No.11『ごく普通に、ごくごく普通に始まった』
どうも鬼無里です。
投稿遅くなり申し訳ありません。
書き溜めしていたわけでもないので、次話も多分遅くなるかと思います。
今回から新しい章に入り、登場人物もたくさん出す予定です。
出来れば、今年中にはこの章を書き終わしたいのですが……頑張ります。
また、前章の最後でこの物語に登場する女性キャラクターを応募してくださった皆様。
本当にありがとうございました。
後々、この章に登場させます。
仕事というものは人それぞれによってその価値を変えてくる。職業によってその感じ方が違うことは確かにあるが、それだけでなくその人個人がもつ才能や性格――所謂アイデンティティーなどによってやはり大きく変化する。
俺こと小布施陽にとっての仕事についての価値はそこまで大したものではない。その日その日の安定しない稼ぎの職業である暗殺者や冒険者などをやっているが、それでも命を懸けたことはない。確かに危ない橋を渡ってはいるが、あくまでも俺の最終目標は生き抜くことであり、その仕事が成功しようが失敗しようがどちらでもいいというのが本音である。
それ故に人殺しを職業にしていることには特に理由がない。
生きるために殺す。ただそれだけで、それ以外に何かしらの考えや感情は思い浮かべたことはない。
いつも平常に無感情で仕事をこなしているのが俺だった。
時系列を表すならば、俺が暗殺ギルドのギルドマスターになってからちょうど二週間が過ぎたころで、シテンとともに【ラドン森林】の奥地にいるエリカと死闘を繰り広げおまけと言わんばかりに連続で盗賊たちと戦った時から二ヶ月が経ち、そして俺がこの異世界に来てからあと一日で一年が経とうとしていた頃。そんなときの話である。
俺は仕事帰りに、まだ朝日が昇るには幾分か時間がある【ナナ・ルーヴァ】の街中を一人で歩いていた。当然、朝日が昇っていないため、電気が普及していないこの世界ではまだ暗い時間帯であり、偶に見える篝火とやけに明るい月の光を頼りにして、静寂が包み込む夜道を進む。
【ナナ・ルーヴァ】の辺りの気候は俺が住んでいた世界のように明確な四季がなく、一年中温かく穏やかな地域である。一年の内に二回ほど雨季と呼ばれる時期があり、その時ばかりは【涙大川】の氾濫による洪水にさらされる危険があるが、それを除けば比較的住みやすい場所であった。
夜でも暖かいためこうして夜道を歩くことも大して苦にはならない。
元いた世界のように夜と昼とで急激に気温が変化したりはしない。
この街を拠点にしている理由の一つはそのことがあったりする。
仕事というのは、いつもの暗殺ギルドの依頼ではなく、また別の些細などうでもいい仕事であったが、思いの外時間がかかってしまい、少し前にその仕事を終えたばかりで、ようやくこうして帰路に就くことができたというわけだった。
俺はいつの学生服を着ており、冒険者や暗殺者として働いていたわけではなかったのでメインウェポンやいつも腰に付けている大ぶりのナイフは流石に家に置いてきているが、それでも携帯用の警棒やナイフを幾つか持ってきている。もちろん使う機会などなかったわけだが。
ふと、街の風景を見渡してみる。昼間は賑わいを見せている景色は消え去り、今はただ暗闇と静寂だけが佇んでいた。
それでも、所々ぼんやりと光るランプの灯は、所謂風俗店などが営業している証でありこの街の裏の顔を少しばかり覗かせている。
【ナナ・ルーヴァ】は自由な街だ。
一応、国には属しているもののその首都からはほど遠く、またあまりに辺鄙な場所に位置しているために独特の文化や生活が生まれている街である。そのため、他の街よりも多くの種族が混在しており、各々が最低限のルールだけを守って暮らしている自由な街だった。
だから、光り輝く部分も多いし、その反面影も色濃く出ている部分もあるわけで。
俺のように暗殺稼業を営んでいる者も少なからずこの街には存在している。
マフィアや犯罪組織なんかも裏町である北側区域にはたくさん存在している。
因みに、俺が所属している暗殺ギルドはなぜか南側区域である。大した理由はない。
