表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めかくし  作者: 初心者マーク(革波マク)
音楽会場編
47/53

47

智パート突入!

僕は夢を見ていたのだろうか。

それとも今僕は夢を見ているのか。




『めかくし』47




今、何時だろう。俺はぼんやりとした頭の中でそんなことを考えていた。体内時計というのが人間には備わっていると言われる。俺も最初のうちはお腹が空くタイミングや尿意の頻度などで計っていたのだが、感覚が麻痺してきたことや、時間を把握する必要性がわからなくなってきたことなどでもう計るのをやめてしまっていた。


「これはもう人としての扱いではないな」


俺はぼそっと誰も聞いていないだろうが、そんなことを呟いていた。そう人としての扱いではなく、プラスで捉えれば世界遺産並の丁重さ。マイナスで捉えれば罪人並の拘束度だ。そんな考えに至ってからろくにご飯もトイレにいかせてくれないこの現状に、俺は後者の扱いで間違いなさそうだという考えに行き着いた。


現に俺は、実の父親、そして好きな女の子の兄から『兵器』として扱われているのだった。本当に笑えないな、と思いつつ俺は唇を曲げて失笑していた。俺、七宮智という人間の一生はどこまでも滑稽で、難儀なものだった。


今の俺の状態を客観的に説明するとすれば、四肢は、足枷と手枷により椅子にピッタリくっつくように固定されていて、身動きがとれない状態にある。服装はヒートテックにスウェットのようななるべく身体を締め付けない素材のものを着ていた。そして自分の目は鉄製の『めかくし』によって塞がれていた。最初は冷たい感覚と重たさに嫌悪感があったが、もう慣れてしまっている。


そうした何もできないような場所で、不衛生そうな使い古した個室に連れてこられ、ずっとここに監禁され続けているのだった。こんな状態になってから俺は何もできない中で、必死に『脳内』は動かし続けていた。


ここから出たら何をしようか。一日全部使って漫画を読んでいたい。パソコンでネットサーフィンし続けるのも悪くない。そんなくだらないことを俺はずっと考え続けていた。しかし、俺が望んでいることはそんなことではなかった。



また、あの二人と会いたい。



本当は気になっていることなんて山ほどあった。唯ちゃんは今どうしているだろうか、ちゃんと学校に行けているのだろうか、庵君としっかり打ち解けることができただろうか、沙也夏ちゃんも一人で置いてきて大丈夫だっただろうか、家に置いてあるお金をちゃんと活用できているだろうか……。


しかしそれを考えるのと同時に、庵君、軋轢などの『五感家』のことが頭の中をかけまわるのだった。そして相手を責めるような気持ち、自分を利用しようとする者への恐怖心、挙げたらキリがないほどの感情が俺の中で渦巻くのだった。



『かちっ、こちっ』



「………………!!」


その時、何も聞こえないはずの閉ざされた空間の中で、『振子』の音が聞こえた。俺は耳を塞ごうとしたが腕が拘束されているせいで何もできなかった。一回だけでは済まされない、数回の振り子の音が俺の身体中に響いていく。五感を遮断されている中で、貴重であるその音は、必要以上に俺の感覚が拾っていた。


『振子』、それは母方の七基による能力である。詳しく説明するのなら、殺す者から『かちっ』と鳴り、その手で死ぬ者から『こちっ』と鳴る『命の振り子』を聴く一種の未来予知の能力である。


俺はこの音が怖くて仕方がなかった。なぜかといえば、父親である軋轢が硫酸の入った浴槽に身体をつけて自害したときに初めてこの音を聞いたからだ。それ以来、身近の人間と濃い関わりをすることが怖くなって、俺は自分の殻に塞ぎこみ続けていた。父方からも母方からも命を奪われる立場の中で、情報を武器に、俺はただ自分のことだけを考えて生きていた。



そんな俺に変わるキッカケがあったのだ。俺は『振子』から意識を少しでも遠ざけるために過去を少し思い返してみることにした。



ある日、俺の元へこんな情報が入った。それは『匂神家を殲滅し、家出中である匂神の娘も駅にて殺害をする』というものだった。俺は匂神家の場所を特定していたので、そこから『かちっこちっ』と何回か振子が響いたところからまず情報は間違いないと思った。


そして駅から音が鳴ったので、俺はしばらくチロルチョコを積み上げながら思考をする。俺はとある考えをじっと疑問のまま残していたのだった。


『かちっこちっ』と音がした後で、俺が自ら手を下して、その振子により死の宣告を受けた人間を、助けたとしたら一体どうなるのかということだ。それはタブーとして俺になんらかの天罰が与えられるのか、そしてもしかしたらその罰により、この能力が剥奪されるなんて都合の良い展開が待っているかもしれない。


俺はずっと実行したらどうなるのか気になっていたのだ。だから俺は上着を羽織って駅へ急ぐ。馬鹿みたいな人の群衆をくぐり抜けて、俺はジャージ姿でエナメルバックを肩にかけたポニーテールの少女を見つけたのだった。神様を裏切るような背徳感に酔いながら俺は荒くなる息を抑えて、駅のホームまで追跡を成功させ、自動販売機の影に隠れ、様子を伺っていた。


歩行者ブロックよりも電車側をフラフラと歩いているジャージ姿の少女は、鬱蒼とした表情をしていた。家出をしていた匂神の娘という情報を知っていることもあり、負のオーラがひしひしと伝わってきた。そんなことを考えているうちに、彼女の後ろを金髪の男が通った。間違いない、あれは刺宮の拷問役、刺宮憲の姿だった。彼は悪気が全くなさそうに少女の肩甲骨あたりを押して、少女を線路へ突き落とした。


五町の加護を受けているのか、憲は誰にも注目されるわけでもなく階段を下っていき姿をくらませた。少女は立ち上がり腕を伸ばそうと必死にもがいている。俺はそれを目の前にして、一瞬怖気づいていた自分がいた。だがここで止めてしまったら俺はずっとこのままだと思った。


俺は電車の線路を轢く音を聞きつつ、駅のホームから飛び降りて、そのまま少女を抱きかかえホームの下にある溝に逃げ込む。野次馬達は俺の動向に驚くことはしなかった。憲の存在を消していた五町の力を受けたのかはよくわからない。しかし俺はそのまま抜け道を通って彼女を自分の家まで連れて行くことに成功したのだった。


「さよなら、私の世界」と轢かれる前に少女はショックで気を失っていたのだが、口だけ動かして確かに少女はそう呟いていた。俺はその言葉を聞いて妙な気分になった。自分のやってしまったことが果たして正しいことかわからなくなってしまったのだ。


それでも俺に天罰が下るわけでもなく、少女、匂神唯と時には殴ったり、時には暴言を吐かれたりをしながら俺と唯ちゃんは沙也夏ちゃんを迎えて、過ごしてきた。



だからこそ『振子』の音が恐ろしくて仕方ないのだ。近場で聞こえるこの音に、その二人が関与している可能性だって充分にありうる。父親である軋轢が関わっているのは間違いない。いくら自分をこんな目に遭わせた張本人と言えど、やはり憎みきれるものではなかった。腐っても父親は父親だからだ。


いつも補聴器をつけて近くにいる人との会話に意識を集中できるのだが、それも補聴器も会話を共にしてくれる人間も取り上げられて、俺はただ重たいこの音に耐えているしかなかった。


さぁ、次は何の妄想をしよう。この暗い気分をはね飛ばすような滑稽な想像をしたい。どうしよう、いいネタがない……そう思っていた時だ。



『振子』が、『暴走』をしたのは。






>48

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