第一話
もう本当にやめて欲しい。
ダイチは俺の腕を掴んで人混みの中をグイグイと進み、後ろで引っ張られているだけの俺は当然のごとく人と人とで揉みくちゃにされているわけで。
服がヨレヨレになったくらいでようやく人混みを外れた俺と大地は、ダイチ行きつけのバーに入って行く。
基本ダイチが遊びに行こうと言ったときは大抵まずここに来るのでどうせ今日も来るのだろうとは思っていたが、この予想は我ながら見事なものである。
薄暗く、心落ち着くクラシック音楽がBGMに流れている店内では口髭の濃いゴツいおっさんがグラスを拭いていた。
「おぅダイチにレオンじゃねぇか。どうした、また仕事をサボってるのか?」
「俺は違います。今日も大地に引っ張られてきただけです」
「ははっ! 兵士さんも大変だな。勇者様の我儘まで聞かなくちゃいけなんだからよぉ」
ガハハと豪快に笑い飛ばすおっさんだが、笑いごとではない。
毎度毎度仕事もそこそこにこうやって外に連れていかれるのだから。
とはいえ国王もダイチをえらく気に入っていて、別段一般兵一人連れ出したところでお咎めなどないが、俺は静かに城を見回る平凡な一日を過ごしたいのだ。
「ダイチが勝手に俺の有給を取って無理矢理付き合わされるんですよ」
「それはまた大変だな」
自慢げに有給許可証を見せつけるダイチを思いっきりドツキたくなるが流石に勇者にそんなことをするわけにもいかないので我慢する。
「いいだろ? 昨日は昨日で悪どい商売してる輩をとっ捕まえて疲れたんだし」
「そんなもの、ダイチ含め勇者様達にしてみれば余裕でしょうに」
こう見えてダイチの実力は確かなものだ。
当然ながら一般兵の俺なんかとは段違いに強い。
それはもう主人公補正のかかったチート並に。
おそらく国の軍隊を総動員しても勇者一行たった4人に速攻で負けてしまう。
それほどまでに勇者達は強いのだ。
まぁ総動員して倒せるようだったら召喚なんてせずに最初から戦っているだろうし、そうでなければ魔王を倒せるはずもない。
だからこそ軍より強いという当たり前をたった4人で覆す勇者達は英雄なのだが。
「でもお前ら2人を見てると兄弟みたいだよな」
「冗談はやめてください…。こんなに手のかかる弟はいらないですよ……」
「いいじゃねぇか兄弟。契りでも結ぶか?」
ツンツンと肘で俺の脇腹を突いてくるダイチに、まだアルコールを飲んでいないのに頭が痛くなる。
一応俺の方がダイチより2つ年上なので兄ということになるが……お断りさせていただこう。
毎日こんな風に連れまわされると思うと今からでも頭痛になりそうだ。
いや、実際は今とあまり変わりそうではないが。
「とりあえずダイチもレオンもいつものコルクスクリューでいいな?」
そんな俺とダイチの兄弟説の話を早々に引き上げ、返事を待たずに勝手に作り始めるおっさん。
いつもなら断るが今日はダイチが勝手に有給を取ったのでいいだろう。
確かコルクスクリューはショートカクテルで、基本はラムとピーチ・リキュールとドライ・ベルモットを2:1:1にしたものだったと思う。
多分ダイチの事なので飲み終わればすぐに店を出て行くだろうから度数が高くも量の少ないこのショートカクテルが丁度いい。
その辺りの調節をわかっている分、おっさんも大体の大地の行動パターンが読めているのだろう。
因みに店内は表に掛っている『CLOSE』の看板から分かるように誰一人としていない。
本当ならこの時間帯は営業していないこの店もダイチの為なら特別にカクテルを作ってくれるのだ。
そこからカクテルが出来上がるまでの間ダイチも黙り、ただシェーカーの振られる音と音楽だけが響く。
最後の仕上げにグラスに香り付け用のレモンの果皮を添えているところで、再び店内の扉が開いた。
「やっぱりここにいた。ってまた大地はそんなもの飲んでる! まだ未成年でしょ!?」
「ここでは対象年齢だからいいんだ。上手いんだぜ? ここのカクテル」
店内に入ってきたのは3人。
右から女魔導師のマナ、ダイチと同じ剣士のリクト、幼顔暗殺忍者リオと3人ともダイチと同じ勇者である。
勇者一行の中で唯一の女性であるマナが、声を荒げながらダイチに近づく。
行け、やるんだ。
早くこの我儘坊主を連れていってくれ。
「ほら、まだ仕事中でしょ?」
「あれ? 言わなかったっけ? 今日はレオンと有給取ったって」
「正確には俺の有給は勝手に取った、ですがね」
「す、すみませんレオンさん…。またダイチが迷惑かけて…」
「マナさんが謝る必要はないですよ。気を遣わないでください。全部こいつが悪いんですから」
ダイチに無理矢理頭を下げさせ、自分も頭を下げて俺に謝るマナは丸でダイチの母親みたいだ。
精神年齢から見て2人が同い年とは思えない。
というか、2つ年上の俺でも驚くべき大人っぷりである。
その中でリクトとリオが近づいて、ダイチに一枚の紙を突きつける。
「安心しろダイチ。今日の有給はさっき俺とリオで取り消してきた」
「レオンさんの分もたぶん勝手にダイチがしただろうってことで取り消したけど正解だったね」
「何だって!? 余計なことするなよ!」
「余計なことをしてるのはどっちだよ……」
はぁ、とリクトが大きく溜息を吐き、ダイチの首根っこを掴む。
「分かった! じゃあせめてレオンも一緒に見回りしようぜ! 俺はそれで妥協する!」
「俺は出来れば一人で静かに城の守りをしていたいのですが……」
チラッとマナの方に視線を向ける。
こちらに両手を合わせ、片目を瞑っているところをみるとその提案に乗ってほしいらしい。
仕方がない。
この勇者に手を焼かされているのは俺だけではないようだ。
「分かりました。では本日は外回りの方に参加させていただきます」
「よっしゃ!」
「本当にすみませんレオンさん…」
「いえ、お互い様ですから…」
カウンターに飲んでいないコルクスクリューの代金800サラーを置いて、俺たちは店を出た。