冒険者ギルドはほぼ街の中心にある。
西と東はそれぞれ商業が多く、南側は主に民家が多い。
俺が住んでいる場所も南側なためその方向に向かって足を進めていた。
こんな風に何もない夜道もいいものだと思いながら、大して速めることなく歩んでいるときのことだ。
「……この匂いは、血かな。」
よくよく嗅ぎ慣れた匂いが突然風に乗って流れてきた。
気になって少し周りを警戒してみるとやけに激しい気配がそこまで遠くない場所にあるのを感じた。
「野犬同士の争いか、それともただの殺人か。」
そのどちらであったとしても大して珍しいことではない。
そこまで治安がいいわけではないこの街ではよくあることだ。
とりあえず、厄介ごとに巻き込まれるのはここ最近の出来事のせいでうんざりしていたので、その殺気から遠ざかるように、少し遠回りにはなってしまうが細い路地に入って迂回することにした。
「この街の警備隊は本当に使えないよな。」
昔、商人の屋敷へ依頼のため忍び込んだ時があるが、そのときには警備隊が待ち伏せしていて罠に嵌めようとしていたのだが、そのあまりにもお粗末な警備と錬度の低さからいとも簡単に突破できたのはまだ記憶に新しい。
「まあ、その時俺が一人残らず殺しつくしたから、今こうして警備隊の連中が人手不足で警邏にも行けない状況を作ったのだが。」
警備隊は常に人手不足に陥っているという惨状の背景には俺や暗殺ギルドのメンバーたちが原因になっているのは確かなことだ。
それはそれとして。
そう言った適当なことを考えながら細い路地を抜けていくと眼前から何か近づいてくるのが分かった。
一瞬その巨体から化物の類か、あるいは魔物かと思ったが、差し込んでくる月明かりの下にその影が移動したときそれは人であるということは確認できた。
それはよくよく見覚えのある人物だった。
特に二ヶ月前からは頻繁に出会うようになった片耳の彼女のことである。
「奇遇だな、シテン。こんな夜道にバッタリと会うなんて。」
「お会いできて光栄です“ヨウ”様。」
そんなあまりにも大層なことを言って、シテンは深めに頭を下げた。
昔はそうでもなかったが、ちょうど二ヶ月前の出来事からシテンと俺はちょくちょく顔を合わせるようになっており、共同で依頼に臨むことを増えていた。
特に、俺がギルドマスターになることでのあれこれについてはほとんどシテンが中心的に活動して一緒になることが多く、もっと時間がかかると予想していたのだがシテンが|(強引に)ことを進めていったため、元々マスター不在ではあったが、およそ一カ月程度で俺がギルドマスターになれるようにしたのだ。
実際には、そこまで早くなるつもりではなかったのだが……。
ありがた迷惑とはこういった局面で使う言葉なのだろう。
全くもって無駄に優秀な熊種である。
さておき、確かに頻繁に会っているシテンではあるがここ一週間程会っていない。別に何か重大なことがあって会っていないわけでなく、お互いの仕事上の都合で別行動をとっていただけで、そもそも二人一緒にいないことの方が当たり前ではある。
だからどうしたかというと、シテンが今日この街にいることに少しだけ疑問を覚えたからである。
シテンが受けた仕事については事前に本人から聞いている。
詳しいことは省くが、この国の王都の方での仕事らしい。
仕事内容や王都までの移動時間を考えて帰ってくるのは明日・明後日ぐらいだと思っていたが。
「【ナナ・ルーヴァ】にいるってことは、もう王都の方での仕事は終わったのか?」
「……はい、問題なく終了しました。」
「もしかして、今帰ってきたばかりか?」
「いえ、そういうわけではありません。」
「うん?すると、帰ってきたのはもっと前か。随分と早かったな。」
シテンはいつものように無表情で淡々と答えている。
しかし、その無表情の中にも少しばかり嬉しそうな感じが現れているような。
例えるなら、久しぶりに再会した親友のような雰囲気を出している。
「早く“ヨウ”様にお会いしたかったので。」
「…………。」
う~ん。シテンってこんな奴だっけ?
