32
相容れないからって、排除していいわけじゃないんだけどね。
ちゃんとわかっているのかな?
『めかくし』32
ここは、ひとつの音楽ホール。
演奏会場の核になる場所である。遠くにある天井を眺めながらアハハと乾いた笑いを漏らす。
腕を大きく広げても届かないとはいえ、所詮それだけの話であって『天井』があることにはなんら変わりはないのだった。
自由だと言われているくせに結局それに限界というのがあるのと同じように。
「きましたね」
そこにはスーツを着て長い髪をなびかせている眼鏡をかけた女の姿。
よく見るとワイシャツを着ないでスーツを直接羽織っていて大胆な服装をしている。
そして彼女はマスクをつけていた。
白と黒の単調な色使いである。
そんな女性は舞台の真ん中で仁王立ちをしていた。
その表情は厳しく、身体から湧き出すような闘志、殺意が漂っていた。
その女性の見下すような視線の先には男女のペアがいた。そのペアはカップルに見えるかといえば、そうでもないがただの友達同士という雰囲気というわけでもなかった。
戦友というのが表現に正しいのだろうか。
男女ペアの男の方は、女性の剣幕に怯むことなくにっこりと微笑んでいた。
優しいその表情は状況さえ違えば、平和的なものだっただろう。
しかし、怒れる女性に対してこの笑顔だと意味合いは当然変わってくる。
それは彼の彼女に対する挑発だった。
「あれ、おかしいですね。補佐である貴女ではなくて、刺宮の家長がいる予定だったんですが」
そしてマロ眉を垂らして、困ったようにその男は呟く。
その呟きに、舞台上のシンポジウムを進める司会者のような服装の彼女は不機嫌そうに腕を組む。
「お父様は死神だけを先に進めなさいと言ったので。だから私は貴方をどうこうするつもりはありません。どうこうできるものならしたいですがね」
「ん?っていうことは僕ちゃんに用があるってことだね?雅ちゃん」
殺気だった女性の言葉に横槍を入れるように、全身黄色の衣類を身につけた女の子が無邪気な様子でそう言った。口から出た言葉の内容が自分を殺すというものだというのに、大したことでもないような顔をしていた。
雅と呼ばれた女性は、凄みのある視線で二人を睨む。三人でいるのは広すぎるこのホールで重たい沈黙が流れていた。
「……さっさと行ってくれないかしら、本当ならお父様の手なんて汚さずに私が処理したいですが、それには少し私が実力不足のようなので」
「そうですか?私ほど非力な男はいないと思いますがね、どうやら貴女には『統臭』がきかないようですし。私のために鼻を潰したってところですか」
「……」
その言葉を聞いて、黄色の女の子は思わず目を見開いて女性のつけているマスクを凝視した。その視線が嫌なのかそっぽを向いていた。
「それなら私もこんなとこで無駄に命を使いたくないですし、お言葉に甘えてこの先にいかせてもらいましょうかね」
男はそう言って、スタスタと女性の横を通り過ぎる。黄色づくしの女の子は目を細めながら男の行く手を見届けていた。
「庵、すぐ僕ちゃんも行くから待っててねー」
「はいはい、しっかりこのホール全面に張ってあるワイヤーに気をつけるんだよ、愛美」
庵と言う名であるその男の、オススメスポットを紹介するような口調で言った言葉に、雅の眉が微かに動いた。反応するつもりはなかったのだろうが、生理的なこの動作は隠しようがないものなのだろう。
「雅ちゃんはワイヤー時々銃の使い手で、『壊楽』の能力者なんでしょ?それにくらべて僕ちゃんは変幻自在の『妄創』曲芸師!うつくしーく勝利を飾ってあげちゃうよん!」
「愛美、期待してますよ」
そう言って庵は雅が示した通り道をワイヤーに臆することなく進んでいく。その姿は王様が玉座へ歩いていく様のように堂々としていた。真っ黄色な少女、愛美はそれを熱烈な国民のように庵の後ろ姿が消えるまで手を振り続いていた。
