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作者はダンスのセンスもありません。

かちっこちっ


太鼓だろうが、

拍手だろうが、

喝采だろうが、

悲鳴だろうが、


この音を消すことはできない。




『めかくし』6




私、いや隣に七宮智がいるから私達ということになるのか。


私達の目当てと言ってしまえば失礼になってしまうかもしれないけれど、『夜祭(やさい)』にきた理由、目的が目の前に現れた。


「あれシケてるのー?もしかしてもしかして、まぁあたし耳き、こ、え、な、い、んだけどさ」


『聞こえない』の分だけリズムを刻んでいる。艶やかに獰猛に、併用できそうもない二つの要素を舌なめずりで、こなしている。楽しそうに観衆を見渡す、舞台の上にいる女性。


世辞沙也夏。


世辞の家の子。

快感の為に動く人食い。


「お嬢様、舞ってくれたらきっと拍手喝采ですよ?」


「そうなのかしらー」


司会者である五町大胡は、世辞の子に語りかける。


今さっき『耳が聞こえない』と言ったばかりなのに世辞の子はあっさり司会者の言葉に受け答えした。私はその二人を見ていると、右手を握られる。


誰だなんてすぐにわかる。

この触れられている手から妙な緊張を、大腸を食らう異常事態を見た中でも感じていた。


七宮の手は何か、とんでも放射物を放っているとでもいうのだろうか。


非常に、緊張する。


ともかく、握られたからには伝えたいことがあるのだろう。


私は七宮の顔を見上げた。


七宮は口を開けて、次にさらに開けて、最後に歯をくいしばるように閉じる。言い換えてしまえば、口パクをして私に何かを伝えようとしているようだ。


これだけ固唾を呑んで、私達以外の観衆全員が舞台の上にいる二人を見つめている中で耳打ちさえ響いてしまう。


だから口パク。



『や、ば、い』



七宮の言いたいことはどうやらそれらしい。なんとなく七宮が『やばい』という言葉を使うのは気色悪いと思った。でもそんなことを考えている場合ではないようだった。


「さぁ夜に舞う蝶のように……綺麗に舞いなさい」


全ての二人の会話を聞き流していたが、その締めとなりそうな大胡の言葉だけ私の意識に入り込む。


「えぇ…………」


そう頷いた世辞沙也夏は、ふわりと柔らかく舞台から降りた。


一段と観衆に近付いた。

否、沙也夏にとってこれは目と鼻の先だったのかもしれない。



タンッ



床を足の裏で叩く音。

この音が鳴った時には、オープングに大胡に催促していたオールバックの髪をした男の方に移動していた。


移動というより、跳躍。


「うぉ…………!」


オールバックの男は叫び声をあげようとしたが、阻まれる。


「あたしと踊りません?お客様……」


そう艶やかな声で誘惑する沙也夏によってである。


「ぁ、化物……こっちにくるな……!」


「んふ、あたしと全部踊れたら……そうね、後でベッドで一緒に踊ってあげるわよー。どうどう?」


沙也夏は耳打ちで言ってもよさそうな内容を堂々と男に話す。とは言っても、私にとっては怪しい雰囲気を感じただけで言葉の意味はいまいちわからなかったが。


「ほんとか……?」


意味はどうあれ、沙也夏に話も持ちかけられた男は恐怖に身をすくませながらも興味ありげに聞き返す。


「本当よー」


沙也夏は何故聞き返すのかと、不思議そうに、つまらなそうに答えた。


「相手は見つかったようだね、帰っておいでお嬢様」


「はーい!」


