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3

戦闘シーンて

むずかひーね。



かちっこちっ


僕の世界を誰か止めて。


そうじゃないと、この音は鳴りやまないんだ。


僕が死んでも音は止んでも世界は続くだろうけど。




『めかくし』3




「俺トイレ借りたいんですけどー、早く入れてくれないと漏らすぜぇ?無臭化したって気分悪ぃでっせせせ」


扉の前で鳶色の瞳を持つ刺宮憲は、股間をつかんで下品に笑っていた。


私ははっとする。

画面に映っている男は、昨日線路に突き落とされた時に視界の端に見えた顔だったからだ。


刺宮家の子。

私を殺そうとした人物。

もしかしたら匂神家…私の家族を殺した犯人かもしれない。


「唯ちゃん……落ち着いて」


私の前にいる異端児、七宮智は真面目な顔をして唇の前に人差し指を立てた。


相当殺気だった顔をしていたようだ。


「落ち着いていられるわけないでしょ!」


私は叫ぶように言い、エナメルバックから武器になるものを取り出した。


準備に急ぎすぎてテーブルに置いてあった、桃の天然水のラベルが貼ってあるペットボトルが倒れ中身が溢れ出す。


それに気も止めなかった。


「憲君、僕にはいまいち扉を開けなきゃいけない理由がわからないよ。自殺行為じゃないか」


「おしっこしてもいいわけ?」


「ご自由にどうぞ」


「ふーん、あっそー」


憲は心底つまらなそうに智の反応を聞いていた。そして味がなくなったような薄い色のガムを吐き捨てる。だが、また違う玩具を見つけたかのように、爛々とした眼をしながら話を始める。


「でも智ちんも唯ちんもさぁー、窒息死よりは扉開けちゃったほうがいいんじゃないの?」


「窒息死?」


「じゃじゃーん!『匂神殺しの酸素食いの香』!!」


憲はそう言い、小瓶を取り出してにやっと笑った。私はその言葉と小瓶に目を見開き耳を疑う。


『酸素食いの香』は自殺する時に使われる、苦しむことなく死ねるのでこの世界では主流になっている。そして、この香は私の『無臭化』の効力は全く効かない。身の危険はもちろんのこと、私はその小瓶を見て絶句した。


