5
ちょっとグロく
なってくかなー。
無理な人は
バックでお願いします!
かちっこちっ
逃れようとしていたこの音に
かちっこちっ
駆け込んで行く僕がいる。
『めかくし』 5
「ここって……」
私匂神唯は、今、怪しげな男というより怪しい男な七宮智に手を引かれ、地下へ来ていた。
「ここが昨日言ったところ、『夜祭』って呼ばれてるサーカス団がきてるらしいんだよ」
私が目覚めてから次の日、七宮の部屋に戻って自分のエナメルバックと憲が残していった『酸素食いの香』を救出した。
限定品だったのに、と紙の燃えカスを見て項垂れている七宮を尻目に部屋を出る。
いつか私の家にも、戻らなければいけないな。
泣いてしまいそうだけど。
暗い気分でいると、七宮の携帯に電話が入る。
着歌が某アイドルのきゃぴきゃぴした歌なのに対しては、もう3回目なので、私は無反応。その時に違法のサーカス団、『夜祭』の情報が入ったという。そこにどうやら世辞の人間がいるらしかった。
開催する日時と場所しか情報がないなかで、私と七宮が行くか否かを議論をした結果。
その頃には私の足も無理をしなければ、小走り程度はできるようになるらしいということで。
今に至る。
「違法サーカスってやっぱり、グロいのかな」
「それは多少覚悟しておいたほうがよさそうだね。なんて言ったって」
「世辞…………」
「その通り」
世辞、味覚の家。
自分の快感を最優先にする、五感の家の中で一番家族の結びつきが弱い家。
何より人を食うことを好む。
話を聞く限り、そんな家の子がサーカスに参加するとしたら。
「グロいの嫌だなぁ……」
これが正直な気持ち。
地下を降りた場所は、想像よりも何倍も広かった。
マンホールを開けて忍び込んだあたりで、何やってんだろう自分、と虚しくなったがこれも見て少し気持ちが変わる。
「そこの坊や達、誰の勧めで来たのぉ?」
受付係りなのだろうか、肥満体型なボサボサで紫髪のおばさんが七宮に声をかける。加齢臭を覆い隠すようにつけてある強烈な香水に、思わず口と鼻を抑えた。これは匂神譲りの嗅覚じゃなくとも、きつすぎる。
「僕は谷川俊さんの勧めでやってきました」
七宮は一応まずいと思ったのか、私のその様子を見られないように背中で隠した。
「谷川俊って……あの研究員の?」
「そうですよ」
「証拠は?」
「旧式ですけど、チケットもらいましたよ。この女の子の分と二枚で」
七宮はそう言って、電車の切符のようなチケットを取り出しておばさんに見せた。
「…………まぁ、いいでしょう。魔が差したら?」
「鬼に朝を喰われる」
臭いおばさんはそれを聞いて七宮からチケットを取り上げる。
「夜祭、楽しんでいってね」
『魔が差したら鬼に朝を喰われる。』それがどうやらここの合言葉らしい。
指定された席に座ってから、私は七宮に尋ねる。
「谷川って誰なの?」
「『動』を主張する研究チームの一人だよ。全員海外で指折りの大学を入学だって」
やはりそのくらいの知能がなければ、鬼を作ることなんて無理な話か。
「ふーん……、そんな人とあんたは友達だったの?」
「いや、なんとなく思い付いた名前を言ってみただけだよ」
「え、じゃあ、あのチケットは?」
「父さんの机の上に束であったものを2枚、強奪してきたんだよ」
そう言う七宮の横顔は、どこか物惜しげにおばさんの肉厚の手に挟まれたチケットを見ていた。何か七宮に声をかけようとした時、舞台に1人のスーツ姿の男が現れる。至って普通な、サラリーマンにいそうな男性だ。
「はぃ、皆様ご注目。座長の五町大胡でぇございやす。皆様大層悪趣味なご様子で」
大胡と名乗った男の江戸を連想させる掛け合いに、周りの客は下卑な笑い声をたてた。
周りを見渡すと最初はがらんとしていた石に囲まれているこの空間も、中年の女や男を中心とした20人くらいの人間で賑わっている。
そんな観衆を目の前に、舞台に上がっている男はオーバーリアクションなほど顔を手で抑える。
「あぁ今夜は恐怖の夜となりましょう!さぁ始めましょ、それ始めましょ。朝になっちゃあおしまいです。ではごゆるりとちょっとだけお待ちください」
そして男自身も楽しくてしょうがないのか、一礼して手に持つ杖をクルクル回しながら舞台幕に姿を消した。
「唯ちゃん」
「ぇ……何?」
何の前触れもなく、隣にいる七宮が私に声をかける。
私はハッとして七宮のほうに目を向けた。
七宮がいることが、意識から外れていた事に気付く。
まるで催眠術にかけられたかのように。
私は魅せられていたのだろうか?
