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『めかくし』7
地下の小さな世界を取り巻く夜祭は、騒然としている。
3分くらいの僅かな時間で、こうも状況は変わってしまうものだろうか。私、匂神唯は天井から降り注ぐ光に照らされているこの空間を俯瞰する。匂神家に深く関わりそうな人物が、少なくとも舞台、又は舞台裏に4人いる。
夜祭の座長、五町大胡。
刺宮の家長、刺宮軋轢。
世辞の子、世辞沙也夏。
刺宮の子、刺宮倦。
それらと私と同じく、観客席の上のほうで舞台を見る刺宮と七基をかけあわせた異端児、七宮智。
「刺宮倦、そこにいるのだろう。我輩が助けにきたぞ、早く出てくることだな」
軋轢が舞台裏にいるであろう、同じ家の子に対して話しかけた。
そしてその瞬間、軋轢の赤いマントの裏側から一人の男が現れる。
「…………軋轢様」
「そこにいたのか、倦よ。弟の醜態を拭おうと健気なものだ」
舞台裏にいたはずなのに、パンダの背後から出てくる刺宮倦と呼ばれた男。舞台用の衣装だったのか、般若の顔のお面をつけていて、ざっくり言うなら和装だった。
表情はお面の為わからず、強いてわかること言えば髪は黒く……。
身体が細めなくらいで、特徴がつかめない。
「なんなのあいつは……あんなことってありえるの!?」
私は思わず隣にいる七宮に怒り口調に言う。
「刺宮倦、刺宮家きっての無口、だからこそ情報が少ない。俺も倦君のことはよくわからない、けど1つだけなら」
七宮は軋轢という忌避すべき父親に遭遇した時点で、逃げ出すことを諦めたらしく私の問いに答える。そして七宮のもったいぶる言葉の尻尾は本人、刺宮倦が自分で軋轢に答える形で話した。
「愚弟……憲は放免?」
「ハハ、我輩は結局刺宮家の者に弱いものでな。我が息子と匂神唯殿の件も憲は謝ってくれたしな。またこんなに早く会うとはね」
このお面男、刺宮倦の弟はあの下品男、刺宮憲らしい。
外見も中身もまるで違うことに驚きはするが、それにつっこんでいる場合ではないようだった。
「……軋轢さん、俺は貴方に会う前にとんずらしたかったんですがね」
「息子よ、軋轢さんだなんて白々しいではないか」
「俺は貴方の中身を父さんだと思ってませんから」
「ハハ、きついことを言う」
私のことを無視した形で、親子の会話が始まる。この殺物パンダを見ていると、戦意を失ってしまうのだ。刺宮家を滅ぼす最大級のチャンスも、手を出す気にさえならない。
それが惨めで悔しくてならないのだった。
「…………憲の恥、ここで晴らす」
抑揚のない倦の声は、七宮から聞こえた。
「………………!」
否、違う。
私と七宮の間に倦が割り入ったのだ。
そして私の首元には短刀が食い込んでいる。このフットワークの軽さは世辞沙也夏よりも上手なのではないだろうか。首を動かすと切れそうなので確認はできないが、どうやら七宮も同じ状況らしい。
殺される……だろうか。
刺宮倦の弟である刺宮憲を殺そうとしたぐらいだ、その確率はありえるだろう。
椿の匂いかぁ。
生死を分かつ時であっても、それでも私は刺宮倦の匂いに思わず顔を緩ませた。緊張感のないことだと思うが、私はこの匂いが好きなのだ。むしろこの匂いを嗅ぎながら死ねるのは本望か。
「よさないか倦。今日は息子や唯殿に危害を加えるわけではない」
そんなことを考えているうちに、軋轢が倦を宥める。
「しかし、」と倦が言いかけるが刺宮のパンダヒーロー信仰は凄まじいらしく、「御意」と倦は言い直した。
短剣はどけてくれないが、殺気は無くなったように感じる。
「刺宮に七宮に匂神ねぇ……、七宮ってのに疑問はあるが、匂神ねぇ。いいじゃないですか!」
