必要だった。
その為に作られたといっても過言ではないのがそれぞれの裏ギルドやマフィア組織。
俺が所属している暗殺ギルドは最も性質が悪いところである。
要約すれば表の世界が手におえない奴等のためのハローワーク兼共同生活施設である。
一応、うちのギルドは元宿屋なので寝泊り程度はできるため、特にサービスはないが借家のようにして暮らしているギルドメンバーが複数いる。
その全員が過去に数十~数百人ほど殺してきている人殺しどものなのだけれど。
――――だから例えば、
俺がギルドの扉を開くと同時に、ロングソードによって白銀に輝く鋭い二つの剣閃が俺のことを挟撃し、その命を刈り取ろうすることなど当たり前のことでしかない。
一つは右から袈裟切りせんとばかりの軌道を描き、一つは貫き通さんとばかりに左から鋭い突きを放つ。
お互いに一撃必殺を狙う殺気の篭った剣閃だが、まだまだ未熟さの見れるような甘いものである。
右からの斬撃を予め柄が右手の親指に来る様にして構えていたナイフにロングソードの当て握力と手首の動きだけで受け止め、左からくる刺突は左足を半歩ほど後ろにずらして体を捻りワザと脇の間を通らせるようにして回避する。
そして挟撃を二つともいなした後に俺は一歩前に出た。
すると当然右手で受け止めていた斬撃は拮抗していた力を抜かれ、標的を失って空振りをする。
放った相手も空を斬って体勢を崩し前へつまり俺の方へと向かってくるわけで。
そんな相手の足元を容赦なく右足で足払いをして転がす。
左からの刺突は既に相手の腕をわきに挟んで逃げられなくし、足払いをした右足を強引に回し蹴りの軌道へと変え、脇に掴んだ腕を離しつつ相手の延髄へと手加減せずに蹴りを入れた。
「「キャン!!」」
二人の襲撃者は犬のような悲鳴を上げて宙を舞った。
そして仲良く扉に顔から飛び込み床に崩れ落ちる。
「キャウ~ン……。」
延髄に蹴りを受けた方は完全にノックアウトして気絶した。
「グルルル……。」
しかし、ただ足払いを掛けた方は痛みからすぐに立ち直り、俺の方を向いて犬のように犬歯を見せて威嚇をしてきた。
俺に襲撃してきた二人は見た目・実年齢ともども15歳ほどの少女である。髪は二人とも黒曜石のような深い黒色で、肌は髪の色に反して透き通るように色白い。特徴的なのは人間についているにしてはあまりにも鋭すぎる犬歯と、ギラギラと光って見える紅い瞳、そして何よりも髪の上から生えている分かりやすいぐらいなまでの犬耳と腰のあたりで揺れているふさふさとした黒い毛の生えた尻尾であった。
「……何をしているんですか。」
もう一撃交えんとばかりに威嚇を続けている犬耳の少女に対して鶴の一声ならぬ、熊の一声が入る。
少女が振り向く間もなく、背後より伸びてきた文字通りの熊手が少女の頭を鷲ならぬ熊掴みし、右手一本で軽々と持ち上げた。
そして余った左手は倒れている方の少女の頭を掴んでおり、こちらも軽々と持ち上げる。
確かに少女達は華奢な体つきをしているが一人40㎏近く体重はあるだろう。
あそこまで軽々持ち上げるシテンには恐々とするばかりである。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃ~~!!」
「……キャン!!え?痛い!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い~!!」
シテンは少女たちを握る手の力を強めていっているせいで気絶していた少女までもが悲鳴を上げて意識を覚醒し、二人そろって激痛の叫びをあげていた。
どうやらシテンはお怒りの様子らしい。
いつにも増して力を籠めているように見える。
「ナル。クル。いきなり飼い主様に襲い掛かるとどういったことでしょうか?」
おい、今飼い主って言わなかったか?
