27
平さんのモフモフ感好きです
信じていたのに
どうかしてるよ。
知らないよ
結局表しかみえてなかったんでしょ。
『めかくし』27
「ここに唯といるのも久しぶりねー」
そう言って殺風景な部屋で伸びをしているのは、右の前髪に赤いメッシュを入れた私のお姉さん的ポジションの世辞沙也夏さんだ。
「そうですね、焼かれてから綺麗になったのに、またこんな感じですからね」
私、匂神唯はため息をつきながら萌え萌えな絵柄の漫画で出来たタワーを眺めていた。
その上には白いけむくじゃらに青いビーズが乗ったような、一匹のネズミが毛繕いをしている。
私と沙也夏さんとネズミ、もとい平は七宮の家に入っていた。
沙也夏さんは予想通り七宮が消えたのに動揺していて病院をうろうろしていた。それを運良く、倦と会った後の私達が見つけ出すことができたのだ。
一人でも生きていけるようにという配慮だったのだろう、沙也夏さんに七宮は前もって家の鍵と銀行の通帳を渡してあったようだった。
なんでかなって思ったんだけどねーと、いつもの調子で沙也夏さんは話していた。
そこは察しましょうよ、と私はツッコミをいれそうになりつつ、とりあえず私達二人と一匹は七宮の家に落ち着くことにしたのだ。
「七宮、なんか変化とかありましたか?自殺なんて…」
「あたしにもわからない、けど。でも………」
「でも?」
私は歯切れの悪い沙也夏さんの言葉を聞きだそうと、尋ねる。
沙也夏さんは言うか言わないか迷ったようだが、小さな声で言った。
「唯を突き放してから、すっごく寂しそうだったわよー」
「………………!」
「あたしもね、唯が学校に戻るの賛成したのよ。そっちのほうが唯は幸せになれるって。あたしも、もちろん寂しかったけど智は…ひどかったわよー?」
沙也夏さんのその情報を聞き、私はどんな顔をすればいいのかわからなかった。
私がいなくなって悲しんでくれるのは純粋に嬉しい。しかし、もしそれがおこがましい考えではあるが自殺の一因になっていたとしたら罪の意識を感じてしまう。
「自殺に関してはそれが理由ではないと思うよ」
「そうなのー?あと待って、ネズミがしゃべってるってどういうことなのよー、しかもあんたに智のことなんてわからないでしょ?」
私はそういえば平について沙也夏さんに何も伝えてないなと思い、うさんくさそうな顔をしている沙也夏さんをなだめた。
「このネズミさんは五町平さんっていって、五町家の家長なんですって」
私がそう言うと平は漫画本の上でペコッと会釈をしていた。
沙也夏さんはそれを聞き、しばらく黙っていた。そして独り言のようにぼそっと呟いた。
「座長を殺すように任命したネズミ、ってことね」
「…………………!」
私はたらっと冷や汗が垂れるのを感じた。そうだ、考えてみれば沙也夏さんが平に良い印象を持ってるわけがないのだ。
それでも私の中で、少し疑問が生じた。そういえば沙也夏さんから夜祭の座長である五町大胡をどう思っていたか、はっきり聞いたことがないのだった。
聞いたところで別にメリットはないという点と、故人である人の話を引っ張りだすことはタブーになるのではないかという点で敢えて聞いてこなかったのだ。
恩師であるとも聞いたことがあるが、実際には倦をとる為に沙也夏さんの手で殺めてしまったし、何よりあんな残虐なショーを見せることを強要されていたわけで良い印象を持つことは難しいような気がした。
私が未だにひょろりとした沙也夏さんの両腕を見ながら、そんなことを考えていると、ふと平が沙也夏さんのほうを向く。
「大胡クンは五町姓であるにも関わらず、主人公になろうとしてしまったんだよ。だからボクは軋轢クンに物騒なお願いをしたんだ」
「…………主人公?」
「そう、主人公。ボクら五町家は五感家のみんなのサポートに徹しなきゃいけない家訓があるんだよ。能力を自分が目立つ為に使っちゃいけないわけだ。ボクらは黒子なんだよ」
平のネズミはそう言いながら、口のあたりをモフモフさせていた。
「でも家訓って言っても、家訓は家長であるあんたが決めたんでしょう?」
「もちろん、だってボクが五町の中で一番偉いんだもん」
「なら座長を助けることだって…」
「そんなに大胡クンに思い入れあるの?酷い扱いされ続けたのに?」
私が気になっていたことを平は簡単に沙也夏さんに聞いていた。沙也夏さんは一瞬言葉を失って口をパクパクさせていた。
「座長は確かに両腕縛ったり、あたしを見世物にしたけど。それでも…」
「それでも?」
「沙也夏の良さを生かさないか?って言って研究室から連れ出してくれて、なんだかんだ可愛がってくれたわ。あの選択しなきゃいけない状況にさえなかったら…殺さなかった」
沙也夏さんの肩は微かに震えていた。そしてそっぽを向いて冷蔵庫に入っていた冷たいチロルチョコを口に含む。
