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No.13 ギルドマスター

 背丈はあまり俺とは変わらないが常にヒールの高いブーツを好んで履いている彼女――ミリア・L・フェアルズは、俺よりも少しだけ目線が高く尚且つつり目と眼鏡がうまい具合に作用してこちらを見下しているような感覚を与える。ヒールが高いブーツを履いていなくても、男子高生の中では高い方だった俺の身長(178cm)と変わらないので、シテンのような女性を除けば背の高い方なのだろう。

 容姿はかなり整っていて、その大人びた容貌は可愛らしいというよりも綺麗や美しいといった言葉が似合う。スタイルも冒険者をやっていたのにかかわらず下手な筋肉がついていおらず、女性らしい体型を保っている。ギルドの制服である黒に青いラインが入っているブレザーを着ている姿は、大手企業の一流秘書や高校の女性教師を思い浮かべてしまう。

 そしてその外見に違わず性格や経歴もかなり強烈である。

 真面目で堅物で少しばかりサディストが入っているその性格は、噂話によれば昔冒険者として名を馳せていたころ山賊たちの討伐で得意の氷結の魔法を使い、首だけを残して全身を凍らせて山賊たちの罪を一人一人懺悔させ、更には殺人以上の罪を犯したものを氷柱の針で串刺しにしたとかなんとか。

 今では、ギルド職員としてギルドマスターの補佐を務めているため攻撃的な性格は少しは収まっているらしいが、冷徹な視線と相手を圧倒させる迫力、融通の利かない堅物さに加えて毒舌なため冒険者からはかなり嫌われているらしい。

 この世界に於いて最も嫌いな人物である。




 冒険者ギルド一階。

 受付嬢のいるカウンターの奥には普段は使われることのない応接間がある。

 その応接間が使われるのは大抵Aランク以上の依頼や特殊な報酬を渡すときのみで、基本は誰も使わない。本来ギルドマスターの仕事部屋も兼ねているのだが生憎さま巨人種(タイタン)であるロフ・クラウドには小さすぎるようで、彼がその部屋に入って行った姿は見たことが無い。

 しかし、今回は異例なことにクラウドとフェアルズと俺は三人で応接間において向かい合っていた。

 本当に稀なことに。


 クラウドはまずもってこの部屋に入らない。これは体格上仕方がないことで、もちろん設計ではクラウドでも入れることは入れるのだが彼自身この部屋を好まない。それに、クラウドは基本仕事をせずに街の酒場などでその日を暮しているため使わない。彼が赴かざる負えないような仕事はかなり稀である。ギルドを空けているときの方が多い。それでも、ギルドマスターとしてやっていけるほどの実力や実績や能力があるのは確かであるため、彼に不満がある人物はそうそういない。


 その少数派であるクラウドに不満を持つ人物の一人がフェアルズだ。彼女はクラウドが放置しているギルドの事務処理系統の仕事をほぼ一人で受け切っている。それどころ勝手にだが新人やマナーの悪い冒険者に対して研修やら教育やらはたまた調教らしきことをやってのけている。常軌を逸した働き者であり、真面目で厳格な人物であり、堅物。彼女との会話はかなりしんどくて精神的に摩耗するために会いたくない。多忙である彼女は応接室どころかギルドで座っていること自体が珍しい。常に動いては注意をし、説教し、時には実力行使で黙らせている。厄介なことこの上ない。


 そして俺だが、基本的に冒険者ギルド自体をあまり使用しない。もともと、冒険者はただの副業であり、その他にも金になる仕事をいくつ掛け持ちしているため、Cランクになってからはほとんど依頼を受けていなかった。幽霊みたいな扱いになっている。そもそも、俺のことを知っている冒険者などほんの一握りである。

 余談だが俺のことはよく分からないが若いのにCランクに上り詰めた新人、という評価が噂で流れていたりする。


 そんな三人が、一つのテーブルを囲んで話し合うという超異空間が応接間に出来上がっていた。

 