「…………」
雅はしばらくその様子を見ていたが、観察するのに飽きたらしく右手をひょいと挙げた。その瞬間何かが切れたような音が鳴る。それが何かを知るには聴覚が卓越したものしか知らないだろう。
「うっわぁ!」
愛美はぎょっとした顔をして思い切りしゃがみこんだ。そうしたときに某電気鼠の特徴でもある角のような耳が3分の1ほどスッパリと切れた。
聴覚は優れていなくても視覚に長けている『透藤家』の一員である真っ黄色の少女には『それ』が見えたのだ。あっという間に命を奪うワイヤーの光をだ。
「おっそろしーなぁ、行くよーくらい言ってからやってほしいよ。もうプンプンだからね」
愛美は抑揚のある声でそう言ってから、屈んでいる状態から黄色いベルトで背中に固定された、ギザギザの形状である尻尾のようなものを外し右手に持った。
そして尻尾のようなものについているボタンを取っていく。そして黄色い革製のものを剥ぐとそこにはギザギザな形状はそのままの刀身が姿を表した。
黄色い革製のものは鞘だったのだ。そこから大きいギザギザの刀身がある両手剣が出てきたのである。
「僕ちゃん特注のソードブレイカーだよーん、銀色に輝く尻尾型のボディ!その名も『鉄の尻尾』(アイアンテール)!!これで雅ちゃんをやっつけちゃうのだ!」
ソードブレイカー。
通常の刃ではなく、敵の剣を受け止めてへし折る機能を持たせた武器の総称である。もっとも、その使用には相当の熟練技術が必要とされる。敵が大きな剣では、刃の部分を折ったり封じることはできても、剣全体を使用不能にするというわけにはいかない。
それが鈎や櫛状などのオーソドックスなものではなく、愛美のもつギザギザな形状のものを使いこなすには、相当の実力が必要だということである。
しかも何より雅の持つものは剣でもなく、ワイヤーと銃だというのが本末転倒の大問題なわけである。雅もそれがわかっているのか、思わずため息をついていた。
「まぁいいわ。私的には貴女を始末するのは最短時間がいいのだから。この手をかけることさえもったいなく思いますからね」
雅は表情一つ変えずに、銃口を向ける。銃の扱いには慣れているのか女性の腕には重たいはずの銃もぶれることなく愛美へ向けられていた。
「おっといきなり僕ちゃんピンチじゃなーい?」
バン
「うっわぁー!だから何にも宣言せずに撃ってくるのやめてって!」
バン
バン
バン
雅は無表情のまま、愛美へ銃を撃ち続ける。しかし4発目を撃ったところで雅の表情に変化が表れた。それは苛立ちに近いようなものに変わっていった。
愛美は一発目の発射とほぼ同時に茶色の煙幕を放ったのだ。それに対して雅は、ワイヤーの張ってある場所も考慮して愛美が移動してそうな箇所に三発撃ったが、手応えがなく舌打ちをした。
「『すなかけ』って技があるんだよ、雅ちゃん知ってた?」
するとやはり銃弾は命中しなかったのか愛美はニコニコと笑って、一発目よりも大分右のほうに移動をしていた。
「こんな慣れない武器だから自分をおちょくってるって思ったら大間違いだよ?」
愛美はそういうと無邪気な表情のまま、雅をじっと見た。それはまるで獲物を定めるようだった。そして殺気というよりも闘志を漂わせて『鉄の尻尾』の切っ先を遠くにいる雅のほうへ向けた。
「完璧な想像で、完璧に創造できるから『妄想』って能力なんだよ、あんまりなめないでほしいかな、僕ちゃんだって『零計画』を遂行するのに忙しいんだから」
「ふーん、笑わせてくれるわね。私もお父様の勇姿を見に行きたいの。覚悟しなさい」
透藤家と刺宮家。
庵の崇拝者と軋轢の崇拝者。
零計画と五感家の繁栄。
相容れない二人の女の戦闘が、始まった。
>33




