表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

エピローグ

読み進めるとすぐ、重大なネタバレがあります。未読の方は読まない方が身のため世のため人のため。




 光の淵で、僕の名を呼ぶ声を感じた。


 とてもいい気分だった。

 〝そこ〟に自分が『存在していたい』と思い煩う意味もなく、ただ『存在していてもいいんだ』と納得できる心地良さに、永遠の幸福を見出してみたかった。

 これが死ぬということなら、僕は確かに〝そこ〟にいたことになる。


 先ほどからずっと、自分の名を呼ぶ声を感じる。意識の内側からこだましてくるようだ。

 いつもそばにいてくれた……僕は、この声を知っている。

 しなやかで、澄んだ響きがある。意固地の陰に、優しさを隠している。


 しかし今、その声は濡れている。悲愴をまとい、それでも名を呼び続けている。

 僕の名を、そんな悲しい声で呼んでほしくなかった。


 これじゃあまるで、僕が死んだみたいじゃないか。


 僕は雪の舞う灰色の空を見上げた。

 そして、顔の上で泣きっ面を浮かべる声の主に向かって、弱々しく笑いかけた。

 いつも隣で笑っていてくれた……僕は、彼女の名を知っている。


「……二ノ瀬」


 僕はかすれ声でその名を呼んだ。


「……会えてよかった」


 震える指先を二ノ瀬の頬にあてがい、次々と零れ落ちてくる涙の粒を拭った。二ノ瀬は顔をくしゃくしゃにしてむせび泣いた。


「死んじゃやだ……死んじゃやだよ……鷲尾……」


「二ノ瀬……笑ってくれ。君の笑顔を見たい」


 二ノ瀬は涙をこらえ、真っ赤に泣き腫らした顔で笑った。出会ったあの日から変わらない……三年間、心に想い続けてきた笑顔だ。

 僕はゆっくりと体を起こし、二ノ瀬を抱きしめた。


「ずっと……こうしたかった……最初に君を見た時から……」


 再び泣き出した二ノ瀬の背中を、僕は力なくさすった。


「ありがとう……君は僕の力だった。君がいたから……僕はもう一度……人を愛する素晴らしさに気付けたんだ」


「ありがとうなんて言わないで! 君がいたからなんて言わないで! もう一度なんて言わないで……私のそばにいて……愛し続けてよ……」


 僕は残された力を最後の一滴まで振り絞った。


「ああ……君のそばにいる。……死んでも…………離すもんか…………」


 まぶたが閉じていく。深い眠りにつくかのように、僕から世界を隔てていく。

 最愛の人をその手に抱きながら、僕は、再び光の淵へと落ちていった。






 カーテンの隙間から曙光が射し込み、板張りの壁や天井に光の筋を投げかけている。暖かな布団をまとい、一切の苦痛のない空間に身をゆだねている。

 僕は二〇一号室の真ん中で横になっていた。どうやらここは、永い眠りの途中に立ち寄る、夢の界隈のようだ。

 隣で二ノ瀬が眠っていた。柔らかい寝息を立てている。とても安らかな寝顔だ。一体どんな夢を見ているのだろう?


 僕は再び目を閉じた。

 もうひと眠りしよう。





 九城姫々とエリンジュームの神様   終




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