 端的な感想を言えば、狭い。

 そして、帰りたい。


「まず、本題に入る前に尋ねておきたいのですが、マスターロフ・クラウド。貴方はいったい昨日から何処へ出かけていたのでしょうか?昨日のうちに片付けねばならない書類を置いて出かけたのですから、よほど重大な用事でもあったのでしょうね?」

「いや……なんていうか……。」

「“何処へ”行っていたのですか?」

「……ちょっと、酒場に」

「はぁ、貴方はいつもいつも……何度言ったら分かるのでしょうか?貴方はこのギルドをまとめるおさ――ギルドマスターなのですよ。それが仕事を放置して酒場に行くとは、全く自覚がないのですか?貴方は云わばギルドの中心であり、お手本であるべきギルドのトップなのですよ。貴方を目指して冒険者として活動を始めた新人も多々存在します。恥ずかしくないのですか?元SSランク冒険者『豪勇の巨神』ロフ・クラウド。そう持て囃されていた貴方が今や酒浸りの職務さえこなすことのできない――」


 ごめんなさい。聞いているこちらまでもが疲れるので止めてください。


〈中略〉


 何が起きていたのか、現状を把握するためにもう一度しっかりとそれでいて端的に要約しつつ順を追って話していこう。


 まず、どうして俺とクラウドとフェアルズが応接間という同じ空間において机を囲むことになったのか。それは、俺が発注しようとした依頼が適切であるか否かを話し合うためであった。もともと、受付嬢であるウェシィーに一任されている仕事ではあるので例外を除いては彼女が全ての決定権を持っていることになる。で、その例外ケースが俺が持ち込んだ依頼だ。俺が発注しようと思っていた依頼は、文面上正式にはこのような依頼となる


『巷を騒がせる通り魔の捕獲又は討伐。

 【ナナ・ルーヴァ】を騒がせている通り魔を捕獲又は討伐するために冒険者を求めている。相手はA+ランク冒険者を殺害した実力者であるために、最低でもC+ランク以上の冒険者に参加してもらいたい。期限は一週間。主な仕事内容は街の警邏と住民の護衛。一日に最低でも10万Mcの報酬を払い、通り魔を捕縛又は討伐した場合適宜通常の報酬に100万Mcを追加する。』


 と、少しばかりまとめているが概ねこのような内容。

 通常、盗賊や指名手配犯の報酬金額が50万~80万Mcなため、相場よりも割のいい仕事になるように報酬は調節している。余談だが、暗殺依頼は基本100万越えする。俺は例外的な安い暗殺ばかり請け負っているが。

 それはそれとして、一応俺なりに情報を集め違和感を持たれない程度の虚飾をして発注したのだが、残念ながら受付嬢は首を縦には振らなかった。暗殺ならともかく、冒険者ギルドへの依頼は流石に初めてのために俺は一つの条件を見逃していたのだ。

 それは、

 

『個人での依頼の発注を行う場合最低でも市民権を獲得していること。また、魔物や害獣の討伐には際限はないが、盗賊や犯罪者の討伐又は捕獲などの依頼内容が人へと対象になる場合正式な令状もしくは、その依頼を発注するに相応しい権限を持っていること。』

 と言うことだ。


 つまりは、盗賊などを殺したりする場合には警備団や国からの正式な逮捕令状なようなものが必要となる。それ以外では依頼に相応しい権限、例えば領主やギルドの長などの権限が必要となるということだ。


 その権限について詳しくウェシィーに訊いてみたところ、どうやらB+ランク以上でなければならないそうだ。

 冒険者の平均的なランクはF~Ⅾランク。C以上になれるのかなりの素質があるもので、基本的にBランク以上は二つ名が付くほどの実力者しかなれない。

 つまり、私怨や利益目的のために殺人を冒険者ギルドに持ち込ませないためのルールと言うことだそうだ。

 Bランク以上の冒険者などほとんどおらず、又、それ程の実力者が危険視した存在を放置する訳にも流石に行かないためにこのような特殊な規律が出来上がったそうだ。


 以上が伝聞を交えた俺の考察である。

 本来はもっとやんわり遠回りに拒否されている。


 なんせ、俺はC+ランク。ルールに適用されない。依頼を発注できる権限がないという状態なのだ。

 

