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No.12ルーキー

 冒険者にとっての仕事はあまり気を張るようなものではない。

 もっと具体的にいうと、冒険者は別に仕事を失敗してもよいのだ。あくまでも命がある限りではだが。

 冒険者には様々な依頼が寄せられる。それは例えば、まだ人が立ち入れていない地域への調査だったり、魔物の討伐だったり、薬草や鉱石の採取だったり、商人の護衛に着くこともあるし、場合によっては大工の手伝いや運搬業のようなことしたりするときもある。

 しかし、これらの仕事は全て失敗してもよい仕事ばかりである。

 もちろん、失敗にはそれ相応のペナルティが課せられるが、冒険者をクビになることはない。

 彼ら冒険者は失敗しても命がある限りまたやり直せばいい、というスタンスで仕事を行っている。

 だから、そこには騎士のような義務感や傭兵のような規律や暗殺者のようなリスクはない。

 やり直しがいくらでも効く職業が冒険者なのだ。

 まあ、死んでしまったらやり直しも何もないが。

 死なないように金を稼ぐ。それが冒険者を表す最も妥当な言葉だろう。



 夜が明けてから、俺は一人で【ナナ・ルーヴァ】の街のほぼ中央に位置する冒険者ギルド“秘境を求めし者たち(オデュセウス)”へ足を運んでいた。

 

 

「――という内容で依頼を発注したいのだが構わないだろうか?」

 冒険者ギルドは冒険者とはいっているものの法律に触れない限り大抵のことは依頼できる、言わば何でも屋みたいな一面がある。

 冒険者の本業は未踏地域の探索や、生物――主に魔物の生息地域の調査、それに『アルス・ミリア』の先人たちが残した古代遺跡の発掘トレジャーハントである。しかし、流石にそれだけで生計が成り立つほど現実は甘くないため、魔物討伐を始めとし、護衛、物資運搬、盗賊や犯罪者退治、場合によっては鉱石や薬草の採取だったり、大工の手伝いなどの依頼を受けている。多くの仕事は雑用みたいな依頼ばかりで、当然その日暮らしをする程度報酬金額しか稼げない。それでも冒険者ギルドには多くの人たちが登録されているのは、冒険者のギルドは何処よりも取りやすいい身分証明であり、何といっても高ランクに与えられる強い権限が魅力だからだ。前にも述べたかもしれないがAランク以上の冒険者はその肩書だけで仕事に困らず一生を食っていけるほど権限を与えられる。だから、多くの若者たちが高ランク冒険者を志して集まり、結果冒険者ギルドがやっていけるほどの金と依頼が来るのだった。


「さ、流石に私だけの判断ではその依頼を発注できません。ギルドマスターか主任に伺ってみないとなんとも……。」

 実に申し訳なさそうにそれでいて顔を引きつらせながら、ギルドの受付嬢は俺に告げた。

「いくらなんでも噂にしかなっていない殺人鬼の拘束又は討伐依頼はしがない一般受付嬢の私には許可できません。」

 そう、言われてしまうとこちらとしても仕方がない。

 ダメもとでの依頼だったためにそこまで落胆することでもないが、残念ながら今回の事件については冒険者ギルドを頼ることは難しそうだ。


「そうですか。分かりました。……一応ギルドマスターに訊いてみたいのですが、クラウドさんはどちらに?」

 基本的には初対面や年上、身分や上司、その他一般の人には敬語を使って接している。

 余計な面倒事は避けたいし、これはこれで生き抜くための術である。

「マスターは只今出払っておりまして……。そういえば、主任なら先ほど二階の方に上がって行かれましたので。主任に伺ってきましょうか?」

「いえ、二階にいるのならば直接僕が行ってきます。まあ、恐らくは却下されるでしょうがフェアルズさんならば何かしら力を貸してくれるかもしれませんので。」

 絶対に協力をしてくれないだろうが、わざわざ受付嬢に無駄の労力とあのどうしようもなく堅物のギルドマスター補佐兼“秘境を求めし者たち”の経営主任であるミーア・L・フェアルズの叱責を掛けさせたくもなかったので、自ら向かうことにした。

「…………しかしながら、本当に“ヨウ”さんは殺人鬼の姿を確認したのですか?巷を騒がせている、A+ランクの冒険者をも葬ったと言われている連続殺人鬼の姿を。」

実際には確認しただけでなく戦闘して倒してしまっているのだがそのことは敢えて言わずに、

「はい。夜遅くにしかも遠目からだったので正確な姿を捉えたわけではないですが。」

 取り繕って答えておく。


 そう、俺が最近顔を出していない冒険者ギルドに来た理由は巷を騒がせている殺人鬼をどうにかする為だった。どうやら厄介なことが絡んでいるためこの事件は俺一人では切り抜けられそうにもないため、冒険者という名の何でも屋の力を借りておこうと考えた。囮に使うため。