「『夜祭』には僕も初めてきたけど……、これはどうやら世辞の子がいる自体明らかだったけどさ、相当えげつないよ」
「な、なんで?まだ何も始まっていないのに」
「唯ちゃんは『五町』については特に知らない?」
「……無知ですいませんね、自称情報屋さん」
私の毒付いた言葉に、慌てて七宮は話し出す。
「いっ、いや……知らないならいいんだ、説明するから。五町の家は五感の家の良い意味でいう保護者みたいなもんなんだ」
「保護者?」
「そう。僕の部屋を燃やした時はこなかったけどね、人外の力が明らかに働いているだろう場所や物を公にならないようにする連中だよ。悪い意味でいう始末屋、かな」
私はそれを聞いて、今までなんとなくで片付けていたことに納得がいった。
私の家、匂神はあまり過激な行動に出ていなかったが、世辞や刺宮の様子を見て警察沙汰になることは当然だ。
こんな裏方がいたなんて。
「そしたらやっぱり普通の人……じゃないの?」
「警察に五町の連中がいてうまく揉み消してるのもあるし、死体処理や現場修正が超迅速だとかもあるけど……」
「けど?」
それだけじゃ、ただの、普通の、エリートマンの集団じゃないか。
「五感の家に匹敵するほどの、『脳』に対する干渉力がそれを可能にしている」
七宮はそう言って、五町醍醐が消えた舞台に目を向けた。
「脳に対する干渉……、まさか洗脳とか?」
私は渇いた笑みを浮かべながら、七宮がNOと答えるのを前提で問いかける。
そんなことが現実で許されていいものなのははずがない。
いくらなんでも酷すぎる。
非現実的すぎだ。
「大雑把に言えば、そんなものかもしれない」
七宮の回答に項垂れる。
それならこれから見る夜祭の内容も、相当に現実離れしているのだろうな。
私はため息をついた。
「確か司会役だった五町醍醐ってやつは……生粋の、典型的な『五町』らしい。なんでこんな『別の意味の裏世界』にいるのかわからないけど……でも」
七宮はそこまで言い、隣にあった私の右手の甲に細い腕を伸ばして、男の分大きい掌を私の手の甲に乗せた。
「………………!」
私は思わず声が出そうになったが、その時タイミングよく観衆のざわめきが止む。
それに従い私も口を閉ざす。
ドン
一音、太鼓の音が鳴る。
『夜祭』、始まりの音。
「焦らすだけ焦らして始まる夜の宴でぇござーいっ!! さぁ、もっと欲しがって! 欲しがって! 拍手が足りない! 皆様拍手!!」
七宮の行動に驚いてる間に、司会者である五町醍醐が両腕を広げる。
その腕の中に捧げるかのように、20人あまりの観衆がけたたましい拍手をする。
ぱちぱちぱちぱちぱち
「唯ちゃん、夜に引き込まれないで」
ぱちぱちぱちぱちぱち!
「少しでも魔が差したら、鬼に朝を食われてしまう」
ぱちぱちぱちぱちぱち!!
その言葉を最後に、圧力を増した拍手に声はかき消された。私はいつも通り、落ち着いた目で世界を見ていようと思う。動揺しないで、淡々と私自身の力でこの場を乗り切ろう。
そう決意した。
熱に浮かされた辺りの人間の拍手が反響し、半狂乱で叫び声を上げながら髪をオールバックにした中年が立ち上がる。
「早く見せろよっ醍醐さんよぉ! 俺は興奮しちゃってしょーがねぇよ!!」
「はいはい、おぃちゃん座って座って! 拍手ありがとう、じゃあオープニングはこれまでにして最初の出し物」
五町醍醐は杖を地面にトントンと叩き、音を立てる。
石橋を叩いて渡る、をまるで体現しているかのように。
「ふむ、よし。さぁここからは、お静かにお願ぇしますよ」
それだけ舞台の上にいる男は囁くように言い、周りは操られてるように拍手も叫びもピタリと止んだ。
「さぁ、おいで。世辞沙也夏綺麗で強欲のお嬢様」
醍醐は、そう言って杖の底をパカッと開けた。私は杖の機能性の高次元に感心する、そんなずれた感想を持っていた。
だがそんな杖から出てきた、その中身を見てそんな感想がすぐ頭から吹っ飛ぶ。杖からびちゃんと、赤いぶよぶよとした粘膜を纏った長いものが地面に落ちる。
なんだ、あれ?
どこかで嗅いだ事ある臭い。
そしてなんだかわからないものに目掛けて、舞台幕から背中に両手を組んで歩く女性。
身体にタイトな肩出しの黒色な服を着ていて、下はダメージジーンズを履いている。髪は抑えめのショートな赤茶色、パーマをかけたのか毛先は緩やかなカーブがかかっている。
――だが右の横髪が攻撃的な真っ赤のメッシュの為、まったく抑えめではない。
そしてその赤とは対局的な青いヘッドホンをしている。照明によってかわからないが、肌色より褐色な肌に見える。
身長は、顔つきはと、私が観察している間に、世辞沙也夏はしゃがみこんで杖から出された『もの』を興味深そうに見ていた。
しゃがみこんでいるのにも関わらず、背中にある両手を見る限り、手錠で両手を縛られているのがわかった。そして興味深そうに、興味深そうに、その『もの』を見つめるため身体を傾ける。
『もの』と世辞沙也夏の唇が接触した。
世辞沙也夏。
あの忌み嫌われる世辞の子。
人食いの家族。
私は理解した。
この臭いは焼肉屋で嗅いだことがある。
それはホルモンの臭い。
あの赤い長いぶよぶよは、手頃な長さにした人の大腸だ。
這うような格好で、生の人の大腸を食らい、あっというまに飲みこんだのか立ち上がった。舞台の光にあたったからだろうか、人食い、世辞沙也夏の瞳が。赤く、煌めいた。
「さぁ外道共、あたしの食いっぷりに拍手はないのかなー」
赤く濡れたどこからどこまでが唇かわからない彼女の口が動いた。
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