表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ファンレターを出してみる?

「…そんなに面と向かって言うのが嫌なら、手紙にすれば?」

小学校からの親友、秋ちゃんがぼそっと提案したことは、実に画期的だった。

メール全盛の昨今で手紙なんて記憶のかなたと言う人も少なからずいるだろうけど、メールはただ活字を打つだけでひどく味気ない。

無味乾燥ってやつはこれをいうんだろうっていうぐらいに。

そもそも、アドレスを知らなきゃ送りたくても送れない。

そういうときに手紙という手段が思いつく秋ちゃんはかなり頭がいいと、本気で私は思う。

 

なんでそんなことになったかというと。

うちの学校には、所謂全校生徒の女子から熱視線を浴びる男子がいる。

そんなの、今時の少女漫画にすらいるわけないじゃんって思う人もいるだろうけど、実はちゃっかりいたりするんだ、これが。

その男子の名前は、鏑木月人くん、って言うんだ。月人っていう名前からして、おしゃれすぎる。ほんと親御さんのセンスすごすぎ。

私と同じ二年生で、クラスは国公立進学クラスに所属している。

因みに私は私大文系クラス。住んでる世界がもはや違う。

頭も良ければスタイルも抜群で、身長は170センチくらいなんだけど、足が長くて顔がモデルさんみたいにちーさくって。それだけでもかなり素質がいいのに、顔面偏差値もなかなか高い。

髪の毛はさらっさらだし(私の猫っ毛と交換してほしい)、目はぱっちり二重で切れ長、薄い唇がにこりと笑みを浮かべると、たちまち女子たちがきゃー!と黄色い悲鳴を上げかねない状況を作り上げてしまう。

ようは、少女漫画に出てくる王子様キャラが現実に存在するならこの人だ!っていってもいいような人なのである。

対する私はというと、私大文系を目指すからに、そこそこに文系教科に強く、趣味も読書とか言ってはみるものの、はっきりいって成績は良くない。国語は母国語だからそれなりの成績はとれてるけれど、英語数学理科の成績は惨憺たるものだ。

勿論、その分運動神経良かったりなんかしちゃったりするわけがなく、体育なんて最早口上にも挙げたくないレベル。

見た目も麗しくは決してなく、湿気でカーリングしまくる髪型に毎朝四苦八苦し、小学生の時さんざんプールに日焼け止めなしで通った結果として顔に散らばったそばかすをひたすら美白クリームで塗りたくり、最近体脂肪率が女子として危険水準に達しそうなのを毎日体重計で見ながら青息吐息な私とは、まったく次元がちがう。

そんな接点といえば同じ学校に通う同級生(目線があったことすらない)であることオンリーな私と鏑木くんだけど、最近、私はひょんなことから彼の秘密を掴んでしまった。

 

それは今から一週間ほど前のことである。

いつものように本屋に本を求めて行った私は、あるコーナーに立ち寄った。そのあるコーナーというのは、少女小説コーナーである。

少女小説と言うのは読んで字のごとく、少女世代を読者ターゲットにした文庫レーベルから出ている作品のことを言う。

中には、十分大人世代でもぐいぐい引き込まれる作品が出ているけれど、大半はハーレクイン的な乙女の願望が詰まったものばかり。

世の中のエンターテイメント小説は現実に即した様な世知辛い話とか、夢も希望もないものとかに溢れているから、まだまだ夢見る少女時代を過ごしている十代の多感な少女たちは、現実逃避の手段として、憧れの活字化された世界として、少女小説は読まれている。

それに、マンガの延長線上のように、綺麗なイラストの表紙や何枚もある挿絵のお陰で余計に想像が膨らむのだ。

私は中学時代からずっとこの世界を気に入っている。

勿論、甘ったるいだけの砂糖菓子のような作品ばかり読んでいると食傷気味になってしまうから、最近は一般向けの小説も読んでいるけれど、時々焦れたよううに少女小説が読みたくなることがある。

そういうときにぷらっと本屋に立ち寄って、手に取ってしまう。

そのときがまさにそれだった。

老舗少女小説レーベルといわれるところの文庫本を一冊手にとって、ぱらぱらとめくる。

相変わらず、作中では姫だの王子だのがあははうふふふの世界を繰り広げている。

正直最近の少女小説のキャラクター設定はテンプレート化している。

そもそも、めったにバッドエンドなんてない少女小説の世界ではテンプレート化は当たり前なのかもしれないけれど、それでももうちょっと世界観が多様でもいいと思う。

でも、なんかSFネタとか、歴史ネタ(平安とかは多いけど。一回ぐらい奈良時代とか見てみたい!)とかないのかなあといつも思うけど、きっと読者がそういうのを求めてないんだろうなあ。