汚い字で書かれたラベルの貼ってあるその小瓶は、自分の家に置かれているものだったからだ。これは一番最初に作られた『酸素食いの香』だと断定できる。



なぜならあれは、私の兄、匂神庵(におがみいおり)が初めて作ったお香だからだ。この小瓶があるということは、刺宮憲が私の家を……。


「あーあ、先に開けとけばよかったのに。唯ちん泣きそうじゃん。俺マジ悪役でっせ?」


「…憲君、窒息死はしたくないからさ。鍵開けるから入って」


私が深く暗い思考をしていると、七宮がそう言ってボタンを押した。

そして座りこむ。


「唯ちゃん」


「…………何?」


「……ううん、なんでもない」


私は七宮を見てぎょっとした。

まだ昨日今日しか絡んでいないけれども、いつもニヤニヤしかしてない人だと思っていた。


彼は表情をなくし、焦げ茶の瞳を澱ませ目を吊り上げている。



怒ってるような顔だった。



「お邪魔しまぁーす!へへへ、智ちんよぉ、どうだぃ?かちっこちっ聞こえるか?」


憲は扉を開け、初めてきたところに興奮したような声をあげた。


そして微かに声が震えているようにも聞こえる。



ガチャッ



私は一番近くの扉が開く音がして、身構えた。


憲の茶髪の先が見えたかどうかのあたりで、七宮はいきなり入ってきた憲の首を両手で掴んだ。


「ぅがっ…………!」


「よく聞いてね憲君。憲君から、かちって音がしてねぇ……唯ちゃんから、こちって音がしたんだよ。憲君なら意味わかるよね、残念だねっ」


「はぁ!?じょ、冗談だろっ……?」


「僕は嘘言わないよ」


七宮の戯言のような言葉に、憲はムキになって叫ぶ。


なんでだろう、ひどく動揺しているように見える。


「へへっ……まぁ、いいさ。ばらせば、いいんだろ!」


憲は首が絞まってゲホゲホ咳こみながらも、楽しそうに笑った。その瞬間左手で七宮の右肩を掴み引っ張って、梵字の入れ墨が彫りこまれた右手の甲で七宮の脇腹を殴った。


殴ったというよりも、突き刺したというほうが表現が正しい。骨がない場所にも関わらず、バキッと嫌な音がなる。七宮の口から血が吹き出し、崩れ落ちた。


「七宮っ!!」


頼りにならない!っと思わずそんな言葉が溢れそうになるが、そんな雰囲気じゃなかった。七宮は肩で息をするように上下させているが、呼吸音が全く聞こえない。


「『分解』」


「え………?」


「え、じゃねぇよ。俺、刺宮憲の能力ってやつ。人の部位を狙ってばらせる能力」


憲は獰猛な笑みを浮かべて、立ち上がった。もはや七宮には目にも暮れていない。目の前には自分を殺そうとした、そして恐らく一族の仇。


「う……ぅぅ…………!」


戦いに慣れているのが目に見えた、戦ってもいないのに勝てる気がしない。

足が萎えてへたりこみそうになる。


「おっと、俺を殺すつもりなんだろ?せっかくタイマンはれんだからよぉ、ちょっとは楽しませてくれよ」


憲は背中にしょっていたナップザックをおろし、私を見つめて楽しそうに笑う。


笑みを全く絶やさなかった。


「くっ……ぅああ!!」


私は喉の奥から声を上げ、果物ナイフを振り上げる。


「そうこなくっちゃね、唯ちん」


憲は楽しそうにして果物ナイフを後ろに避けてかわし、狭い部屋の最大限を使って横にスライドする。一瞬視界から憲が消える。


「透藤じゃなくても、これは見えると思うけどな」


そんな声が耳元で聞こえた。

右膝に激痛が走る。


「ぃっ…………!!」


下を見れば憲の足の甲が、膝の皿にめり込んでいるのが見えた。右足が全く使えなくなり、一気にバランスを崩し床に手をつく。


「へへへん!やっぱり智ちんのやつ冗談だったみたいだな」


憲はにやりと笑い、私の髪をぐいっと掴んだ。ピリッと頭に痛みを感じるが、膝の焼かれるような痛みが先行してあまり感じない。


「匂神は生温すぎるんだよ、だからこうなるんでっせ?自分を守れるくらい強くならなきゃ」


「く……しょ……う……」


「ん?」


「畜生っ……刺宮の人間に何がわかるっ! 私の全てを奪ったお前にっ……何も言われる筋合いはない!!」


私はそう言ってしゃがみこんでいる憲の太股に向かってナイフを突き立てようとした。それさえも対して太くない腕に阻まれる。



――殺すことで匂神を対等にするなんて、間違いだったんだ。



絶望的な状況で私は思う。

『分解』なんて反則技、物事を『無臭化』するくらいで破れるわけがない。


力の差はこんなにもあったのか。自分の考えの甘さを視覚で、触覚で痛感した。


全く笑えない話。情けなさ過ぎて、目からたくさん涙が溢れた。

溢れたといえば、机にある桃の天然水がポタポタと垂れていた。


「…………」


変な連想だが、泣いてぼやけた視界の中でそれが目に入る。



『無臭化』は『分解』に勝てるか?



