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めかくし  作者: 初心者マーク(革波マク)
音楽会場編
31/53

31

今回の視点は一般人でございます。



我こそが幸せを手にするものだ。

お前らなど朽ちていればよい。




『めかくし』31




「やっと今日ですか、誠に軋轢様はお祭りごと大好きですからね」


私は自分の反響する声を聞きながら、緊張でつっぱった顔をしていました。なぜこんなに声が反響するのかといえば、この空間は『声を観衆に届ける為に作られた場所』だからだと思います。


ここを刺宮家の巣にするのは、軋轢様が特別にお気に召したからなのでしょう。手の届かない教祖様の心を汲むことはなかなかできない。それでも私は『刺宮家の民』としてこの場の見張りをしているのです。


刺宮家というのは三つの階級に分かれています。

軋轢様に一番近い存在なのが雅様と倦様と憲様の『幹部』です。

そしてその下ではあるが、刺宮家がただの宗教団体ではなくまた五感家の存在に対する知識があり戦うことができるのは『民』と呼ばれます。

さらにその下が、軋轢様は神として五感家の能力を神通力か何かに勘違いし崇拝している人々を『信者』と呼んでいる。


私は『民』として軋轢様に全てを捧げている人間です。

刺宮家こそ繁栄するべき種族。その邪魔をする他の五感家を許すわけにはいかないのです。


私は白髪のまじった髪を風になびかせながら、眼鏡越しであたりを見回していました。

堅苦しいスーツ姿で銃に疎くて名前はわからないが実弾の入った鈍色に光る銃を両手で握り、綿密に、微かの変化にでも築けるように意識を集中させていたところです。


裏口ともいえるべき場所から、くぐもったような声が聞こえたような気がしたのです。

ぶわぁっと鳥肌が立ち、毛穴から汗が噴き出るのを感じました。


その方向を見ると、二人のシルエットを見たのです。


一人は細い長身の影であり、もう一人はというと簡単に言葉で言い表せない。

特徴を上げていくと、小さい女の子、長い尖った耳、垂れた尻尾の影。


人間には思えない影ではあるのですが、それが影ではなく光に照らされ実物として私の目に映りました。

カジュアルな服を着た男に、無知な私には『コスプレ』としか表現できない女の子の某電気ネズミの目が痛くなる黄色い服装を来ていました。


「何者なのですか」


『信者』であればフザけた二人組の格好に気を抜くところなのでしょうが、『民』である私にはそのような格好だからこそ嫌な予感しかしませんでした。


「何者、ですか。それを聞かされていないのなら刺宮の家長からの貴方の信用は、それまでだということなのでしょうね」


「ほんとだねー!僕ちゃんもあんぽんたんだけどそのくらいはわかるんだチュウ!」


「なんですって……?」


二人組の私を煽るような言葉に、私は処分してもいい対象だという判断をしました。生きて捕らえ拷問役である刺宮憲様に手渡すのがベストアンサーだったのかもしれません。


しかし、この時の私にそんな考えはなかった。衝動的に両手に包まれていた銃を二人組の、男の心臓へ向けたのでした。罪の意識なんて頭からすっぽりと抜けていました。



バズンッと激しい音が耳を叩き、私の身体が後ろに引っ張られる。

……はずでした。



「かっ……ふ!?」


銃の引き金を引く力、いや立つことさえができなくなり片膝をつきました。

いきなり息ができなくなったのでした。今まで銃を握っていた両手で自分の首を抑え、痙攣を起こす喉を必死で抑えました。声にならない声を上げて口の端から唾液を垂らしたのです。