ルビを入れても誤魔化されないぞ、今俺のことを飼い主って呼んだよな。
「「ごめんなさい、シテン姉!!もうしないから離して!!」」
「……私に謝ってどうするのですか?」
シテンがさらに力を籠めた。
あ、今“メキ”って音が聞こえた気がする。
頭蓋骨にヒビでも入ったかな。
まあ、人間なんかよりはずっと回復力が早いのでヒビ程度ならば三日程度凡そ完治してしまうだろう。
「“ヨウ”様に逆らって足蹴にされるなんてなんて羨ま――羨ましい!!」
おい、なぜ言い直そうとして羨ましいって言いきった。
一旦言葉を止めるのならば訂正しろ。
「私だって蹴り飛ばされたいのに!!私だって殴られたいのに!!」
完璧に私怨である。
いや、途中まではちゃんとした教育というか懲罰だったのだが。
……シテンが真面な説教をするとは微塵にも思ってはいなかったが。
このまま放っておくとシテンがただ単に自分の性癖を発露するだけなので止めさせる。
「……その程度にしておけ。シテン。ややこしくなる。」
「――はい。」
シテンはすぐさま手を離し、二人の少女をギルドの床に落とした。
少女たちは立つことも出来ずに、頭を抱えてその場で蹲る。
相当痛かったようだ。
やはりシテンは聞き分けの良さは俺の知り合いの中では最も良い。
本当に従順で有能で寡黙で無謀なことをしないので一番気に入っている奴ではあるのだけど。
この性癖だけが本当にどうにもしようがない。
既に手遅れであるのは重々承知なのだが、惜しまれるところだ。
それはさておき、改めて二人の少女たちについて説明をしておこう。
既にお気づきの方がいるかもしれないが、この二人は双子の姉妹である。
姉の方がガ・ナル。
妹の方がガ・クル。
二人ともこの暗殺ギルド――灯の旋律に所属している。
髪の色、瞳の色、顔つき、身長やスタイル、それに服装も同じ黒を基調とした簡易的なゴスロリ服の様なドレス(ドレスというにはあまりにも貧相な装飾なのでゴスロリっぽい黒のワンピースというのが正しいのかもしれない)を着ているので見分けがつかなかった。
見分けがつきにくいと主に俺が不便だったので直接的に髪型を変えろと言ったところ、それを拒否、そこへダガーを構えた熊が登場、姉妹の内妹が捕獲され、強制的にショートヘアーに切断、これにより髪の長い方が姉のナル、短い方が妹のクルと見分けがつきやすくなったのが凡そ一週間前の話である。
髪を切られたクルは不機嫌になり、ナイフやら手斧を振り回して暴れていたので、その時ばかりは流石にこちらに非を感じた俺は偶々持っていた依頼で入手した少し汚れている蝶を象った髪飾りを付けてやったところ、一瞬でご機嫌になって今ではむしろその髪型を誇るようにまでなっている。
ちょろ――何とも扱いやすい。
「……後で調教ですね。」
「何か言ったか?」
「いえ、何も。」
床に蹲る二人を見てシテンが何かボソリと呟いたが、俺にはよく聞き取れなかった。
口の動きが見れたのならばある程度は分かるのだが、残念ながら俺の注意もナルとクルに向けられていたためそれも適わない。
シテンの表情はいつもどおりの無表情である。
理由を聞く前に無意識に反撃してしまったために、どうして黒犬の姉妹が襲いかかってきたのか分からない。
しかし、シテンによって既にお仕置きらしきものは済んだので一先ずは置いておく。
「――シテン、他のギルドメンバーは何処にいる?」
「タフラは奥の薬品部屋に、ハマルは二階の宿舎で寝ております。ソウガは先程まではカウンターで酒を飲んでいたはずですが……移動したようです。申し訳ありません。」
引き籠りとギルド警備員は相も変わらずなようだ。
