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29

下準備編最終章。

今回は視点がシフトしています。

鏡に写ったオレはなんでそんなに全てを

持っているの?

ズルいよ、なんで、なんで。




『めかくし』29




「へっくしょい!」


匂神庵の妹である匂神唯が『酸素食いの香』を見て、右手の甲に梵字の入れ墨を持つ一人の男を連想させたとき、ちょうどその男は噂をされた典型的なパターンとしてくしゃみをしていた。


今日の彼は外出しようとしているわけではなく、いつもワックスで軽く立たせている髪も大人しくかった。そして彼の手には高校生が持っていそうなルーズリーフと、ルーズリーフをしまうファイル、そして筆箱があった。


こう見るといかにも真面目そうな人だ。


「あー女欲しい」


刺宮憲はそんな人間だった。




今回のミーティングは随分と長くなりそうだ。パンダさんも大分気合入ってるからな。パンダさんが熱弁してるときに寝てると雅の鉄拳が飛んでくるからなぁ。


俺はそんなことを考えながら手に持っている筆記用具類を、ミーティング用の広い机に置いた。俺が寝食をしているこの場所はとある廃ビルである。廃ビルといってもボロいのは外装だけで中身は赤い絨毯がしきつめられていて壁も汚れのない白さを保っている。


俺と俺の兄貴である倦と、姉貴の雅、そしてパンダさんの個室もしっかり用意されている。他にもリビングやこのようなミーティング室、敵を監禁する隔離室などがある。


こんな居心地のいいところに改築できたのは他でもない。

ありもしない宗教を熱狂的に支持してくれる信徒がいるからだ。


触覚を司る家系、刺宮家の表の姿は宗教団体なのだ。

たまに神通力とかなんとか言って、こちらの『能力』を見せ信者を増やしていく。

まったくもってこちらからしてはアホらしい話だった。


「……憲、雅は、不在?」


「あぁ兄貴、まだ性欲女は来てねぇよー」


俺に声をかけてきたのは俺の実の双子の兄である刺宮倦だ。

刺宮家の中で特攻隊であり、戦闘力に長けている。

仕事服として般若面と和装をいつも着用しているのだが、なにせ今日は話し合いだけなので俺と同じくラフな格好をしていた。なんだかんだインテリな雰囲気が漂っていてかっこいい。


ただ極度の面倒臭がり屋で、この片言にしか出てこない会話も幼い頃から話すという行為を怠惰していたからだというから驚きだ。


「誰が性欲女ですって?」


「うわ、きたよっ!」


俺の姉貴が真後ろでただならぬオーラを纏わせている。

蹴りがとんでくることは容易に想像ができるので横に身を翻す。


しかしそれが裏目にでた。

俺の動きを更に読んでいたようで、姉貴が繰り出したのは遠心力を利用したそれはそれは威力の高い蹴りだった。


「うぐぇっ!!」


「まったくレディーにこんなことさせるなんて」


姉貴である雅はふふっと色気出してますよとでもほざきそうな表情で俺に言うが、俺にとっては苛つく要因くらいにしかならない。俺が言い返そうとしたときだ。


「こら、我輩の前で埃をたてるな」


その声に俺も姉貴も黙る。兄貴も元から喋っていたわけではないが声のほうを向き自然と背筋が伸びていた。それに習うように俺も背筋を伸ばす。


声の主は人より三倍ほど大きいので、主専用の黒くしっかりとした革のソファに腰掛けた。

その姿はもう見慣れたが、通常の人が見たら驚くだろう。


「我輩の身体に埃がつくとなかなかとれないからな」


パンダの着ぐるみに赤いマント、室内でも茶色のブーツを履くアメリカスタイルの男。

刺宮の家長にして俺のお義父さん、その名も刺宮軋轢。


「パンダさんがきたからミーティング開始ってことでいいか?」


俺は椅子に座ってノートを開いた。機能解剖学、生理学、外傷・障害学その他諸々の項目が書いてある中、一番最後の空白のページを開く。ちらりと兄貴のノートを見る。すると兄貴のノートには『ミーティング』としか書かれていなかった。