 ただ、ウェシィーも誰かほど堅物ではない。C+ランクである俺も無視できないほどの実力者ではある。

 また依頼の内容も内容だ。

 A+ランクの冒険者を殺している通り魔をギルドとしても放置しておくわけにはいかない。

 それ故に、ウェシィーは自分では判断ができないと言ったのだ。


 そして、その依頼についてウェシィーとの一段落が付いたころに酔っぱらったクラウドが登場。更にはその馬鹿でかい声を聞いて、二階で仕事(クラウドがサボった書類の処理)をしていたフェアルズが乱入。その場で取りあえずクラウドは説教を受けることとなり、また俺も俺で最近ギルドへの貢献度が足りないとか、依頼に偏りがありすぎるし臨時に組むことになった他の冒険者を危険にさらすような討伐は止めろなどなど。そんなことを前置かれて、途中でクラウドはフェアルズの氷結魔法によって氷漬けになったりしながら、取りあえずは俺の依頼について審議をするために応接間と言う密閉空間を使い、話し合いをすることになったわけだ。


「――だいたい、クラウド。貴方は前任のギルドマスターから託された今代のギルドマスターなのですよ?分かりますか?貴方は前のマスターからギルドの長に相応しいと判断され、その権限と義務と責任を持つことができると認められた立場なのですよ。それなのに貴方ときたら、毎日毎日職務せず酒場に入り浸っているという体たらく。はあ、これでは前任に顔を向けできません。情けない。」

「……すまん。」


 それを聞いている俺にもできれば謝ってほしい。その間何もせずに口を挟まずじっと待機している俺にも謝罪がほしいところだ。


 現在の状況を描写すると、俺が一番出口のドアに近い下座に座っていて、目の前の上座には氷漬けにされ首だけ動かせるクラウドがおり、クラウドから左隣り俺からは右側にフェアルズが腰を下ろしている。

 距離は約三メートル。剣を振るってもギリギリ届かないぐらいの距離。

 ソードラインのようなものだ。

 まあ、この世界では魔法が一般的に流通しているためにあまり意味のない距離ではあるが。


 さて、このままずっと意味のない会話を聞いているのも時間の無駄なわけだし。


 俺は、学生服のポケットに左手を入れて、すぐさまに目的のものをつかんで投擲し―――


「――何をしようとしているのですか?“ヨウ”。」

 

 その前に、フェアルズが冷たい視線と共に声をかけて俺の動作を遮った。

 いや、言葉だけではなく体の周りの空気全体が冷気を帯びていることにも気づく。

 恐らくは得意の氷結魔法でも展開して、何かしら俺が敵対行為の素振りを見せれば発動できるようにしているのだろう。

 だけど、俺は敢えてポケットに左手を入れたまま喋り出すことにした。


「そろそろ、本題に入ってもいいですか?まだ、説教を続けるのならば日を改めて出直すことにしますが。」

 ポケットの中に入れているものはナイフなんかではない。ある意味でナイフよりも危険な代物を俺は手に握っていた。


 そんな俺の様子を見て、フェアルズは少し考え込むような表情をしてから、クラウドを一瞥して、そして深い溜め息を吐いた。


「はあ、分かりました。貴方が今何をしようとしたのかはわかりませんが、早く事を進めろという意思は読み取れました。確かに、この部屋を使っているのも貴方の用件を済ませるためでしたね。申し訳ありません。時間を取らせてしまって。」


 途中から本来の目的を忘れていたろ、コイツ。

 基本、自己中心的な人間なのだろう。自分の意見が凡そ八割方あっていると錯覚しているタイプだ。


「……よく言うぜ、忘れていたくせに。」

 小声でクラウドが呟いたのを俺の耳は捉えることができた。

 意見が珍しく被ったが、この場合は不快感がない。


「……マスター、これが終わった後ゆっくり話し合いましょうか。」

 俺に聞こえていた呟きは当然フェアルズにも聞こえているわけで。

 冷めた顔でクラウドのことをフェアルズは睨みつけていた。


「――それで、依頼は発注できるのですか?」


 埒が開かない為、すぐさま俺は本題に切り込んだ。


「流石に許可が下りないのであれば諦めますが、そちらの――ギルド側としてはどうお考えなのでしょうか?」


 俺はクラウドの方を向いて言った。

 俺はクラウドの方を向いて言った。

 俺はクラウドの方を向いて言った。

 

