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No.Φ side――シテン

 B+ランク冒険者――『片耳の剛獣』であり、プロの暗殺者――『闇夜の猛獣』でもある、ビースト〈獣人族〉グリズリー〈熊種〉の女性。

 つまりはシテンと呼ばれる彼女のことを綴ろう。



 シテンの生い立ちは恵まれているものとは言えない。はっきり言ってしまえば不幸である。

 奴隷。

 彼女の始まりは――残念ながら、それが原点である。

 

 今現在では“ヨウ”の奴隷としてその優秀さを発揮し日々活躍やら暗躍をしている彼女ではあるが、何も最初から“ヨウ”へ魅力を感じていたわけではない。むしろ、“ヨウ”の暗殺ギルド内での立ち振る舞いを見て敵対こそしなかったものの、少なからず嫌悪してやら忌み嫌っていた。


 そもそも、彼女は奴隷時代に様々な経験を経てきたため人に対しての印象が他人と全く違う。

 彼女にとっての人とは、簡単に掌を返し、呼吸をするように嘘を吐き、常に自分の事を偽り、騙すことで人と手を組み、そしてあっさりと裏切っていくものだと思っていた。

 まず、初対面の人のことは信じない。興味関心を寄せることはない。

 言葉を信じるという行為を彼女は実際に“ヨウ”以外にしたことはなく、依頼主でさえ疑い、仕事仲間であっても裏切られることを前提に手を組み、必要以上に言葉を交わすこともしない。

 

 これはある意味暗殺者としてはかなり正しい意識なのかもしれない。

 “ヨウ”が指摘するシテンの優秀さはこのような偏見すぎる価値観からくるところが大きいだろう。


 だから、当然“ヨウ”のこともその他大勢と同じように接していた。

 いや、もしかしたら、当時の“ヨウ”は暗殺ギルド内での序列を無視して好き勝手に依頼を受けたりしていたのだから、暗殺ギルドではかなり有名でありそこそこの地位があるシテンにとっては目障りではあっただろう。

 

 しかしながら、”ヨウ”へ対する嫌悪は彼と初めて手を組み依頼を受けたことにより変わった。

 それはもう劇的に。

 激しく、著しく変わった。

 

 シテンと“ヨウ”が受けた依頼の内容は大して難しいものではなかった。

 最近勢力を巨大化させているとある商人の暗殺というものだった。

 依頼主はその商人に恨みを持つ商売敵の男。

 報酬もそこそこ、多少の護衛もいるが難易度は軽いものだった。

 夜遅くに忍び込み、護衛たちを無力化し、標的の首を刎ねてから逃走する。

 いつも通り簡単な仕事である。

 しかし、シテンの予想と外れ出来事は進展する。

 どこからか情報が漏れていたのか、標的である商人の屋敷にはいつも以上に護衛が雇われており、尚且つどのような取引をしたのかはわからないが街の警備隊までもが待ち伏せていたのである。

 その数大よそ50人。

 流石に自分の腕にはそれなりの自信があるシテンでも50人もの相手に突撃をかますような無謀な真似はしなかった。

 幸いだったのは待ち伏せされていることに気付いた時に、まだ忍び込んでいることを気付かれてなく逃げる手段があったということだ。

 多少の違約金が発生してしまうが、リスクと報酬を天秤に掛けるまでもなくシテンは依頼をリタイアすることに決めた。

 しかし、同行していた“ヨウ”は違った。


『この状況なら、まだ依頼は達成可能です。僕はこのまま残って、警備隊と護衛の協力の齟齬をついて襲撃を仕掛けます。』

 こんなことを言ったのである。

 シテンは率直に驚いた。

 どう考えてもこの状況において標的を殺すことは不可能である。

 たとえ殺すことができたとしても、その時には囲まれてしまい逃げ道を失うだろう。

 リタイアが普通。

 シテンは少し考えて、主にこのまま“ヨウ”を単独で襲撃させて見殺しにするかどうかを考えて、結局は彼についていくことにした。

 最悪の状況になれば裏切って囮に使えばいい。

 そんなことを思いながら。



 “ヨウ”の考えた策は、実質策などとは呼べるものではなかった。

 標的である商人の護衛である私兵と警備隊の連中が共同で守りを固めているところ――つまりは標的がいる客室へ敢えて襲撃を仕掛け、当然普段から一緒になっているはずがない護衛と警備隊の連携の不備をついて、相手方に囲まれるよりも先に殺しまわっていくというものだった。

 無謀極まりないものだが、しかし、少数対多数ならば敢えて襲撃を仕掛けて錯乱するのは成功率でいえば高い。もちろん、その後のことを考えなければだが。


 シテンはその策を聞いて、途中で“ヨウ”を囮にすることに決めた。

 そんな無謀な策に付き合っていられない。

 それが正直な思いである。



『――任務を開始する。』

 小さく呟いた後、“ヨウ”は曲がり角から異常な速度で飛び出した。

 客室へと続く廊下を守る兵は五名。

 