 昨夜――正しくは今朝のことだが、俺は殺人鬼と遭遇し、戦闘を行い、倒したのだが、その後色々とあって一つの推論に行き当たった。

 恐らくはこの街を騒がせている殺人鬼は一人ではなく、また殺人鬼ではなく殺人集団だということだ。

 A+ランクの冒険者が殺されているのだが、俺が倒した殺人鬼はあまりにも弱かった。

 少なくとも一人でA+ランクを殺せるような腕ではなかったし、殺人鬼というよりは殺し屋か何かしらの犯罪集団にちかい印象を受けた。

 故に、殺人鬼を操っている裏側をおびき寄せるために冒険者たちを囮として夜の街へと警邏という目的でうろちょろさせたかったが、凄腕でかなりの権限が与えられているはずの獣人族(ビースト)犬種のウェシィーさんでも許可が下りないので多分直談判しても一蹴されるだろう。ギルドマスターならまだしもあの堅物主任には一言で跳ね返されるだろうな。


 そんなことを考えて、取りあえずは木造のギルド本館の二階に向かおうと思った時だった。


「――おーう、今帰ったぜい。うん?あの根暗な雰囲気の背中は“ヨウ”じゃねーか。久々に見るなー。どうしたー?また、【ラドン森林】近くの以来でも受けに来たのかー?」

 野太い声がまだ早朝のためにガラガラであるギルドの室内(一階二階の全ての階)に響き渡った。

 その音量に思わず顰めつらを浮かべてしまう。因みに、受付嬢は自慢している犬耳を両手で塞いで必死に耐えていた。……まるで音響爆撃だ。

 生憎と俺は煩く騒がしい音には慣れてしまっているので耳を塞ぐほどではないが、それでもこうして室内で大声を出されると酷く不快である。

 爆撃の声が鳴り響いてきた方――つまりは、ギルドの入り口を見るとその入口の扉ギリギリの巨体している大男が千鳥足でこちらを向いていた。

「クラウドさん……。」

 フルネームはロフ・クラウド。亜人族(デミ・ヒューマン)巨人種タイタン。冒険者ギルド、ギルドマスターにして元SSランク冒険者。その外見はやはり巨人種の名に劣らない巨体。俺の背丈の三倍以上はある巨体は四メートルを軽く超えていて、大きめに作られているギルドの扉も頭がすれすれになっている。しかし、流石に元SSランクなだけあってか体の横幅、つまりウエストは引き締まっているため妙に恰好がついている。顔は立派な髭をはやし、髪の毛は綺麗さっぱり剃っていて、プロレスラーにでもいそうな厳つさがある。

「……マ、マスター。また、朝からお酒を飲んできたのですか?そんな自堕落さじゃ他の冒険者に示しがつきませんよぉ。」

 まだ耳を抑えている受付嬢だったが、どうにかして耳鳴りの原因であるギルドマスターを咎めているが、その消えてしまいそうな声量では大して効果をなさないだろう。

「かっはっは!!朝から飲んでいたわけじゃねー。昨日の昼から飲んで今帰ってきたばかりなのさ。」

 う、うるせぇ。本当に煩い。音量を下げろ酔っ払い。

 クラウドはまだ距離があるにもかかわらず酒の匂いが漂ってきそうなほど酔っていた。

 しかしながら、巨人種はもともと酒に強くその巨体から人間族の何倍ものアルコールを摂取しても酔わないようで、基本的にこうして酔っていても普段と変わりない判断や指示が下せる。

 聞いてみれば、巨人種には泥酔という言葉がないようで。


「マスター。主任を呼んできますよ。」


 上機嫌な酔っ払いであるギルドマスターへとその酔いを醒ますような一言を投下したのは、ほとんど一人で受付嬢をしていて他のギルド役員を見たことが無いほどギルド貢献している受付嬢ウェシィーさんだった。


「げ…………。すまんかった、ちょっと酔い覚ましに水飲んでくるからアイツを呼ぶのはやめてくれ。」

 それを聞いたクラウドは分かり易いくらいに顔を青ざめて、声のトーンを半分以下にまで落とし、まるで家庭内で実権を握っている妻を恐れる中年のサラリーマンのように項垂れて、そそくさと入ってきた扉へ逆戻りをしようとした。

 恐らくそのまま逃げだすつもりでいるクラウドだが、俺にも用件があるため逃がすわけにはいかない。

「ちょっと待ってください、クラウドさん。僕はあなたに頼みたいことが――」

「何処に行くつもりですか。マスター?」

 俺の言葉を遮るようにして、鋭く冷ややかな声が聞こえた。

 その声を聴いてピタリと停止するクラウド。

 俺と受付嬢も思わず停止してしまう。

 

『会いたくない奴が来てしまった』


 俺とクラウド、そしておそらく受付嬢もそう思ったに違いない。


 ギシギシと年季の入った階段が軋む音と共にカツン、カツンと革靴を鳴らしながら一人の女性が二階から降りてきた。俺はその女性へと視線を向けた。

「あら、誰がウェシィーと話しているかと思えば貴方でしたか。最近めっきり顔を出していないので声を忘れていました。期待の新人――“ヨウ”さん。」

 

 ギルドマスター補佐。元A+ランク冒険者。人間族、ミリア・L・フェアルズは俺に向けてそういった。


 俺は酷く帰りたい気分であったが帰るに帰れないため、心の中深く溜め息を吐いた。

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