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皆悪くないよ。
だから私も悪くないの。
『めかくし』33
「でかい口を叩いた割に、しかけてこないのね? つまらないわ」
「そんな雅ちゃんもズドンと一発僕ちゃんを撃っちゃえばいいだけじゃん?」
キラキラと光る演奏ホールに人形が二人。
ワイヤーの中を踊るには、まだ時間がほしい様子だった。
お互いのタイミングを図りながら、言葉で牽制を続けている彼女達だったが、スーツを着ている銃を持った女はこの状況を打開しようと口を開く。
「……愛美ちゃん」
「な、なに? 名前呼ばれると肌がトリトリなんだけど」
全身黄色の愛美は、怪訝そうな顔をして雅の次の言葉を待っていた。それが罠であると確信しているかのような様子だった。雅はそんな愛美にこんなことをつきつけた。
「もし貴女のマスター、庵君にセックスしてほしいとせがまれたら、どうする?」
「はっ!!?」
雅の問題発言に、いつものキャラを忘れて叫んだ。しかし雅は至って真面目な顔で銃を構えつつ尋ねていた。答えなかったら撃ちそうなほどのシリアスな様相だ。愛美は気を取り直して、エッへンと咳払いをした。
「もちろん、庵は冗談だと思ってるけど。僕ちゃんはしっかり庵のこと好きだし。大事な人だし。うーん、簡単に言えば、庵のためならなんだってするよー。身体だってあげるし」
愛美はそう言いながら少し恥ずかしくなってきたのか、語尾が段々小さくなってきた。雅はその答えを聞いて咀嚼するように、唇を動かして頭の中だけで復唱した。
そしてその後に雅の浮かべた表情は、口を三日月型に曲げた『嘲笑』だった。
「あんたは結局そんなもんってことね」
「いちいち癪にさわる言い方をするねー、じゃあ雅ちゃんはどう思うわけかな?」
「私もお父様に全てを捧げるわ」
「はぁ」
愛美は質問されたときの驚きで出てきた「はぁ」とは違う、イラつきの混じった声で「はぁ」と声を漏らした。
「何、一緒の答えで僕ちゃんを見下すってわけかな、それちょっと意味がわかんないかなー」
「もちろん一緒だと思っていないわ。これを聞いてよくわかった」
雅はそんな愛美の様子をなんとも思わないのか、表情を変えずにそう言った。愛美はその言葉に顔をあげる。
「愛美ちゃんは、庵に依存しているだけだとは思わない?零計画を成功させたい、でもなぜ成功させたいの? なぜ愛美ちゃんは五感家の能力を捨てたいのかしら」
「……話が飛躍しすぎて僕ちゃんにはわからないなぁ」
愛美のいつも通りのあっけらかんな声色が、微かに震えた。
「わからないかしら、ならはっきり言ってあげる」
雅の言葉は音楽ホールの性質を借りてか、反響をする。王の宣告を連想させる仰々しい雰囲気を漂わせていた。愛美の顔が一瞬こわばった。
「『妄創』の能力で埋もれた、自分自身取り戻したい。違うかしらね」
この言葉を聞いた、真っ黄色の某ネズミの衣装を身にまとい、化粧をしている女は目を見開く。
「合ってるか間違ってるかは聞かないわ。それでも一言、言わしてもらうわ。甘えないでちょうだい。いくら理由をつけても、人に依存する限りあんたは囚われたまま」
雅はそれまで言ってから、銃を構えなおす。棒立ちになっている愛美へ黒く光る銃口を向けた。
「私は、私という人間を育ててくれたお父様を愛しているの。依存しているだけのあなたに負けるわけにはいかないわ」
バン
乾いた音が鳴り響く。
しかし、愛美がそんな簡単に命中するはずもなく、先ほどと同じように茶色い煙が立ち込める『砂かけ』を行っていた。雅はそれをしっかりと想定していたのかワイヤーをコントロールするためか右足を大きく前に踏み出す。
その瞬間に細やかに張り巡らせたワイヤーが重なり合ったのか、黒板に爪を立てるような劈く音がところどころから聞こえる。それらは愛美を全方位から絡め取るための綿密な『蜘蛛の巣』だった。
計算し尽くされたものだった、だが雅は煙の中で顔を曇らせる。四肢全てで操るワイヤーにどこにも愛美の感触がない。愛美がかかったとしたら、突っ張る感覚が雅の身体にあるはずだった。