舞台に居残っていた五町大胡は、沙也夏と男の様子を見て手招きをする。それに向かってさっきの艶やかな声と全く違う元気な声で、大胡に返事を返し移動した。



ふわり、と。



そして音楽が流れ始めるわけでもなく、世辞沙也夏は男を巻き込んで踊り始める。


男と沙也夏が踊っているのではない。沙也夏が男を使って踊っている、いや簡潔に述べるのなら。沙也夏が男を八つ裂きにしている、というべきだ。


最初に手首が、肘が、二の腕が、輪切りになって『人間の部品』となり周りの飛び散る。


「ぃひっぎぃぁああ!!」


両腕がなくなった時点で男は悲鳴を上げる。痛みにというより、腕がなくなったことへの恐怖感に叫んだようだった。沙也夏は純粋に楽しそうに笑う。


「あたしの貞操が関わってるなら……、手を抜くわけにはいかないよねー?」


その笑みに不敵とか、残忍とか、そんな感情はこもっていない。


沙也夏はまた踊り続ける。

踊って何故男の身体が千切れるのかといえば、腕が封じられている限り足が理由だと言うしかないだろう。


何故そんな曖昧な判断しかできないのか。


ふわり、と跳んで相手を切り刻むことを可能にする、あのフットワークの軽さにある。つまりは、速すぎて武器が何なのかさえわからないのだ。考察が追い付く前に、沙也夏は『踊る』ことを止めてしまっていた。


踊るために必要なパートナーは、すでに人ではなく部品と化している。私達、匂神唯と七宮智がついこの間戦った刺宮憲の『分解』なんてかわいいものだ。


「拍手喝采よねー?外道共。それとも何、物足りなければもう少し踊ってもいいけどー」


返り血を浴びて、何より散らばった『部品』に物凄い興味……今すぐにでも近づいていきたいとでも言いたげな表情の世辞の子に。


観衆は自分の身を守るため、ありったけの拍手を彼女に送った。


ぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!


「はい、彼女の舞はどうでしたかねぇ! お嬢様と踊ってみたい方は是非後程、頑張ってみてくださいね!」


司会者である五町大胡は、そんなことを言い観衆に笑いかける。私は七宮が『五町』が出てきた時点で夜祭を危険視したことに改めて納得した。最初は五町が得意な脳に対する干渉で夜祭から抜け出せなくなることを危険だと言ってるのだと思っていた。


それも勿論あるだろう。


だが、次の見世物に移るべく黒子が哀れな男の残骸を拾い集めているのを見てよくわかった。


五感の家の不始末を処理する五町。ならば五町の者自身の不始末も処理ができるだろう。人が一人くらい死んだところで揉み消すことができるということだ。まったくもって、恐ろしすぎて身の毛がよだつ。


それでも、私は観衆を一人血祭りにあげた女性に奇妙な感情を覚えた。拍手をする手に叩きすぎのせいではない、別の熱を帯びる。しかも私は拍手の意味自体、を身を守る手段とは考えていなかった。七宮にばれたら大変だけど。


確かに私は、興奮した。

一種の尊敬をした。


殺人云々のことは置いておいて、堂々と笑う世辞沙也夏に。


私は魅せられた。






その後も、殺しても死なない豚や刃物を口の中に管理する男など、色々な見世物が出された。それでも私の脳の端には世辞沙也夏の姿があって、驚くことはあっても感動はしなかった。


ふと七宮のほうに顔を向ける。


七宮は眉をひそめて、顎に手をあて、何か考え込んでるようだった。沙也夏を引き込む方法を考えているのだろうか?鑑賞中は常に静かな為、声をかけることはできないのでそう予測するしかないが。