もしかしたら。


「本当はお前の節々を直る程度にばらしてなぁ……俺が所属してる『アンチドッグズ』のボスに売り飛ばそうと思ってたんだけどな」


憲は私の心の転換にも気付かずに、そんなことを下品な笑みを浮かべ言う。


「まー、気ぃ変わったからさ。匂神の誇りを持って死ねるように処女のまま殺してやるよ」


憲の恩を着せるような言葉に、私は笑ってみせた。


「あはははははぁ」


「あ?」


憲は不満というよりも、眉をひそめ訳がわからないという顔をしている。


まぁ、笑うしかない。


だってね。

口と、いつのまにか鼻から血を出してひょろい眼鏡男が憲を後ろから殴りかかっているから。


すぐに憲は七宮に気付き、七宮の両腕を掴み楽しそうな顔をする。


「お前へばってたんじゃねぇのかよ!!」


「しばらくお浄土いったりきたりしてたんだけどねぇ……、組んだ子を置いてっちゃいけないと思って」


七宮は掴んでくる憲の腕を、自分も握ってレスニングの組み合いのような状態になる。


「へぇ何?智ちんと唯ちんもう男女の関係?」


「憲君は下品なことしか言えないんだねぇ。残念なことだよ」


そんな毒気のない会話をしながら、憲は私のほうを向く。笑っていた顔が、少しだけひきつるのがわかった。ナイフくらいをきっと想像していたのだろう。


私の右手にはナイフはもうなく、変わりに握られていたのは誕生日ケーキを連想させるチャッカマン。


「てめっ…………!?」


憲は予想のつかない、しかしただならぬ不穏なものを見て七宮の腕を振り払い私の右肩に向かって殴りかかる。例の梵字の彫ってある裏拳で。


「『静止』!!」


その時後ろで、七宮が叫ぶ。

それでも憲がそんなことを聞くはずもなく裏拳は私の肩に――



――ポスン、と当たった。



「なっ…………!」


憲は全く力の入らない自分の拳に、驚愕する。


その間に七宮は後ろから憲に抱きつくようにして抑え込んだ。


「『静止』。俺も刺宮の血を継いでるのは知ってるだろう?俺の能力は、触れた人間の部位を1分単位くらいで止めることができるんだよ」


七宮はすぐに憲から身体を離すが、憲はまだ抑え込まれているかのように動けないでいた。


「はぁ?……な、なんだよそれ」


「弱いと思うだろう?『静止』も『無臭化』も、でもねぇ」


そこまで言った瞬間、ゴポゴポと音が鳴る。私は少しだけためらったが、ペットボトルに入っているものを全部床に振り撒いた。そしてチャッカマンを床に押し付け、スイッチを押す。


「まさか……それ!!」


憲は俯いたままだから表情はわからないが、声で判断するに焦燥しているだろう。



ペットボトルの中には石油。

そしてここは密室。



「弱いものが掛け合わさったら、身の毛もよだつものができるかもよ」


火はあっという間に、よくわからない本や漫画類も手伝って四方八方に燃え広がる。


七宮はそれだけ言って、残酷な笑みを浮かべてから私を無理矢理背中におぶり、扉を開けた。


「この『静止』を止めてくれっ!! 火を消すだけでもいい! 俺助けとくとお得でっせ!! だっだから……助けてぇっ!!」


部屋のほうから悲痛な声が聞こえる。


「唯ちゃん、消しに行く?」


七宮は扉をまだ開けながら、私に尋ねる。


私は悲痛な声を遮るように耳を塞いで、七宮の背中に顔を埋めた。


「……ううん」


七宮は少しだけ間を置いてから、無言で頷いて扉を閉め外から鍵を閉めた。本当に高性能、というよりも七宮自身が改造したのだろう、外から鍵をかくたら内から開けられないらしい。


七宮は私をおぶって、まだ憲からのダメージが大きいのか腹筋に力が入れられないらしく、ゆっくり外に出た。外から見たら、恐ろしいことに何も変わりはなかった。


「七宮、あんたの部屋は一体どんな仕組みになってるわけ? 耐熱すごくない……?」


「まぁご愛嬌で」



ご愛嬌で許せるもんか。

そう言おうとした瞬間。


私は信じられないものを見た。






>4


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