 大切なことなので三回言ってみた。本当に大切なの事ではある。

 

 だが――

「――私たちの見解としては」

 何で、

「依頼内容、報酬共に適切で不備はありません。」

 お前が、

「ですが、規則としてCランク以上の冒険者の募集を限定できるのはB+以上の冒険者のみとなっていますので、いくら半年でC+ランクまで昇格した貴方だとしてもこの条件の下では不可能です。」

 出しゃばるんだ?


 ミリア・L・フェアルズ、貴様は一体何様のつもりだ。

 俺は確かギルドの意見を聞くために、ギルドマスターのクラウドの方を向いて話したはずだが。どうして、ギルドマスターを差し置いてお前が判断を下しているんだ。


 なんて。こんなことを考えるのは生憎だが俺のキャラではない。

 そこまで、興味のあることでもない。

 ただ、同じ丁寧な言葉遣いでも【ラドン森林】の奥地にいる圧倒的な支配者であるアイツとは全然格が違うということは分かった。

 目の前のこの女は差別をして、森の奥の化物は区別をしている。

 絶大な格の差がそこにはある。


 だから、フェアルズは気が付いていなかった。

 すぐ側で本来俺に返答するはずのギルドマスターの瞳が今日初めて見る真剣で理知的で何よりも冷徹なものとなっていたことに。


「……やはり、しょぼいな。」

「どうか、致しました?」

「いや……、分かった。その依頼は諦め――」

 俺は唇だけを動かして、音は出さずに呟き、フェアルズに聞こえないように小言を吐いた。

 そして、今回は諦めて引き下がり別のアプローチを考えようとしたところで、


「――そのことだが、」


 突然、今まで口を挟まなかったクラウドが俺のセリフを遮るようにして、


「“ヨウ”にB+ランク以上の権限を与えようと俺は考えているんだが。」


 突拍子もないことを言ってきやがった――キメ顔で。

 ……いや、今お前は氷漬けにされているんだが。その状態でキメ顔をしてもむしろ虚しく感じるだけだが。

 例え氷漬けにされていない通常の姿でキメ顔をされても大して格好がつくような奴でもないがな。

 格好いいというよりは逞しい。クールよりはワイルド。決してイケメンにはなれないタイプの人である。

 巨人は一応人になるだろう。

 閑話は休題する。


「……何を仰っているのですか、マスタークラウド。“ヨウ”はC+ランク。もし、B+ランクの昇格をさせるのだとしてもその条件を満たすほどの貢献を挙げていませんし、それにまだ半年ほどしか彼は冒険者として活動をこなしていないのですよ?」

 フェアルズもクラウドの意見には面を食らったようで、少し間をおいてから至極もっともな反論を返した。

「おいおい、別に何年冒険者をやっているかなんて関係ねぇだろう?少なくとも俺のギルドでは実力を満たしていれば俺の許可ですぐさま昇格せるような制度にはしてんだ。年季よりも実力でこちらは判断している。それが冒険者ってもんだろう?それに、何も“ヨウ”を昇格させるつもりはねーよ。云わば、これは特別措置って奴さ。」

 しかし、クラウドは正論をものともせずに軽々と言い返す。

「特別措置ですか?それは、つまりこの“ヨウ”に対して優遇するというわけなのでしょうか。それは、ギルドマスターとしての職権乱用なのでは。」

 特別という言葉が気に食わなかったのか、実のところは彼女に訊いてみないと分からないが、フェアルズはその言い分に少しだけ不愉快になったようで嫌味を混ぜて批判する。

「はあ?俺が“ヨウ”を優遇?そんなわけねぇだろ。俺はあくまでも実力を平等に見極めている。それゆえの例外的特別措置だ。確かに、ギルドへの貢献度がある一定以上にならねぇとランクアップはされない規定にはなっているが、それでも例外はつきものさ。あからさまに強い奴にずっとFランクの権限を与えているだけじゃギルドとしても損になるだろう?それと同じように“ヨウ”に貢献度が云々で権限を与えないでおくとコイツはいつまでたってもCランクからは上がらねぇよ。コイツはそういう奴だ。」