「ミラは目視はできませんが近くに潜んでいるようです。残りのメンバーは今日は確認されていません。」
ミラは基本ギルドの外に仕事以外で外出しないからな。まあ、種族的に外にいようと中にいようと気が付く者が居ないので断言はできないが。
「それだけいれば十分か。……昨夜捕まえたアイツはどうした?」
昨日捕まえた殺人鬼もどき。
いや、アレも一応殺人犯ではあるのだが……。
「私のプライベートルームにて拘束をしております。」
そこはかとなく不安感が湧き出てきた。
シテンのプライベートルームがどのようになっているのかなど知りたくはないが、概ね察することができる。
「……何もしていないだろうな?」
「はい、目隠しと両手両足に枷、自害防止に猿轡を付け鉄檻の中に収容しておりますが、傷一つ付けておりません。まだ、処女のままです。」
「最後のは付け足す必要があったか?」
「……お気に召しませんでしたか?」
「生憎、あんなモノに劣情は喚起されない。」
「では、私には?」
「そうだな。……今回の件が終わったら考えておこう。」
「ほ、本当ですか!?」
「働き次第によるがな。」
「いっそう励みます!!」
シテンの丸耳がピコピコと揺れ動いている。
シテンもシテンで扱い易い奴である。最も癖が強いギルドメンバーでもあるわけだが。
それよりも、話を戻すが、アイツとは昨夜対峙した双剣遣いのことだ。
気絶させた後殺さなかったのは、プロ《シテン》に任せて拷問をして今回の殺人鬼騒動の黒幕の情報でも引き出そうかと思ったのだが、詳しく身体や魔剣などの所持品を調べてみたところ、少々厄介な事実が分かったからだ。詳しくは後々語るが、今はシテンに任せて拘束した上で監禁しているという状態である。
正直な話、中々厄介で面倒なことに巻き込まれている。
残念ながら我関せずという訳にはいかなそうだ。
「ここにいるナルとクルを合わせて八人か……それだけいれば十分事足りるな。」
小金貨は先程クロロに渡した分があるので手持ちには九枚。一人一枚として、自分の分を除くと二枚余るか。
余る小金貨の使い道を考えていると“ブウン”と一匹の羽虫が目の前を横切った。
『――私も仲間に入れて下さい。』と、言われているような気がした。ちょうどいい、これで情報には困らくなった。
「――ギルドマスター補佐シテン。」
久々にシテンの事を役職で呼んだ気がする。
因みにギルドマスター補佐とは副ギルドマスターみたいなものだ。
「はい」
無表情でシテンは返事をした。
「ギルドマスター権限を行使し緊急依頼を発注する。定員は八名。報酬は小金貨一枚及び今月の宿泊費の免除。功績に応じて臨時報酬も出す。依頼内容は受注後各々に説明する。失敗条件も同じく。又、今回の手付金は“灯の旋律”のしきたりに則り一人小銀貨一枚とする。依頼書を張り出し、現時点でこのギルドにいるメンバーを強制集合させろ。」
「わかりました。」
そう言って、シテンはギルドの奥へ向かっていった。
このやり取りを見ていたナルとクルの姉妹も慌てた様子でシテンが向かった先へついていった。
緊急依頼も今回が初めてなので驚いているのかもしれない。
シテンの準備が終わるまでに昼食でも作るとしよう。
「……そういえば、荷袋を門の近くに置いたままだった。」
盗られて困るようなものは何も入れていないが、つい先ほど買ったばかりの昼飯が入っているために取りに戻る。
このギルドで盗難はよくあることだ。上下関係に係わらず盗んでいく奴は盗んでいく。社会のはみ出し者の最下層というのは自分の命を惜しまない。従順になるのは生きるチャンスがあるときだけである。
上の者は手のひらを翻し、下の者は反旗を翻す。
これは裏も表もよくあることだろう?