俺は兄貴らしいと思いつつも、俺の努力なんて何も知らないんだろうなと唇を軽く噛んだ。

俺の持っていないものは全て兄貴が持っているから。


「いいだろう、始めよう」


俺がネガティブな思考に入る前に、それを察してか否かパンダさんが口火を切る。不思議と俺はすんなりと思考を止め、パンダさんの言葉に耳を傾けた。


「まず我輩らの目的を答えよ、では雅」


「刺宮家並びに五感家の繁栄です。お父様」


よろしい、とパンダさんは横にいる雅の頭を撫でる。雅は嬉しそうに無邪気に笑っていた。本当にパンダさんが好きなのな、と思いながら耳を傾ける。


「ではその手段を答えよ、倦」


「……七宮智の、『暴走』の力を、利用し、劣性民族を潰す」


単純明快、とパンダさんは上機嫌に笑う。

俺はこの時、パンダさんは智をどう考えているのか少し気になった。智を兵器のように扱う割に、智に全く情がないかといえばそういうわけでもないのだ。なにしろ表情がないパンダさんはどう計ろうとしても、その心は計れない。


「皆、理解はしているようだな。そこでだ。我が息子を倦がここに連れてきてくれた。これにより計画を遂行することが可能になった。」


その言葉に、俺ら三人は息を呑む。ついにか、と俺は心の中で呟いた。

これが意味することは、何百人の命が関わる大きな計画が実行に移されるということだからだ。


「場所はあの演奏会場だ。忘れもしないあの場所、そこで劣性民族との戦いの狼煙を上げるのだ」


『あの演奏会場』、それは一体どこにあって何があった場所かは俺ら三人には共通理解できる場所だ。むしろ計画はおそらくここで行われるだろうと予測していた。



そこはパンダさん、刺宮軋轢の妻が亡くなった場所だからだ。



この一件がパンダさんの思想である五感家以外、つまり劣性民族である一般人を駆逐すべきとする『優性思想』へ至らせるきっかけとなったのだ。内容は語れば長くなってしまうのでここでは伏せることにしよう。


「そこは結構広い場所だからな、そこに刺宮の信者達を集合させ、スクリーンにそうだな新宿駅の人間を映し出して、その人間達を智の『暴走』のターゲットにしようか。それを我輩らで鑑賞しようではないか」


パンダさんがなぜ新宿を選んだのかよくわからない。

しかし、それは匂神唯を殺そうとした場所であり同時に『何かが始まった』場所でもあった。

何が始まったかをうまく説明することはできないが、歯車が回りだしたと表現するべきだろうか。

どちらにせよ俺にとっては特別な意味を持つ場所だ。


「詳しいことはまた話すとしよう。とりあえず近々、ゲームであり狼煙であり、決着でもある『戦争』が始まるということは把握しておけ。きっとそこには匂神の死神と匂神の娘の集団もくるだろうからな」


パンダさんの声は重低音で、身体の中で残響する。

何回も言葉が身体を駆け巡るのだ。


「特に倦」


「……はい」


「彼女をとるか、我が家をとるか。腹に決め我輩に報告をしろ」


「……御意」


兄貴はそう言われすぐに席をたち、表情を隠すように般若面を被って去っていってしまった。


「さぁ今日のミーティングは終いだ。」


パンダさんもそう言い、のしのしというオノマトペが合いそうな足取りでこの場を離れていく。雅はその腕にしがみつくように握って同じく去っていった。


俺はしばらくミーティング室で棒立ちになっていた。

兄貴のことが気がかりでしょうがなかった。

長く一緒にいるから兄貴の心情を少しは汲み取ることができる。


俺のことをなんだかんだ気にしてくれている。

それに刺宮への忠誠は誰よりも強く持っている人だ。

しかし、その真っ直ぐな気持ちは兄貴の彼女にも抱いているはずなのだ。


兄貴がどちらを選ぶかまでは計ることはできなかった。

だが、彼女をとると判断した時、兄貴は一体どうなってしまうのだろうか。

パンダさんが簡単に手放すわけがない。


俺はそう思いながらも、重い足取りで奥の奥の方にある小さい部屋まで歩いて行った。パンダさんとは違い、精神的な意味で身体が重たい。行き当たりの扉の先には、美しい赤い絨毯はもうひかれていない。


