エピローグ
読み進めるとすぐ、重大なネタバレがあります。未読の方は読まない方が身のため世のため人のため。
光の淵で、僕の名を呼ぶ声を感じた。
とてもいい気分だった。
〝そこ〟に自分が『存在していたい』と思い煩う意味もなく、ただ『存在していてもいいんだ』と納得できる心地良さに、永遠の幸福を見出してみたかった。
これが死ぬということなら、僕は確かに〝そこ〟にいたことになる。
先ほどからずっと、自分の名を呼ぶ声を感じる。意識の内側からこだましてくるようだ。
いつもそばにいてくれた……僕は、この声を知っている。
しなやかで、澄んだ響きがある。意固地の陰に、優しさを隠している。
しかし今、その声は濡れている。悲愴をまとい、それでも名を呼び続けている。
僕の名を、そんな悲しい声で呼んでほしくなかった。
これじゃあまるで、僕が死んだみたいじゃないか。
僕は雪の舞う灰色の空を見上げた。
そして、顔の上で泣きっ面を浮かべる声の主に向かって、弱々しく笑いかけた。
いつも隣で笑っていてくれた……僕は、彼女の名を知っている。
「……二ノ瀬」
僕はかすれ声でその名を呼んだ。
「……会えてよかった」
震える指先を二ノ瀬の頬にあてがい、次々と零れ落ちてくる涙の粒を拭った。二ノ瀬は顔をくしゃくしゃにしてむせび泣いた。
「死んじゃやだ……死んじゃやだよ……鷲尾……」
「二ノ瀬……笑ってくれ。君の笑顔を見たい」
二ノ瀬は涙をこらえ、真っ赤に泣き腫らした顔で笑った。出会ったあの日から変わらない……三年間、心に想い続けてきた笑顔だ。
僕はゆっくりと体を起こし、二ノ瀬を抱きしめた。
「ずっと……こうしたかった……最初に君を見た時から……」
再び泣き出した二ノ瀬の背中を、僕は力なくさすった。
「ありがとう……君は僕の力だった。君がいたから……僕はもう一度……人を愛する素晴らしさに気付けたんだ」
「ありがとうなんて言わないで! 君がいたからなんて言わないで! もう一度なんて言わないで……私のそばにいて……愛し続けてよ……」
僕は残された力を最後の一滴まで振り絞った。
「ああ……君のそばにいる。……死んでも…………離すもんか…………」
まぶたが閉じていく。深い眠りにつくかのように、僕から世界を隔てていく。
最愛の人をその手に抱きながら、僕は、再び光の淵へと落ちていった。
カーテンの隙間から曙光が射し込み、板張りの壁や天井に光の筋を投げかけている。暖かな布団をまとい、一切の苦痛のない空間に身をゆだねている。
僕は二〇一号室の真ん中で横になっていた。どうやらここは、永い眠りの途中に立ち寄る、夢の界隈のようだ。
隣で二ノ瀬が眠っていた。柔らかい寝息を立てている。とても安らかな寝顔だ。一体どんな夢を見ているのだろう?
僕は再び目を閉じた。
もうひと眠りしよう。
九城姫々とエリンジュームの神様 終