≠
前にも述べたかもしれないがギルドの前には少しばかり開けた空き地がある。
チャンバラごっこをしたとしても問題ない程度には広い。
――そこに一匹の鬼がいた。
いや、鬼というのはこの場合適していないのだろう。確かに鬼気迫る様な濃密で鋭い殺気を出しているソイツは悪鬼羅刹と呼んでも違和感など微塵も毛頭もないのだろうが、ソイツに鬼という言葉ほど似合わない言葉もない。少なくとも悪鬼羅刹という呼び名はシテンの方が似合っている。
では、目の前のソイツには何という比喩が正しいのか。
ソイツを最も正しく表す言葉は――龍、正しくそれだ。
唯、難癖をつけるとしたらソイツには伝説に語られるような神々しさや清らかで美しいなどといった形容詞を一切付けることができないということだろう。
龍は龍でもソイツは泥沼に好き好んで住んでいる、禍々しい毒龍。
悪鬼羅刹とは違い、そいつは獲物を仕留めるということのみの念で殺気を出している。
人間とは違う。
生物としての格が圧倒的に。
捕食者の殺気、上位者の殺気。
まあ、それでも『捕食の森』に住まうあの化物には全く敵わないのは仕方がないことだろう。正直に言ってあの化物は形容しがたいほど格が違う。人間の物差しで宇宙を測っているようなものだ。
「どうした、ソウガ?散歩か。」
俺は気軽に声をかけた。
「……少しばかり滾ってしまってな。外を酔い醒ましを兼てぶらついていたところだ。」
龍――ソウガという名青年は龍人の毒龍族タイプヒュドラである。
東方に故郷を置く彼は民族衣装である甚平のような藍色の着物を羽織り、袴らしき灰色のゆったりとした服を着ていた。腕には籠手のような魔物か何か生物の皮で作られた防具をつけており、足もとは足袋に草履、そして腰にはこのあたりの地域では珍しい東方の剣――刀を携えている。
服装だけを見れば武士、又は侍なのだが、どうしても纏う雰囲気柄浪人か辻斬りに見えてしまうほどおどろおどろしい。静かさは静謐さよりも何故か残忍さを表している。
「滾っているのならば娼館にでも行ってくればいい。今の時間帯でも開いている店を知っているから紹介するが。」
軽口を叩いてみると、ソウガは金色の瞳をギラリと輝かせ獰猛な笑みを見せた。
猛禽類が得物を見つけたときの様に、ほんの少し背が高い俺のことを見上げるようにして睨みつける。
「がはは、今日は高ぶりすぎて相手方を絞め殺してしまうかもしれんから遠慮しておこう。それより、一つ頼みたいことがあるのだ、“ヨウ”殿。」
「何だ?」
「一合、手合せ願いたい。」
そういって、俺が返事を返す前にソウガは体勢を低くしながら左腰の刀に手を掛け、カチャリと鯉口を切った。
「別に、構わない。」
俺は俺で、徐に常備しているダガーナイフを右手に握りしめた。
そして、左手で小金貨を一枚ポケットから取り出す。
「合図はこれでいいな?」
ソウガは何も言わずに頷く。
それを見てから俺はコインを親指ではじく。
程よく回転しながら放物線を描くそれは、雑草の茂った地面に音もなく落下した。
コインが地に着くのと同時に俺は走り出し、ソウガは動かずにじっと待っている。
ナイフと刀ではどう考えてもリーチの分は刀にあるため、対等に戦うには至近距離まで近寄る必要がある。
だからこそ俺は駆け出し、ソウガは動かない。
勝負はソウガの間合いに入ってからである。
居合切りは自身から向かっていくよりも、間合いに入ってから迎撃する方がずっと簡単に相手を殺せる。
鞘走りにより抜刀することにより段違いの速さ薙ぐことができる居合切りを相手に向かいながら避けるのはほぼ不可能だ。
ソウガの剣閃は居合の達人よりもずっと速い。
抜刀されてから防ぐことはほぼ不可能であり、だからと言って避けることも厳しい。
だから、突っ込む。
抜刀術、そもそも剣術は相手との間合いを重要視する。