ポケットに入っていた鍵をそこに差し込み、息を詰めてぎぃっと体重をかけてその扉を開いた。


「よぉ、『人間兵器』さん」


中は薄暗く、木製の机が一つと棚と椅子しかない。

棚には拷問役である俺の私有物である『商売道具(エグいもの)』が大小と姿は違えど5、6個くらいが静かに横たわっていた。


椅子に座らされている相手は、遊園地で見た格好とよく似ていた。しかし椅子は豪奢なものではなく鉄製の固くて冷たそうな印象を持たせるものだった。もうひとつ違う点がある。



『彼』はめかくしをしていた。



拘束具という言葉がふさわしい鉄製のもので視界を遮られている彼は、俺の声で目の前の人間が誰なのか理解したのか顔を上げる。口角が釣り上がり笑っているのが見てとれた。


「やぁ憲君。声を聞かないと君だとわからなかったよ。やっぱり足音だけじゃ皆のことはわからないなぁ」


目の前にいる彼は触覚に長けた俺ら刺宮の人間。しかもあのパンダさんの実子だ。しかし、彼には聴覚に長けた七基の血も引き継いている。


めかくしをした彼、ミーティングでも人間兵器と呼ばれていた七宮智は、悠長ないつも通りの口調で俺にそう言った。


「どうでもいいけどさ、なんで僕は死んでないのかなぁ?この展開全然嬉しくないんだけどさ」


「……智ちん、なんで自殺なんてしようとした」


俺は智を諭そうとなんて思っていなかった。ただ、純粋に聞いてみたかったのだ。

精神病院に入院していた時に倦のナイフで自らの命を絶とうとした智の心情はいかのものだったのかを。


「なんで、ねぇ」


智はしばらくうーんと考えこんでいた。うまく言葉にできないのかそれとも考えたことさえなかったのか。俺は何も言わず次の言葉を待っていた。


「ポジティブな面とネガティブな面があるかな」


どっちがいい?と聞いてくる智に俺はめんどくさかったから、どっちも言えばいいと答えた。

智をフフッと笑ってから口を開いた。


「じゃあネガティブな面から、今の父さんが本当に父さんだと認識した上で俺を道具としか扱っていないことに絶望したんだよ」


智はそんな言葉を淡々と話していた。


「本当は僕だって、憲君や倦君、雅ちゃんと昔のように楽しく暮らしたいよ。父さんとだって色んな話がしたい。けど父さんは母さんの復讐にしか目がいってないし。僕も皆には取り返しのつかないことをしてしまった。だから皆は僕を人間ではなく『兵器』としか見ない。そして母さんの七基家からも命を追われてさ、疲れちゃったんだよ」


「…………」


俺は智の言葉を静かに聞いていた。智の声から感情を読み取ることができない。それほどに彼の心は荒みきっていたのだった。『取り返しのつかないこと』、それは『幼い頃の遊園地での出来事』を表している。


遊園地でのゲームで智のトラウマを引っ張り出して、『暴走』を発動させた。その後にパンダさんから話しをされた。五町家の奴らに依頼してその記憶は、俺、兄貴、姉貴の中でも消されていたようだった。


幼い頃に刺宮家で遊園地に行った時に、アトラクションに不具合が生じたらしく大規模の火災が発生したんだという。たくさんの人が亡くなった。初めて知覚する多量の『振子』の音に智は混乱状態に陥った。


そして最初の『暴走』が起こった。


その暴走に俺の肉親が犠牲となった、らしいのだ。普通なら怒り狂い智を八つ裂きにするところなのだろう。しかし記憶を封印され続けていてパンダさんを親代わりにしていたこともあって、正直あまり責める気にならないのだった。むしろ傷つけないためとはいえ、記憶を改竄するパンダさんを疑問に思うくらいだ。