酸素が行き届かなくて思考が止まっていく中で、今自分が上げている声は先ほど聞いたくぐもった声と同じものだと気付いたのでした。


「ぁ…お、まえ……」


「こんな素晴らしい香りを死ぬ前に嗅げて良かったですね。それだけで生きた価値があったということですよ」


男は短い眉を山なりに柔らかく曲げて、朗らかに笑いました。

それはこの世のものとは思えないほど残酷な笑みでした。例えるなら死神というところでしょうか。


「さぁ、ここまでの評価はまだ六十七点くらいです。愛美、まだ電気はしっかり蓄電しててくださいね」


「大丈夫だよ庵!僕ちゃんが『零計画』を最高の演出で達成させるからね!」


二人組はまるで遠足に行くかのような軽い足取りでそのまま、私のことなどまるでなかったかのように横をすり抜けていった。


つまりは私に止めを差す必要もないということなのでしょう。

軋轢様が呟いていた『匂神の死神』とはあの男のことだったのかもしれません。


全く歯が立たなかった自分と、軋轢様の身を案じながら苦しさを通り越したふわふわとした感覚のまま意識を手放しました。



天国って一体どんなところなのでしょうか。

五感家の人間も、ただの人間も、障害を持つ人間も等しい世界なのでしょうか。

だとすればきっと彼方では争いごとは起こらないでしょうね。

まず天国ってあるのでしょうか、地獄というものも怪しい概念ですね。

もしかしたら輪廻転生してまた軋轢様や皆のもとに帰れるかもしれませんね。

あぁ、視界が開けました。どんな景色が広がっているでしょう?



「よ、よかった……生きてるみたいですね。『統臭』を『無臭化』したかいはあったみたいですね」


「は……」


この際死んでしまって新しい景色に期待を膨らませていたにも関わらず、目に写ったものは天井が広くて声が響く先ほどの演奏会場でした。そして私を覗き込む女の子を見て本能的な恐怖を感じおののきました。


その本能というのは何分前かはわかりませんが、死神との遭遇で培った『マロ眉恐怖症』が発症したのでした。女の子は先ほどの男とどこか同じ匂いを感じたということもありました。


しかし、だとするとどうも辻褄が合わないのです。

男は私を殺そうとしましたが女の子は私を生かそうとしたみたいなのでした。


「ほんと唯は優しいんだからー」


隣にいた女性は少し困ったように、唯と呼ばれたマロ眉を持つ女の子を見て笑いました。その女性はゆるくかかったパーマに赤いメッシュという印象に強い外見です。


私は垂れ流した唾液を服の袖で拭きながら、どうにか立ち上がりました。


「なぜ、私を助けたのですか……?貴女達も刺宮の人間ではないでしょう?」


「私は庵兄の暴走を止めるために、大事な人を守るためにきたんです。別に刺宮家をどうのこうのなんて考えてません」


そう答えた女の子は凛としていた。幼い容姿に似つかわしくない表情を見て私は黙り込むしかなかったのでした。


助けてくれたという状況と、女の子のその態度に敵だと一蹴することができない何かを感じました。私はすっかり機能が低下してしまった喉から搾りだすように声を出しました。


「今すぐ立ち去ってください、私は貴女を殺したくないです」


私のその言葉に、女の子はしばらく沈黙しました。

私は銃を握りながら次の彼女の言葉が出るのを待ちました。


そして彼女の口が少し空いたと思ったときには、ごッと鈍い音が口の下あたりで聞こえました。その後に目の前が人の足で視界が遮られていることに気付いた。


首に、派手なもう一人のインサイドキックが突き刺さったのでした。

死ぬ気はしませんでしたが、意識を手放すには十分な衝撃でした。


あぁごめんなさい軋轢様。

改めてもう一度懺悔をしました。


「そうやって甘ちゃんでいると足元すくわれるわよー?」


「あ、は、はい。そうですね」


倒れて下斜めから見る視界で、女の子は中華刀のような長い刃渡りのナイフを取り出しました。そして女性のたしなめるような言葉に頷くのでした。



キィィィン



そのナイフから金切り声が上がりました。それは馬の嘶き声のような黒板を引っ掻く音のような、形容しがたい音でした。その音と共に、その女の子の表情を一変したのです。


それは先ほどの暗い影がありつつも凛としていたものではなく、私を蹴りつけた女性に近い、獣のような獰猛さを滲み出したものだった。


何か『薬物』のようなものに反応したような豹変ぶりでした。


そして先ほどの二人組と同じように、私へ止めをささずに女二人組も横切っていきました。

一体この『演奏会場』で何が起こってしまうのか不安を感じながら、それを表現することさえもできずに刺宮の『民』である私は……気を失いました。


ついに抗争が、始まりました。






>32





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