おかしい、雅がそう思ったときに、背後から『声』が聞こえた。
「甘すぎるんだよねぇ」
雅の背後から、胸元にかけてぬっと細い腕が伸びる。そして腰骨あたりに鈍色の『ジグザグ』が見えた。雅は、冷水を浴びたような悪寒と、胸にあたる物理的な刃の冷たさに危険を感じる。避けるために身体をねじったときには、上へその刃が、『鉄尻尾』が引き上げられていた。
「あぁぁっ……!!?」
ザリィッと肉を巻き込んで切り裂くその音と、痛みより先に伝わる激しい熱に雅は絶叫をあげる。愛美はそのまま雅の背中を蹴り飛ばす。その瞬間裂かれた部位が反る形になり、思い出したかのように血が吹き出した。
それでも雅は震える足で傷にそっと触れてから立ち上がり愛美を睨む。その際に左手を腕を振り下ろして、右手の拳を握った。どうやら次の斬撃に対して自分を守るため用のワイヤーの配置にしたようだった。
「自分自身があることはそんなに偉いのかなぁ? 今、それに固着してて身体刻まれちゃってるのわかってるのかなぁー」
愛美は剣先についている真紅の血を指ですくいながら、不思議そうにそう呟いた。雅が自分を守るための蜘蛛の巣張りにしたのがわかったらしく追撃はしなかった。
「僕ちゃんは毎回違う戦術ができるからねー!強いんだよ。でもできればね、僕ちゃんだってこんな戦いしたくないんだよ」
そして痛みに息を荒くしている雅を見ながらも、まるで独り言かのように呟いていた。
「だから僕ちゃん達の時代で戦いを終わりにするの。みんなみーんな『零』にするんだ。それならきっと皆幸せになれる。そのために僕ちゃん頑張らなくちゃ、負けるわけにはいかないの」
『鉄尻尾』からポタポタと雅の血液が垂れる。愛美の左頬から同じ側の鎖骨にかけても同じ色の液が流れていた。
「さぁ、どうするのかな。このまま篭城戦かなー? それでもいいけど、雅ちゃんの身体の中の体力が底をつきるのが目に見えてるんだけど。下手な演技はやめて、そこんとこ答えてよ」
追い詰めたと言わんばかりの顔で言う愛美に、雅は薄く笑った。さきほどの痛みに悶えるような素振りはまるでなかったかのような変わりぶりだった。
「……ふふ、そうね」
雅は、傷をかばうような様子は見せつつ、その表情は傷を受ける前に戻っていた。
「『壊楽』の能力者ってことも僕ちゃんはしっかり覚えているんだからね?」
「私の能力に関してもしっかりチェック済みってわけね、怖い話だわ」
そう、雅は『壊楽』と呼ばれている能力の保持者だったのだ。
『壊楽』、触れるものへ快感を与える能力。それは雅自身の身体にも同じことが言える。雅が傷に自分で触れた時点で一種の鎮痛剤として『壊楽』が使われていたということだ。
雅に痛みがいくらか無くなっているとはいえ、血は流れ続け状況が悪化し続けるのは間違いなかった。だからこそ雅は顔を上げ、ある言葉を発した。
「なら私も、ここで決着つけようかしらね」
雅は苦しい状況であるはずなのに、まるで対等かのような口ぶりでそう愛美に言った。
「あの……自害か、僕ちゃんに殺されるか、とか。そんな選択肢だと勝手に思ってたんだけどなー」
愛美もそれは思いがけないことだったのか、目をパチクリしながら雅の言葉を聞いていた。その反応を予測していたのか雅は重傷の中でも余裕をのぞかせて笑った。
そして雅は手に持っていた銃を地面に落とし、軽く蹴り飛ばす。黒いボディはクルクルとまわってそのまま愛美の足元にカツンと当たった。
愛美の足元にピッタリ蹴り飛ばすセンスは素晴らしいものだ、と感嘆を漏らしている場合ではなかった。愛美にはそれの指す意味がわからなかったのだ。
「安心しなさい、私用にもう一つあるから」
雅はそう言って腰の横についていた予備の銃を取り出す。雅を目を細めて目の前にいる怪訝な顔の愛美に笑いかけた。
「一発きっかりで勝負しましょう?」
まるでゲームをするかのように、楽しげに雅は愛美へ微笑んだ。
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