昔はもっと近寄りがたい雰囲気があった気がするのだが。
なんせ身長が2mを超えているため威圧感が物凄い。
俺は大体180㎝ぐらいなので目線がかけ離れているため、会話をしていると常に見下されるような感覚に陥ってしまうのだが。
「まあ、違和感程度の小さな変化なんだけど」
それでも、最近は特に俺と話しているときは、威圧感や無表情からくる堅い雰囲気が和らいできているような気がする。
俺の奴隷になったからか。
……責任という二文字が重く俺の両肩にのしかかった気がした。
「――巷の噂なのですが、」
大して別れる必要性もなく、それにお互いに仕事が落着しているため急ぐ必要性もなかったため、そのままシテンと俺は二人で会話を続けながら――主に近状報告と情報交換をしつつ――闇に消えていきそうなほどに狭くそれでいて長めの路地を歩いてる。
シテンは、幾つか話題を出した後。少し間を置いてから切り出した。
「どうやらこの一週間の間で通り魔の被害が続出しているようです。」
さして重々しくもなく、淡々とシテンは告げる。
「単独の殺人犯の仕業か、それとも組織だった暗殺の結果なのかは知りませんが、明らかに惨殺されている死体が増えていると警備隊関連の者が話していました。」
シテンだからこうして大して騒ぎもせず、感情を入れずに話しているわけではないだろう。
元いた世界では人一人殺されただけでも重大な事件となるのに、この世界では人が殺されていることはそこまで珍しくないため、十人ぐらいが殺されてやっと人々が恐怖し始める。もちろん、人によっては一人死んだだけでも大事になる場合があるが、そこらの一般市民やスラムや貧困街に住むものが死んだところで日常風景で他人事として流されてしまう。
巷で噂になるほどなので、今回は多分五~六人ほど殺されている後なんだろうけども。
異世界に来たことを実感するのは、魔法や文化の違いなんかよりも、こうした常識や倫理などの価値観のずれの方がよりショックが大きい。
「……多分、通り魔と組織がらみの暗殺、そのどちらもだろうな。」
月の光の届かない影の覆う裏道を足元に気を付けながら、シテンの方を向くことなく俺は答えた。
「恐らく、始まりは通り魔の方からで――大方殺人鬼や殺戮中毒者の類が殺しまわっているのに便乗して通り魔に見せかけて殺しているんだろう。でなければ、噂にも立たないはずだ。無差別殺人犯が楽に生きていけるほどこの街は優しくない。」
伊達に暗殺ギルドや盗賊ギルドやマフィア組織があるわけじゃない。そんな無差別な殺人鬼などそいつらの領域に手を出したら即首が飛ぶはずだしな。
【ナナ・ルーヴァ】は自由という光が強い分、その裏側の闇の濃さは計り知れないものがある。
俺だって、相手取って無事でいられる保証はない。
だから、巨大な裏組織とて期待するような依頼を受けた時は出来るだけ穏便に済ませているものだ。
「――実は、あくまでも噂の域を出ないので判断に困っていたのですが、つい先日Aランク冒険者が二名同時刻に殺されたらしく、先ほど出向いた酒場ではその話題で持ち切りでした。」
シテンは敢えて離さなかった内容を話した。
Aランクを殺した……ね。
眉唾の話かそれとも事実か。
しかし、Aランクまでならば奇襲を仕掛けて罠に嵌めれば簡単に殺せる気がするのは俺だけだろう。
「それこそ裏の組織が殺したんだと思うが。」
Aランクまでいくとたとえ冒険者であってもその権力は馬鹿にできないほど大きいものである。
そんな奴らが鬱陶しく思えない奴は裏の世界じゃあいないだろう。