剣というものは相手と張り付いて行う接近戦ではなく一定の距離を置いて行うものだ。
それはある意味どの武器においても同じことだがソウガが得意とする抜刀術は近すぎる距離では必殺とはいかなくなる。懐に入り込めばナイフであるこちらの方が断然有利となる。
もちろん、間合いを切り抜けることができればの話だが。
間合いを詰められないための抜刀術、その速度である。
大体三メートルといった範囲だろう。
踏み込んだ瞬間反応するよりも速く真っ二つだ。
しかしそれは馬鹿正直に前から真面に立ち向かった場合の話だけだが。
地面を力強く駆けながら俺は視線をソウガの手の動きから外さなかった。
勝負は一本のタイミングと間合いの見極め。
「――っ!」
カチャリと、ソウガと俺の距離があと五歩もないぐらいで鯉口を切る音が響いた。
ソウガの目が猛禽類のそれと同じように鋭く光る。
俺の目線をそのままに、次の一歩を思い切り強く踏み込みんだ。
――そして大きく右に跳んだ。
前振りを見せない唐突の跳躍にも拘らず、ソウガ俺の動きに対応して体の向きを傾ける。
だが俺はソウガ完全に体の位置を俺と正面に相対する前にサッカーのスライディングをするように滑り込む。
左右の動きと比べ総じて上下の動きは目では捉えにくい。
僅かな時間、瞬きするよりも短い時間だろうが視界から外れる。
『足無し幽鬼の歩術応用版』
まあ、一対一のみで初見殺し的方法ではあるのだが。
それでも相手の反応が遅れることは免れない。
「ぬっ!!」
ソウガも剣のみで言えば達人である故にその動体視力は確かに優れている。
しかし、それでも剣を水平に斬りつけるのと地面を滑る相手に斬りつけるとのでは勝手が違う。
一つ間違えれば地面を抉り勢いを殺すことになる。
それ以前にもう既に居合の間合いを超えていた。
「疾っ!!」
「くっ!」
俺は切り上げるように右手に構えたナイフでソウガの手元を狙いに行き、ソウガ避けるように交代し再び間合いを取ろうとするが、俺は逃がすことはせず斬りつける反動で立ち上がり間髪入れずソウガに跳びかかる。
ソウガの剣閃が遅れたように放たれるが最早居合の速さはそこになく、手の動きから見切った俺はナイフで剣閃そのものを叩き落とし防ぐ。
腰に力を入れていない一撃はそれだけで弾かれ、俺はその隙に思い切り左手でソウガの顎を殴り上げた。
「がっ!!」
歯を噛み合わせるような音と共にソウガは後ろ向きで倒れた。
軽い脳震盪を起こしたのだろう。
そのまま仰向けで寝転ぶソウガをよそに俺はナイフを仕舞い、先ほど地面を滑ったことによりついた土埃を落とす。
ソウガはしばらく無言だったが、二・三回パチクリと瞬きをした後、
「くははははははははは!!」
と大きな声で笑いだし、
「いやあ、やはり流石は“ヨウ”殿。全く敵わん。我が剣術を振るう隙すらない。こうもやられては笑うしかないわい!!」
などと言って実に機嫌が良さそうな表情を浮かべる。
「剣術を振るいたいならばお前から仕掛ければよかったんじゃないか?」
「前回はそうしていとも容易く背後を取られたからなあ、今回は受けに徹してみたのだが……この様だ。正に完敗と言ったところでござろう。」
「随分と機嫌がいいな。負けたのに。」
「何、負けの一つや二つよくあること。それに我が組織の長がここまで強いとなれば入った甲斐があると言うものだ。」
ソウガは暗殺ギルドのメンバーの一人で、俺が直々に勧誘した奴だ。
ソウガ・ヴェノム。
双牙式抜刀術免許皆伝にして国際指名手配犯ランクSSSの大犯罪者である。
一先ず、この章が終わるまで書き切りたいところですが、時間猶予がどれくらいあるか分かりません。
場合によっては今回みたいに半年以上投稿が遅れてしまうかもしれませんがどうぞよろしくお願いいたします。