「そんな例外は――」

「――お前だって聞いたことぐらいあるだろう?SSSランク“拳豪”。アイツは冒険者始めて間もないうちに災害級の『黒鱗の狂竜(ブラック・レックス)』を討伐して、当時まだEランクだってのに直ぐ様にSランクに認定されてんだ。前例があるのならば別におかしなことじゃねぇ。少なくともコイツはもう何体もBランク以上の魔物を討伐してんだ。実力は寧ろ折り紙付きだろ?」

 

 これを聞いてフェアルズは押し黙った。前例がある以上優遇とは言えない。

 俺は【ラドン森林】の奥地のことを除いては正確に報告しているため実力は確かに知られてはいるだろう。


「……ですが、いくら前例があるとは言ってもそう軽々しく権限を与えてしまっては昇格条件そもそもが意味をなくしてしまいます。確かに、“拳豪”は例外としても、彼だってただ実力があったからSランクに認定されたわけではなく、街を襲う可能性のある『黒鱗の狂竜(ブラック・レックス)』を討伐したことの貢献を認められ昇格したのです。実力だけで勝手に権限を与えてしまってはその権威をなくしてしまいます。」

 “拳豪”って誰なんだろうか。関わることはないだろうが、一応調べておこう。

「街を襲う可能性ねえ。……それに関しちゃあ俺たちは頭が上がらないことはあるがな。まあいい、その話は別問題だ。忘れろ。」

 クラウドが俺の方を見ながら、ついうっかり口を零しましたみたいな口調でぽろっと呟いたが、顔がどうしようもなくニヤけているので、どうやら何処からか俺の事情を手に入れているようだ。

 本当に厄介な奴だ。流石はギルドマスターと言ったところか。

「何も貢献度を蔑ろにする気はねぇよ。それもそれで実力だ。権限に見合うだけの実力は確かに戦闘や冒険者としての活動だけじゃ測れないもはあるにはある。だから、今回は昇格させるわけじゃない。特別措置。そう言っただろう?昇格じゃなくてあくまでも措置だ。具体的には――“ヨウ”、お前にAランク以上の依頼の受託又は発注の権限のみを特別に与えるってことさ。――おい、ミリア。コイツを解け。邪魔でしょうがねぇ。」

「はあ?貴方は何を言って――」

「解かないなら自力で解くから離れてろ。…………ふんっ!!」

 クラウドが声と共に全身に力を籠めると、クラウドを包んでいた氷はミシリと雪解けのような歯痒い音が流れ出し、そのまま力加えること数秒で遂にはクラウドの力に耐えられなくなった氷塊は至る所に亀裂を生み出し、徐々にその亀裂が広がっていき、最後にクラウドが「フンっ!」と力を強めて払うだけでフェアルズが生み出した氷の枷はいとも簡単に崩れ落ち、その場に砕けや氷塊をまき散らした。

 