思えば、あんな戦闘力の人間をどうこちら側の味方にするのか聞かされてない。今その方法を考えているとしたら、全く無謀な話である。


「さぁさぁ、皆様には涙で海が作れるほど悲しいと思いますが、これが最後の見世物でござぃやす!」


舞台に立つ大胡は至極残念そうな顔をして、観衆に言う。観衆はホッとするような顔をする人もいれば、大胡と同種の表情を浮かべる人もいる。


「この男はオープニングを飾った世辞沙也夏に匹敵し得る逸材でしてねぇ、エンディングを華やかに飾ると思いやす!!」


大胡は期待をもたせるようなことを言って、笑った。


「さぁ、ご登場願いましょう!! 夜祭が誇る沈黙の貴公子、刺宮倦(しみやけん)!」


「「…………!!」」


私と七宮はその名が耳に入るなり、目を見開く。いや、七宮の顔を見たわけではないから七宮が目を見開いたかわからない。それでも多分、驚いているはずだ。


世辞沙也夏に会うために夜祭にきたわけだが、そもそも何故、世辞沙也夏…世辞家の子に会う必要があったのか。それは刺宮家という因縁があるからである。


刺宮軋轢、『殺物パンダ』を筆頭とした触覚を司る組織を模した家。


七宮の父方の家であり、私、匂神唯の嗅覚を司る匂神家を滅亡寸前に追い込んだ家。その名字を持つ男が、最後を飾るのだという。



殺さなければ……。



私の心中は憎悪と殺意で渦巻き、頭がみるみる内に冴えていく。名字が偽名の可能性もあったが、私には関係のないことだった。その名字を使った時点で、それは私にとって罪だった。



罪には罰を与えるのみ。



そして、許可をもらうつもりもさらさらなかったが、七宮の方を向いた。

七宮はやはり目を見開いているようだったが、驚いているというよりも。



恐怖、していた。



まるで常人には、

聞こえもしない、

触れもしない、

見えもしない、

嗅ぎもしない、

味わいもしない、

そんなものを七宮は感じ取ってしまったかのように、彼は恐怖していた。



グイッ



「ぇ……七宮っ!!?」


そしてそんな表情のまま、七宮は私のエナメルバックを肩にかけて、私の腕を掴み走り出した。


非力な七宮であっても腐っても男である。


無理矢理、そしていきなり腕を引っ張られて階段に躓きながらも七宮と同じ方向に走り出すをえなかった。


「ちょっ……ちょっと待ってよ!な、なんでそんないきなり!」


敵に背を向けることなんてできるわけがなかった。私は必死で七宮の腕を振りほどこうとする。それでも、私の腕に爪が食い込むほど七宮の手は強く握っていた。


多分、七宮の握力の最上限に値する力ではないだろうか。


「唯ちゃん駄目だ、ここはもう駄目な場所だ」


七宮は慌てている様子だが、私を説得するためか妙に滑舌よく断言するように言った。観衆が暗黙のルールとして守っていた静寂を破るその声に、観衆の視線がふりかかる。その中に五町大胡や、世辞沙也夏、そして刺宮倦の視線も入っているかもしれない。


「何言って……」


「駄目だ、もう『聞こえて』しまった…裏付けもある。刺宮家の人間が夜祭に囚われている以上――――」


私の言葉も全く聞こえていないかのように、私の言葉を遮ってぼそぼそと呟く。呟いている内容を理解することはできなかった。しかし、次の言葉で私も事の重大さだけは嫌でも理解することになる。


「刺宮家の子が拉致をされれば……、『刺宮のパンダヒーロー』は黙っていない」



その後、言葉では到底表現できない爆音が鳴り響く。


この音を小さくした音はこの間、聞いた。

刺宮憲を救出しにきた、ふざけた格好の男が七宮の部屋を破壊した音。



破壊音。



「うわぁあぁあああ!!?」


驚きの声なんて表現では甘すぎる声をあげる。


恐怖、動揺、驚愕、驚嘆。


最後の二つはほぼ同意義。

それを考えていられるほど、私も冷静にはなれない。


地下室だったことが非常に意識される出来事。


天井、否、地上から考えれば地面が割れたのだ。


砂埃がまきあがる。

地上の街灯が、天からの光のように地下を明るく照らした。


「夜祭の座長、五町大胡よ。我輩はお前を快く思わない」


声だけで威圧感のある低い声。

砂埃でシルエットでしかわからないがそれで十分だ。


巨体で明らかに人間の姿ではない、人間では髪の毛がある場所に耳がついている。その耳は丸く、ぬいぐるみの熊を連想する。だが私と七宮には、そのシルエットクイズに解答を出すことができた。



「刺宮を舐めるな、座長」



ベストアンサーはパンダ。

殺物パンダ、刺宮のパンダヒーロー、刺宮の家長。


刺宮軋轢。


夜祭のエンディングが始まった。





>7


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