そう、いつもみたく不満たらたらで別の一冊を手に取ったときだった。

表紙は相変わらずこてこての少女漫画絵だ。

可愛らしいお目目ぱっちりの女の子二人が顔を突き合わせている。

印象はとっても少女小説。

そして裏表紙を向けてあらすじを読む。そこで私は文字通り度肝を抜いた。


『狩野アスカは一五歳。受験生で親に言われて進学塾に通う日々。ある日家に帰ろうとしていると、どこかで見たことがある女の人が…!そう、その人はアスカの通う塾の講師・進藤(男)だった!なぜ先生が女装!?と思っていたアスカの前で突然起こった殺傷事件!でこぼこコンビが事件解決のためにタッグを組む!?』


…これは俗にいう【売れセン】外な作品じゃないのかな。

特にこの破天荒なあらすじっぷりとか。編集者さんもうちょっと方向性考えたらどうなの。

でも、ある意味こういう作品は貴重だ。王道ばかりを突き進む話は独創性に乏しい。

そして、テンプレート化された文章ばかり持ってくるから、作者自身の力量も計れない。

そういう作品は大抵イラストの効果か何かで売れたとしても、後に残るものがない状態に陥るのがデフォルトだ。

私はいつもそういうスタンスで読んでいる。

厳しいかもしれないけど、これから良い作品が世に送り出されるためにはそういう読者も必要なのかも、とおこがましいことを考えている。

だから、私はお姫様王子様きゃははうふふ作品ではなく、その女装男性&塾の生徒の凸凹探偵コンビの小説を買って家路についたのだった。


読んだ感想。うん、想像してたよりずっと面白かった。

アスカが思ったよりもずっとリアルっぽくて、中学生女子のステレオタイプな明るい性格のキャラ設定なのに、地味女子だった私さえ共感しちゃう悩み方とかで。

加えて奇抜すぎる女装設定な塾講師の進藤がおかしすぎ。

女装してないときはお堅いサラリーマンっぽいのに、女装した途端おかま語になったりしてきわどいこともさらって言っちゃう。

でも頭がいいから、ちょっとした事件の手掛かりも掴んでぽんぽんと謎を解いていく。

そのギャップが面白い。

事件自体はそんなにあっというほどのものではなくて、でもしんみりしちゃう結末でじーんときてしまった。

…そしてそのあとのあとがきで、驚愕の事実を私は知ることになる。


要約すると、作者さんにとっての初作品らしく、割と自己紹介が書いてあった。

曰く、私と同じ県在住。高校生。大学目指してる。誕生日は2月8日。

ここまでは。県内の何十人かには当てはまる事柄だ。しかし次が問題だった。

曰く、学校の国語の授業で小説を書く機会があって、学内コンペでうっかり優秀賞をとったのがきっかけで小説を書いた、って。

で、登場キャラクターはこれとは真逆で男装女性&男子高校生の凸凹コンビ。

…私は既視感があった。どっかで読んだ、その作品。そのときもなんか変って思ったけどまあいいかで流してた。

だって…あの鏑木君が書いた作品なんだから、って。

そう、鏑木君…!?ってええ!?


そのあと、鏑木親衛隊の女の子に「今タロットカードにハマってるんだけど占ってみない?」と声をかけて、あっさり鏑木君との恋愛運を聞いてきた彼女から彼が2月8日生まれだと知り、やはり鏑木君が正体なんだと確信を得た。

それで、私は面白かったって言いたくて、ファンレターを送りたかったんだけど、本人がせっかくすぐそばにいるのに直接言わないのは勿体ない。

でも、接点もなにもないのにどうすればいいんだろう、って思ったら親友の秋ちゃんの発言だ。

おお、その手があったか!だから私は手紙を書いてみた。

『拝啓

鏑木月人くん。常日頃ラブレターもらいすぎてるでしょうが、私はファンレターを書いてます。そうそう、初作品読みました。アスカ超かわいい!女装男子とかヤバいね!私メガネ男子の次に女装男子好きなんだ!ほんと目の付け所がちがうとこ鏑木君のすごいとこだよ!では。』


いろいろ感想は思い浮かんでたのに、言語障害にかかったかのように国語力ゼロに近い感想になってしまった。

いかんいかんと思って書き直してもこれ以下のものしか書けない。

もうダメだー!となった私は思い切ってこの手紙をブルーの封筒に入れて鏑木君の靴箱に投函した。

そのとき、差出人を書かずにいたことを忘れていた。


「あ、秋ちゃん、差出人書くの忘れてた!」

「じゃ、あの手紙は私のでした、ごめんなさい、っていう手紙書けば?」

秋ちゃんに慌てて相談するとそんな返事が返ってきて、私は急いで

『二年一組 葛城ユキです』

と書いた便箋一枚を前のと同じ青い封筒に入れて靴箱に投函しておいた。

そしたらなんと後日鏑木君がうちの教室にやってきたではないですか!しかも

「葛城さんって子いる?」

って!うわーーーどうしよう作者ご対面!?いやだ恥ずかしい!!と思ってたら、手紙を渡された。

「あ、あのそのなんの用?」

という間もなく葛城君はそのままぷいっとどこかに消えてしまった。そして手紙を開封したらそこには一言。

『ファンレターは編集部経由で 』

…ごもっともです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