そして一息ついたときに、スーツ姿の男、五町大胡が面白そうに言う。会話に入っていけなかったのか、随分前にこの声を聞いたような気がした。だとしたら、私と大胡は意外と仲良くなれるのかもしれない。
「匂神のお嬢ちゃん!」
「なんですか……?」
思わず答えてしまう。
「ここで働かないかぃ!?」
「嫌です」
悪い誘いにはキッパリと断るとべき。
小中学校の薬物の勧誘を断り方とかでそう習った気がする。
「そうかぃ……沈黙の貴公子、刺宮倦君がまさかのスパイだったみたいでね。エンディングの座を君にあげられるのになぁ」
大胡はにんまりと笑みを浮かべ、杖を私に向ける。
「それなら君以外を皆殺しにすれば問題ないね、座長が孤児を拾うって状況なら問題ない!いいねぇ最高だ!」
滅茶苦茶な事を言うものだ。
そして『孤児』という言葉が、こんなにも胸をえぐる。
痛くて、泣きそうだった。
同時に皆殺しと聞いて動じない自分も存在していたわけだが。
「さぁさぁ皆様! 夜祭が皆様に狂喜を与えた! だから今度は皆様が夜祭に凶器を与える番!!」
『皆様』という言葉を聞いて、はっと気づく。
私と七宮は意識の中にしっかり存在している。
だが、軋轢や倦と話している間、会話が鮮明に聞こえるくらい観衆が静かなんだ?
五町、五感の家の保護者兼、始末者。
脳の干渉を得意とする。
だからこそ、人の興味等をコントロールすることぐらい動作もない。
「さぁ、舞え! 夜の鬼は皆様の朝を食らう!! 悪逆非道で結構でござぃやす!」
大胡はそう叫ぶと同時に、観衆は剣、斧、槍、ありとあらゆる武器を手に持ち倦と七宮に襲いかかってきた。
操られている……?
というよりこのままでは私も巻き込まれて死にそうなのだが。
「…………五月蝿い」
倦は抑揚のない声を微かに、テンションを低くしたような声で呟き私達から離れた。きっと私もナイフで相手が軋轢でもない限り、刺すのを躊躇わなかったのだが、状況が状況だ。多分この場合のみ、私達にとって味方になるんだろうから。
倦は身体をねじり、向かってきた2人の観衆を斬り倒した。その得物は私の喉元にあった短刀ではなく、恐らくは七宮の喉元に食い込んでいたであろう立派な日本刀だった。そして3人目、4人目と斬り倒していき、座長である五町大胡へ飛翔する。
飛翔と言っていいくらいの、踏み込む場所としては遠すぎる場所からの斬り込みを入れようとする。
「――――何故」
それを受け止めたのは、大胡ではなく軋轢だったのだ。倦は考えていない事態だったのか、声が少しだけうわずった。
「悪は本から断つべきっていう発想はいいと思うぞ倦。しかしなぁ、命令だ」
軋轢の後ろですでに杖を構えていた大胡でさえ、怪訝そうな顔をする。
「そこにいる一般人、家畜、もろとも殲滅してから五町大胡を討て」
軋轢の何も感情がこもらないその声に、私や七宮どころか倦や大胡も戦慄しただろう。
「…………御意!」
そして倦はすぐに我に返り、操られた観衆のほうへ右手に短刀を、左手に長刀を持ち振りかざす。人の命なんて意味がないと言わんばかりに、屍を積み上げていく。
「刺宮軋轢……お前は英雄なんかじゃない。お前は暴君だ。人間じゃない」
観衆の絶叫の中、大胡は声を震わせて軋轢に言う。
「我輩は刺宮の英雄であればいいのだよ、それに……」
遊園地にいそうな大きなパンダは、顔の表情だけは変えないものの多分中身は残忍に笑った。
「我輩はパンダ、人間の価値など知るものか」
何分経っただろうか。
刺宮倦は屍の上に立っていた。
夜祭で出てきた死なない豚でさえ、真っ二つにされ転がっていた。観衆18人ほどは斬殺されていて、素手であろうが武器を持っていようが、特に関係なかったように見える。
さすがに倦も疲れたのか、般若の面はとらずとも羽織りを脱いで座りこんでいた。
私はここまでの惨殺劇を見たことはなかったが、不思議と恐れはなかった。