何よりも裏の世界じゃあ暴力=権力の式が成り立つ以異常地帯であるから、有名な冒険者や名だたる傭兵や場合によっては国の指名手配犯などをいかに多く取り込むことが大切になってくる。
逆に、取り込めない実力者は危険因子であり、他の組織に渡る前に処分やらのことをしなければならないときもある。
とは言っても、そうそう簡単にAランク以上の冒険者を取り込むことや処分することなんてできないが。
【ラドン森林】ではないが、弱肉強食なこの街ではそう言った勢力抗争が裏でも表でも熾烈なため、結構な頻度で俺が所属する暗殺ギルドも巻き込まれていたりする。
まあ、その話はおいおい語ることにしておこう。
「実のところ、殺人鬼の目撃証言は多々上がっているようでして、殺人鬼自体はこの街にいるようです。ただ、どこかの組織と繋がっているかどうかまでは分かりませんでした。申し訳ありません。」
「いや、別に謝ることではないよ。シテン、ありがとうな。」
頭を下げようとしたシテンを手で制して、こちらから感謝を述べておく。
でないとこのシテン場合は変な方向に話を持っていくからな。
「そ、そんな!“ヨウ”様の奴隷である私に感謝の言葉など……。私は“ヨウ”様の役に立てなかったのですからどうか罵倒して、踏みつけて、お仕置きの方を――」
「黙れ、変態。」
「…………(ありがとうございます)」
――ほらな。ドⅯであるシテンはいつもこんな感じである。
言葉にこそ出していないが、心なしか心の言葉が俺には聞こえてきた気がしたが無視をする。
シテンは平常運転であった。
――そんな、シテンとの情報交換をしていた矢先の事であった。
細い路地を右に曲がり、街を流れる小川沿いの道に出た正にその時、
――急に背筋が凍り付いた。
ゾクリ、と背中に絶対零度の温度まで冷やされた鉄の塊を押し付けられたかのような錯覚がはしる。
酷く冷たく、それでいて痛みを持った明確な殺気。
濃く、鋭く、さながら鈍器のように破壊力のある凄まじい殺気が向けられた。
目の前に現れたのは、薄汚れたフードのついているコートで身を包み、幽鬼のようにふらりと近寄る人影であった。
その両手には真紅の血が滴る二振りの剣をそれぞれ両手にぶら提げており、フードの奥からはこちらしっかりと睨みつけている両眼が近くにあった篝火に照らされて赤く光って見えた。猛禽類よりも獰猛な瞳がこちらを射抜いており、少しでも隙を見せようものなら瞬く間に心臓を貫かれてしまいそうな迫力をだしている。
さながらその姿は魔物でも上位に存在する鬼族の様で、少なくとも一端の冒険者に返り討ちにされるほど弱くはないだろう。
殺人鬼。
人でも、人を殺し続ければ鬼になるのはどうやら本当らしい。
一人殺せば殺人犯、十人殺せば殺人鬼。
「それじゃあ、いったい俺はなんなんだろうな……。」
誰にも聞こえないくらい小さな声で自嘲する。
全く。
親近感すら得られないほどに俺は終わっているようだ。
「…………。」
そしてこちらにも、紫色のダガーを構えた鬼のような熊が一匹。
既に、雰囲気が仕事をしているときの静かな嵐のようなそれに変わっている。
完全にモードが入っているシテンを見るのはいつもの事だが、いつもより威圧が増している多分俺がいるからだろう。
さて、このまま任せてもいいが……。
俺は気取られないように、決して隙を見せずに、少しだけ周りの気配を探ってみた。
「やはり、か。数も質もあまりよくないが、ちらほらといるな。」
周囲を包む敵意はそこまで強いものじゃないが、それでも目障りな程度には確かに存在した。
恐らくはどこかのマフィアか裏ギルドの派閥争い関連だろうな。