「……な!!」


 この結果に最も驚いていたのはクラウドを氷漬けにしたフェアルズ本人で、驚愕を隠せずに思わず声を漏らしていた。

 自分の魔法に自信を持ちすぎだ。そんな感想が俺の頭の中に生まれたがもちろん口にすると無駄な口論を生むので控えておく。

 クラウドレベルならあの位の拘束などいとも簡単に破れることぐらい察せそうなものだが。

 自意識過剰なのか、ただ単純に実力を見誤っていただけなのか。

 まあ、毎日のように酒を飲んでいる奴に自分の十八番をいとも簡単に破られたらショックではあるか。


「ふぃ~。まあ、こんなもんだろう。ちっと冷てぇから酔い覚ましにはなったな。」

 そんな呑気なことを言って、それでも瞳は相変わらず冷たい。シリアスモード。

 因みに床に転がっていた氷塊は全て塵のように消えさっており、恐らくフェアルズが行ったのだろうが、床を濡らす心配は無くなっていた。

 魔法とは便利なものである。

 憧れは全くないけど。

 使えないものは求めない。

「つーわけだ。おい、ミリア。依頼書を渡せ。」

 別にミリアが持っているわけではないのだが、彼女の手元にある俺が発注した依頼書を勝手にひったくると、クラウドは自分の懐から印鑑(巨人種のサイズなためかなり多きい大根のような太さである)を取り出し、そのままの流れで判を押した。

 依頼書にはギルドマスター直々の印が押され、依頼は発行されることになった。

 どうやら、あの印鑑は魔道具らしく魔力を籠めれば簡単に押せるようだ。

 朱肉の類はいらないらしい。

 便利かどうかは些か微妙なとこだが。


「おらよ。コイツを一番目立つ場所にでも張り出しておけ。簡単に冒険者がくいついてくるだろう。」

 クラウドは依頼書をぞんざいにフェアルズへと渡し、俺の方へ向き直った。

「それと、”ヨウ”!お前には少し話がある。表に出ろい。」


 そんなことを言って、クラウドは自身の体のサイズに比べるとあまりにも小さい応接室から堂々と出て行った。

 そんな背中を見つめる俺と、魔法を破られてから俯いているフェアルズが残された。


 流石はギルドマスター。

 とは、言わない。


「……厄介なおっさんだ。」

 ロフ・クラウド。 

 この世界でエリカの次の次ぐらいには危険な奴である。


〈中略〉


 先に出て行ってしまったロフ・クラウドを追いかけるようにして、ミリア・A・フェアルズはそのまま残す形で、俺はほんの三十秒も空けずに、しかし体感時間では決して短くない間を空けてから、応接間から出ることにした。


「あれ?」


 その出た先で、つまりはギルド一階のカウンター付近で疑問を口に出していた。

 俺ではなく、受付嬢のウェシィーが。


「あれれ、“ヨウ”さんもう主任との話し合いが終わったのですか?あの主任のことですからもっと話が長引いてしまうと思われたのですが。マスターも先程外へ出かけてしまいましたし。」


 ウェシィーの言い分はもっともで、本来ならばフェアルズとの話し合いがこんなにも早く終わるはずもなく、疑問に思っても仕方がない。

 それに、酒を飲んで昨日の昼からギルドに顔を出していないクラウドを見つけたのだからフェアルズがもっと長ったらしく説教をして、少なくとも今日一日は拘束をしているはずだろうと、普段のアイツを見ているウェシィーならそう思うはずだろう。

 今日みたいに、例外が起こらなけばの話だが。


「ウェシィーさん。クラウドさんはギルドの外に行かれたのですか?」


 ウェシィーが呟いた疑問には答えることもせず、もちろん彼女だって返答されるとは思ってもいないだろう独り言だと思うが、とにもかくにも俺はクラウドの位置を確認する。


「ええ、『ちょっと用事ができたからギルドを空ける。そんな時間を掛けずに戻って来る。』と言って出て行きましたけど。」

「そうですか。ありがとうございます。」


 礼儀としての感謝の言葉を伝えてから、まるで挑発に乗っかったやられ役のようにギルドの外へと歩いていく。

 果たして、これが本当に挑発なのかどうかは俺には判断できないが、ギルドの扉の外に一人――殺気を迸らせている人間がいることは分かっていた。


 扉の前で、一呼吸。

 右手をナイフホルダーに伸ばす。

 

 さてと、まあ、気楽にいくか。


 そんな調子で、実際【ラドン森林】の奥地などに比べたら全くもって脅威でもない、大よそに日常的な一シーンの様で、緊張などまるでなかった。


 