血と肉と内臓の臭いが充満していて気持ち悪くは感じたが、規模は置いておいて焼肉屋の臭いと対して変わらなかったので我慢できた。
それよりも、刺宮家にこんな殺人慣れをした人間がいる事実に寒気がする。
今はともかく、いずれは自分からこの化物達に仇討ちとして襲いかからなきゃいけないのだ。
本当に寒気がする。
「『夜祭』の締めくくりがこんなに静かとはね」
五町大胡もこの光景にあまりショックを感じていないのか、妙に感傷的に呟く。
「我輩を殺そうとしないのか?」
「まさか、貴方は『殺物パンダ』。人体に被害を及ぼすことないですし、何より、殺せる気がしない」
大胡のその言葉に、軋轢はハハと鼻で笑った。
「五町平殿…五町の家長がお前の能力悪用に目をつけてね、我輩に捕獲を頼んできたのだよ。」
「平さんがねぇ、それじゃあ命も長くなさそうだ」
「大人しく捕まってくれるかね」
軋轢のその言葉に、大胡はにへらっと笑い倦と同じように座りこむ。
「まだ皆様、ごく少数にしかこの『夜祭』を楽しんでもらっていない。まだね、死ねないんだよ」
大胡は何か切り札を持っているかのように、余裕のある笑みを浮かべた。
「なぁ、そうだろう。『お嬢様』」
私はその言葉と共に、屍の中に世辞沙也夏がいないことに気付く。
夜祭の座長の切り札は、オープニングを司る舞姫。
『魔が差したら鬼に朝を食われる』
その言葉に呼応するかのように、赤い縦線が倦の背後に現れる。
赤いメッシュ。
エンディングを食う、オープニング。
「んふ」
夜に紛れた人食い鬼は、楽しそうに笑った。
ふわり、と。
世辞沙也夏は『踊る』。
躍り続けることはなく、それだけで動きは止まった。
胴体と首が綺麗に離れた。
どしゃりと受け身をする事も当然できず、胴体だけ倒れる。
五町大胡の胴体が。
予期しないことが起こった。
「んー、拍手は無しかぁー。ま、仕方ないね。座長ごめんね、15年間の仲だけど」
世辞沙也夏はやっぱり無邪気に笑いながら、顔を赤くした。
「刺宮倦は大事なダーリンなのよ、殺せないわ」
「………………」
その言葉に、般若面の刺宮倦は顔を背けた。表情こそわからないが、照れているような様子だ。私はこの状況をただただ、唖然として見ているだけだった。
七宮は、と思って隣を見る。しかし彼は顔を真っ青にして、階段に座り込んでいた。
私はハッとして、七宮の状態に初めて気付く。
両肩、両太股に小型ナイフが刺さっていた。
「し、七宮っ!?」
もしかして五町大胡が死んだから、私は七宮に意識を向けることができた?
タイミングとしては大胡が観衆をこちらに仕向けたあたりだろう、七宮は私の隣で深手を負っていた。
「唯ちゃん。俺は……大丈夫だよ。急所は外れてるし」
七宮は一生懸命、無理矢理笑みを浮かべ舞台のほうに目をやる。
「倦、五町大胡の首と胴体を袋に詰めろ」
「………………御意」
倦は重たそうに腰を上げ、沙也夏の目の前にある五町大胡の遺体を軋轢からもらった袋に詰め始める。
「沙也夏」
「ん?ダーリン」
「……美人薄命、命を大切に」
「美人湯麺?」
「………………」
世辞沙也夏と刺宮倦は、そんな会話を交わし手短に倦は処理を済ませ軋轢の元へ戻る。
「ハハハハハハハハ!! 沙也夏殿と言ったか! 君は相当に面白い者と見える!」
そして軋轢は今まで我慢していたのか、高らかに笑った。
「本当は君も殺そうと思っていたのだがね、今日のところは失礼するよ。さらばだ!」
世辞沙也夏の解答を待つ前に、刺宮軋轢は刺宮倦を引き連れ、消えた。
消えたとしか言いようがない。
瞬間移動、したのだろうか。
不可解だろうが、非現実的な『夜祭』の中でなら肯定しざるを得ない。
そして朝を迎える。
残ったのは一人の男と二人の女。
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