俺が所属するギルドは大して勢力が大きいわけではないが、それでも仕事の性質上こうした奴等には目を付けられているし、四六時中監視されているだろう。
恨みや復讐といった個人的な要因もあるかもしれないけど。
まあ、そこまでの問題じゃあないが。
「シテン、ここは俺が引き受ける。だからお前は周囲を制圧しろ。可能な限り派手に殺して構わない、そのほうが相手方にとっては衝撃が大きいだろう。」
そういえば、ギルドマスターになってからはよくよく命令口調を使っている気がするな。
慣れてきたのかもしれない。
シテンにしか聞こえない程度の音量で話、俺はシテンの前に出て殺人鬼ことを見下ろした。
「かしこまりました。」
シテンはそう言って踵を返し、俺とは反対方向に駆け出し、全く音を立てずに夜の街の闇に溶け込んでいった。
「さっさと終わらそうか。」
俺は武器も構えずに、そのままの形で目の前にいる殺人鬼へと歩いていく。
その距離は大よそ二十メートルくらいあり、お互いに歩み寄っているため見る見るうちに短くなる。
殺人鬼が握る、血の滴る両手の剣は両手持ちのロングソードのような長めの物ではなく、シテンの持っているダガーより少し長いぐらいの、レイピアみたいな刺突剣よりは短めな剣であった。
刀ではないので二刀流ではなく、双剣遣いと呼称するのが正しいそれらの剱は左と右で遠目から分かるほどに形が違っていた。
左手の剱は鉱石をそのまま切り取ってきたような無骨な形をしており、左右非対称な荒々しい印象を与える。それでいて肉を割く刃の部分はしっかりと研磨されており、触れただけでもずたずたに切り裂かれてしまいそうだ。
右手の剱は対照的に整えられた儀式用の剣にちかい厳格とした造りで、左右対称の潔白なイメージが強い。多少左手の剱より長く造られていて、薄く鋭い刃は例え岩石であっても易々と切り捨ててしまいそうだ。
そして、恐らくはあの剱は二つとも魔法具だろう。
不快な魔力が魔力が少ない俺でもわかるほどに流れ出している。
ようやく、相手の方が足を止め警戒するようにこちらの出方を窺っている。
恐らくタイミングを計っているのだろうが、まだ十メートルほど距離は空いている。
確かに、一歩二歩踏み込めばリーチの短いその双剣でも届くだろうが。
だから、俺は歩みを止めずにゆっくりではあるがもっと近寄ってやった。
眩い灯に蛾が惹かれていくように。
そして、その一歩を踏み込むと同時に殺人鬼が動くのと俺がそのまま思いきり地面を蹴って間合いを近づけるのは、ほぼ同着であった。
殺人鬼は左手に持った荒々しい剣で俺に突きを放った。
決して遅いわけではないが、そこまでも速くない。
そんなことを考えた瞬間、突如その荒々しい剣の刀身がぶれて、突きを加速するように急激に伸び|(物理的に)、俺の腹部へと襲い掛かった。
「――っ!!」
恐らく自由自在に形を調節できる魔法具のようで、先ほど見た長さの二倍ほどまで伸びて、剣の軌道が途中からロケットの如く過剰に加速し、タイミングをずらして迫る。
俺は踏み込んだ足をそのまま軸にして右に半回転して自分の身を捩じり、半身の体勢をとり、回避を試みる。
ジッ、という音と共に俺の制服を掠るようにして剣先が通り過ぎる。
そして、俺は身を捩じることを利用して殺人鬼の鳩尾へと左手の突きを捩じり込むように狙う、が、殺人鬼は殺人鬼で右手に持っている左右対称な剣で俺の首を狙うように薙いでくる。
俺はすぐさま自分の左手の軌道を半ば強引に変えて、殺人鬼の剣が薙ぎ払われるよりも速く、その持ち手を跳ね上げるようにして、思い切り相手の右手を叩いた。