 が、そのうちの二名は飛びだした“ヨウ”に反応する間もなく一瞬にして背後からナイフで首を貫かれる。

 それを見ていた残りの護衛は仲間を呼ぼうとするがそれよりも早く“ヨウ”から投擲されたナイフが一人の首に突き刺さり、その光景に目をとられた二人の護衛は急速に接近した“ヨウ”によって持っている剣を抜く前に心臓と頸動脈を切り裂かれ絶命した。

 その間僅かに3秒にも満たない。

 早業というよりも、既に神業の域に達している。

 全く物音をたてずに、相手に反応をさせずに、こうもいとも簡単に一撃で命を奪えるものだろうか。

 シテンは驚嘆していた。


 もっと見ていたいと好奇心が心を揺さぶったが、同時にシテンの片耳は近寄ってくる人の足音をとらえていた。

 この辺りが頃合いだろう。

 シテンは咄嗟に判断して、“ヨウ”が客室へと入っていくのを見届けてから、近くにある窓から逃げ出した。




そのまま、街をぶらついて一時間ほど経った後だろうか、シテンは街を流れる小さな川沿いの道を歩いていた時だ。

 路地からひょっこりと歩いてきた見覚えのある顔――つまりは“ヨウ”が現れたのだ。

 まさか成功したのか、とはシテンは思わなかった。

 それは“ヨウ”の外見があまりにも綺麗すぎたからである。

 服には一切の汚れがなく、ほんの少し頬に血液が付着しているだけ。

 恐らくは、途中で踵を返して逃げてきたのだろうとシテンは思った。

 しかし、逃げてきたにしては色々とおかしな点がある。

 シテンは“ヨウ”が襲撃しに行ったところ見届けてから別れている。完全に相手の護衛や警備隊には気づかれているはずで、その囲いから逃げ出すのだった一人二人は殺さなければならないだろう。ならば、返り血が服に付いていなかったり、全く傷跡が見えないというのもおかしい。

 運よく誰にも見つからずに逃げ切れたのだろうか。

 頬についている血は、しかし、返り血であることは確かであった。

 それに逃走してきたのならもっと街が騒がしいはず。

 不気味なほどに静かで、人の動く音がしない夜の街をシテンは不思議に思った。


 そんなことを思っていると、“ヨウ”のほうもシテンに気付いたようで。


『あ、シテンさん。ちょうどよかった。落ち合うポイントを決めていなかったもので、少しばかり探し回りました。』

 と言いながら近づいてくる。その右手にはそれなりに大きな包みを持っていた。

 ちょうど、人の頭がすっぽり覆えるくらいの。

『――一応、依頼は達成しました。これが標的の首です。』


 そんなことを言って、“ヨウ”はシテンにその包みを手渡した。

 暗くてよく分からなかったが、その包みの布は赤黒く汚れていた。

 嗅ぎ慣れた血の匂いがその包みから漂う。

 シテンは慎重にその包みを開いた。


 中に入っていたのは何度も確認した標的である商人の首であった。

 その首の表情は苦悶や恐怖の表情を浮かべておらず、いきなり殺された時のような驚愕の表情が張り付いていた。

 

『今回は標的が一人だけだったのでこれで依頼達成ですね。ああ、あと警備隊の連中や護衛たちの追手はこないと思います。逃げる前に大抵は殺せたので。』


 淡々と、まるで日付を答えるときのように当たり前といった雰囲気で彼はそんなことを告げてきた。


 シテンは驚愕を通り越して戦慄を覚えた。

 目の前にいるあまりにも異常な彼を見て、シテンは思わず身震いをしそうになった。

 雷に打たれたような衝撃とでもいうのだろうか、彼女は“ヨウ”を見てそれを受けたのだった。


 思わず体に染みついた奴隷の記憶、まあ、つまりは変態的性質(マゾヒスト)が蠢いた。

 

 この場で跪いてしまおうか、ひれ伏せて踏みつけてもらおうか。

 そんな危ない考えと共に、シテンの中にある本能は約50人も相手どったにも拘らず一切の返り血を浴びていない圧倒的な“ヨウ”の力に対して危険人物だと判断して警告を鳴らしていた。

 

 変態と本能どちらが勝ったか。

 それは言うまでもなく。


『“ヨウ”さん!!』


『さん!?』


『素晴らしかったです!!何処でその殺し方を覚えたのですか?』


『いや、それを教えるのは……。』


『そうですか。まあ、別にそんなことはどうでもいいことです。“ヨウ”さん。お願いがあるのですが。』


『お願い?』


『はい!!――どうかわたしを(なぶ)ってください!!』


 その後、シテンは気が付いたら濡れた服と共に“ヨウ”担がれていたわけだが。



 



 ただ、シテンが本格的に“ヨウ”の奴隷になろうと思い始めるのはまた別の話。


 

 一つ結果を述べておくと、この頃から“ヨウ”はいつも何かしらの気配を道を歩いているときに感じるようになったとか。



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