 ――例え、扉をくぐったとほぼ同時に自分の背丈よりも遥かに大きい戦斧バトルアックスが俺の頭上から振り下ろされていたとしても。


 予想されていた動作ならば、その後の対処など大した苦労もかからず容易だった。

 ナイフホルダーからナイフを取り出し戦斧の軌道を邪魔するように構える。

 しかし、決して逆らったりなどはしない。巨大な斧のその質量に押し飛ばされるように自分の体を引き、そしてほんの少しだけ斧を軌道を自身の外へずらす。


 それだけで、俺への必殺とも呼べるような一撃はいとも簡単に躱された。

 

 ズシン。

 地鳴りを挙げて斧は突き刺さり俺は追撃をさせないために斧の柄を踏みつけた。

 

「ふうん。まあまあ、及第点といったところかー。」

 巨大な戦斧を振りかざしてきた本人――ロフ・クラウドは、全く悪びれることもなくそんなことを呟いた。

「これはいったい何の真似ですか?僕は貴方に敵対するような行為をした覚えがないのですが。」

 もし、俺の与り知らぬ所で何かしらの問題が起こっていたとしてもそれが直接殺されるような一撃に繋がるわけがない。それに本当に敵対するのならば、こんなところじゃあ事を起こさないだろうし。

「うん、説明がめんどくせぇから端的にいうとだな……お前の実力を測ってみた。」

「測ってみたですか。それにしては本気で殺そうとしていたような気もしましたが。」

「ああ、本気だ。止める気は全くねぇ。そうでもしねぇとお前の強さもよく分かんなかっただろうしな。」

 クラウドは俺の嫌味に対して動じずに、胸ポケットから何かを取り出して俺に投げつけた。

 クラウドからすると小指程度の大きさのそれは、俺からすれば手のひらよりも少し小さい十五センチ定規よりもわずかに短いシルバーの紋章のようなものだった。

「これは?」

「ソイツが許可証だ。今度から依頼を受けるときや発注するときにソイツを出せばAランクまでは受けることができる。このギルドだけでなく、王都やほかの街に行っても使える紋章だ。」

 細長い棒には剣と金貨のマークが彫られている。

 実の冒険者らしい紋章だなと思った。

「元SSランクの俺の一撃を訳もなく防げるんじゃあ文句なしの実力だ。態々渋る必要もねぇ。ソイツをくれてやるから精々頑張ることだ。なあ、“暗殺ギルドのマスター”。」

 おっと、バレテーラ。

「何やらまった厄介ごとを抱え込んでるみたいだが、まあ金さえ払えば別にギルドとしちゃあ特に依頼を下げるつもりはねぇよ。なんせあのウェシィーが不備はないと言ったからな。そこに関しちゃあとやかく言わん。もし、依頼を受けた冒険者が死んだとしてもそれは自業自得だ。ただ、お前が殺すために雇ったなら俺はそれがギルドへの敵対行為とみなし即刻お前の所のギルドを潰しに行くがな。」

「肝に銘じておきます。」

 ま、囮には使うんだけどな。

 冒険者ギルドやり合うつもりはないが。

「滅多なことは起こさないだろうがな。“ヨウ”――お前は実力者なんかとはやり合うことは避けているみたいだしそんなことはしねぇだろう。」

 何ともいえない変な信頼のされ方だな。

「ああ、それともう一つ忠告しておかなきゃならねぇことがあった。お前が暗殺ギルドとして誰を殺してようが俺には関係のないことだが、それでもSランク以上の奴の手を出すのだけはやめておけ。俺も含めてだ。」

「はあ、もちろんそんな危険に手を出すような真似はしませんが。」

 俺だって仕事は選ぶ。エリカは例外だが。

「そうかい。ま、お前がどう受け取ろうと勝手だが俺は忠告はしておく。Sランク以上は例えお前であったとしてもただじゃあ済まない。殺されるか逃げ切ったとしても腕の一本や二本は持っていかれる。なまじ強いお前は敵対することもあるだろうがそういう時は迷わず逃げろ。下手に戦うと死ぬぞ。」 


 そんなことを言って、クラウドは斧を持ち上げて去って行った。

 ギルドには入らず、また酒場通りとは逆の方へとその巨体を眩ませた。

依頼内容が【ドルガーノ】となっていたところを【ナナ・ルーヴァ】に訂正。

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