当然、剣を持つ手が跳ね上がれば剣の軌道も上方へと跳ね上がり、俺の首を狙った一撃は空振りへと変わる。
左手は剣を突いた状態で止まっており、右手は上へと跳ね上げられたため、殺人鬼の胴体はいわばむき出しの状態で俺の目の前に晒された。
無防備な状態の殺人鬼はどうにか追撃を避けるため俺から見て右に体を傾けてその場から逃れようとするが、俺はそれを阻止するため咄嗟に殺人鬼の体重が乗っているだろう左足を自分の右足を踏み込んで押さえつける。
ほんの一瞬だけしか止まらないだろうが、十分である。
俺は殺人鬼に人体の急所の一つである鳩尾と、強い衝撃を与えると止まることがある心臓に向けて、それぞれ左手と右手で思い切りよく貫手を放った。
「がはっ!!」
空気を吐き出す音を出しながらやや俺から見て右側に吹き飛び、近くの壁にぶつかった。
「双剣遣い――というか、二刀流は戦い易い。慣れているからな。」
そう呟いて、完全に殺人鬼が沈黙していることを確認し、近寄ってそのフードの奥の素顔を調べる。
「――ふうん。これは、また厄介なことになったな。」
俺は、手持ちの道具でどうにか殺人鬼を拘束してから、その両手の剣を奪い取る。
どちらも、見た目よりは軽いがどうも重心がぶれているようでどことなく不安定だったが、少なくとも今手持ちにある携帯警棒や小型のナイフよりは役に立ちそうだ。
その二振りの剱には銘が刻まれていた。
「終焉の一滴と原初の一言ね。何ともまあ、恥ずかしい銘だな。」
痛々しい名前である。
俺は剱たちを両手で弄びながら、ゆっくりと周囲を見渡した。
そこには、一般的な戦闘職についていれば誰にでもわかるような、お粗末な隠密を使っている気配が四つから五つほど感じ取れた。
多分今回俺と殺人鬼をマッチングさせたのはこの杜撰な監視者の大本であるマフィア組織か何かだろうな。
果たして、何のために俺に襲わせたのか。
それに、一体殺人鬼を使って何がしたいのか。
不意に、俺は街の中央の方を向いてみる。
確証はないが、何かしらの厄介ごとがまだ一つ隠れているような気がする。
しかし、残念ながら思い当たる節は一つもなかった。
それに、時間もない。
『――ギャアアアアアア!!』
ほら始まった。
静かな夜に、まるで熊にでも出会った時のような絶叫が木霊する。
さっさと片付けなければ、逃げられてしまうだろうな。
後々、シテンと合流したときにでも考えることにしよう。
「――とにかく、この場は問題ごとを揉み消すことに専念するとしよう。」
俺は両手の剣をしっかりと握り直し、一番近くにいるだろう監視者の気配へ向けて走り出す。
全く、どうして暗殺者なんかに喧嘩を売るのだろうか。
偵察程度なら殺されないと思っているのだろうか。
すぐにに逃げれば追いつかれないとでも思っているのだろうか。
それとも、大きな組織ならば敵対しないとでも思っているのだろうか。
思い違いも甚だしい。
厄介ごとは、生きる上での障害は排除するに決まっているのに。
そのまま、近くにある建物の屋根へと上る。
「……これより、虐殺を開始します。」
また、断末魔の声が闇夜に響き渡る。
俺はその声をBGMに静かに屋根の上を走り出した。
お粗末さまでした。
《おまけ》
一般的な兵士を50としたとき、上限が100でこの物語の登場人物の戦闘力を計ってみた。
小布施陽
体力 70
魔力 30
精神力 Max
知力 75
技術力 80
攻撃力 70
防御力 60
速度 75(超能力使用時では88)
回避 95
幸運 -30
経験値 測定不能
と、大よそこんな感じです。
物語を読む際に考慮してもらえれば幸いです。