「まぁあとポジティブな意味はね……、て、僕の話聞いてる?」


「あ?あぁ、聞いてる聞いてる」


「同じことを二回言うときって焦ってるときなんだよ」


智はそんな軽口を叩きながら、顔を少し背けた。随分と言いにくいようだった。


「唯ちゃんに迷惑をかけたくなかったんだ。僕から突き放したよ、これが非力な僕ができる僕の護り方だと思ったんだ」


智はダメだったけどね、と皮肉げに呟いてから苦笑をしていた。俺はやはり口を挟むことができなかった。静かに耳を傾けて聞いていた。


「彼女と行事が書いてあるスケジュール帳の枠にバツをつけていくうちに、泣けてきちゃってね。きっと僕は……」


その言葉の先が出る前に、智は唇を震わせていた。唇だけじゃない肩を震わせていた。

搾りだすように、嗚咽を漏らしながら智は呟いた。



「きっと僕は、唯ちゃんのことが好きだったんだろうね」



俺はその言葉を聞き演奏会場にくるであろう、威勢のいい子犬のようなあの少女を思い出していた。どこまでも運命は人を躍らせるのだろうと、胸糞悪い気分になった。


「……少しは良いおしゃべり相手になったか?」


「もちろんだよ、憲君が勝手に絡んでくれたんだけどね」


「うっせぇ」


俺はそう言いつつ、この埃の臭いがする締め切ったこの空間から出ようとした。


「憲君、秘密はまだ隠しているのかな?」


「……!!?」


智の悪気も何もないような軽い調子のこの言葉に、背筋を凍らせた。


「てめぇ、今更バラすつもりか。死ぬ前の置き土産にでもするつもりか?」


「違うよ、別に今君は刺宮家の重鎮じゃないか。今更秘密にする必要にすることはないんじゃないかと思うんだよ」


「俺はそれを言うつもりはない」


「君は刺宮の能力を持たない『劣性民族』である。それを知られて刺宮家から追い出されるのが怖い、そうじゃないか?」


「うるせぇ!!黙れ!てめぇの指全部へし折るぞ!!」


匂神家と七宮智にだけ知られていた秘密。

それは俺は刺宮家の能力を持たないことだった。

兄貴と共に双子として産まれてきて、兄貴は『再構築』という人間離れした能力を身に宿していた。

一方、俺には何もなかったのだ。


物心がついてきた頃、ここで生きていく上での能力の重要性を知っていき、俺には何もないことを思い知らされた。


だから『再構築』に対を成せる能力を身に付けようと躍起になった。

たくさんの参考書を読み、勉強をして『分解』という能力ではなく技術を会得した。

それで今は皆を誤魔化して生きている。


「……ごめん、ただそれでも皆は君を受け入れてくれると思っただけだよ。僕は君の秘密をしゃべろうと思わないよ」


俺は智の言葉に答えようとも思わなかった。扉を乱暴に開け拷問部屋を後にした。

頭がいっぱいになっていて、扉の重さをまったく気にしなかった。


暗い空間にずっといた為、あたりが眩しくて目を細める。眩暈さえ感じた。

赤い絨毯が続く長い通路の遠くの方を見ながらぼんやりと歩いていた。



その時だ。

ガコンッと耳の真後ろで音がしたのは。



後頭部を何かで、殴られた。

激痛と首筋を伝う真っ赤な血液を感じながら、前のめりに倒れる。


「……とも、か?そんな、馬鹿な」


俺は霞む視界の中で近すぎて黒く見える赤い絨毯から、身体の力を振り絞って後ろを振り返った。

俺を殴った人間は智ではなかった。



無機質に嗤う般若面。



ブツンと意識の糸が、途切れた。





>30

下準備編完結です!

ここまで見てくださりありがとうございます。


本当はもう最終編である『演奏会場編』に移行しようと

思ったのですが、錯綜した設定を一回整理したほうがいいと思いまして

この『下準備編』を作りました^^


主人公、唯と共に少しすっきりしたと思えたら

よかったのかなと思います。

今度こそ次は最終編です、もう少しお付き合いくださいませー。

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