「なるほどね、大胡もやり方は違うけど、軋轢クンよりの考え方を持ってる人だったからね」
「あのパンダと、ですか」
「そうだよ、社会に適応できないボクらにも光あれ!っていう考え方だよね。まぁ軋轢クンは些か手段が乱暴だけど」
平の言葉を聞き、軋轢が遊園地の戦いの時に城のバルコニーの上で言った言葉を思い出した。
『我輩らは少し普通よりどこかしらの能力に長けている。だからこそ社会に適応できない。我輩らは入れてもらえない弱者に成り下がるのだよ』
私はこの言葉にどうしても引っ掛かっていた。私の無臭化があまり私生活に影響をしていないからか『社会に適応できない』という意味がいまいち理解できなかったのだ。
「……過去のことはいいわ。今は智を取り返す作戦を練らなきゃ」
沙也夏さんはそう言ってあぐらをかき、まるでやけ酒かのようにカルピスをがぶ飲みしていた。
沙也夏さんの首元に沙也夏さんと智の分の赤と青の勾玉がさがっているのを見て、私は目を細めた。
「それだったら刺宮家がどこにいるのか庵兄ぃに情報収集を頼むのが一番いいと思う」
私のその提案に沙也夏さんも頷いた。しかし平は口がモフモフと動いているくらいで、他は硬直しているかのように動かなかった。
「匂神サン、いや唯チャン。君は何も知らなすぎる」
「…………何が?」
「これは異端児クンが自殺しようとした理由にも深く関わってる」
「………どういうこと?ネズミさん」
自殺の一因は私にあるなんて、勝手に思い込んでいたことに心の中で赤面しつつ、冷静な面立ちで黒のソファに腰掛けながら私は平に聞き返す。
「異端児クンの大量殺人の能力、『暴走』については知ってる?」
「遊園地であったこと…?」
「待って、平ちゃんは遊園地のことって言われてもわからないでしょ?」
沙也夏さんにそう言われ、私は間違いないと思い、うーんと唸りながら別の表現の仕方を探した。
「そうそう」
すると、平のネズミは人間のように頭をこくこくとさせて頷いてみせた。
「え?」
「適当な男は嫌われるわよ平ちゃん」
沙也夏さんは先ほどの心を土足で踏むような質問を根に持っているのか、わかったような口を聞く平に殺意に近い目で見ていた。
「驚くようなことでも、適当なことを言ってるつもりでもないよ。遊園地の一件だって知ってるよ、ボクそこにいたし」
「えぇっ!?」
「あの遊園地事件規模の物事を世の中から切り離すのは、ボクくらいにしかできないよ」
平は自慢気に胸を張って見せていた。私と沙也夏さんは言葉をしばらく失っていた。
「そしたら、刺宮家の仲間ってことなんじゃっ」
私はその考えに辿り着き、本能のおもむくまま、郷愁狂臭の鞘を握った。
「待ってよ、確かに軋轢クンに協力してたけど今はとりあえずキミらの味方なんだから!その話は異端児クンの話と庵クンが終わってからでいいじゃない!」
平はわたわたと前足を動かして、そう主張していた。私は空になったグラスにまたカルピスを注ぎ一口飲み、ため息をつく。
確かに話がいったりきたりするとわかりずらくなるというのは、言う通りかもしれない。
沙也夏さんも何か言いたそうだったが、前に七宮がゲームセンターで取ったブタのぬいぐるみをぎゅっと抱き締め黙っていた。
「………とにかく、異端児クンの『暴走』の細かい内容は本人から聞いた?」
「あのパンダに過去を刺激されたときに世界の『静止』を願っちゃって、その止まった世界をもう一度『振子』で動かして、その振子の音分の人が殺し合って死んじゃったって……。」
「……………………」
私は沙也夏さんの説明がほぼ全て初耳だったことに、ショックを受けていた。
それを悟られないように、私は下を向いて平の反応を待つ。
「その通り、そして能力は扱う毎に磨かれて、それまで以上の力を発揮することがある。この異端児クンの『暴走』も例外じゃない。」
私は倦の『再構成』を思いだしながらその話を重ねるようにして、聞いていた。
「どうなっちゃうのー…?」
「恐らく『暴走』をコントロールできるようになる。つまり、振子によって殺される人を指定できるようになる。」
「殺される人を指定?」
「人は色んなカテゴリに分けることができるよね。何歳以上か、目の色素とか、性別とか。それを異端児クンの主観で指定して被害者を特定できるんだ」
平はそれを言ってから、少しもったいぶるように間を置き、この言葉を話した。
「そのカテゴリは五感家の人間と、そうではない人と分けることもできるわけ、ね」
「それが軋轢のやりたい事にぴったりってことね…!」
沙也夏さんと同じように私は納得をした。軋轢は五感家の繁栄を望んでいる。
七宮の『暴走』をコントロールできれば、軋轢にとっては確かに都合のいい『兵器』なのだろう。
「……自分の子をそんな風に活用するなんて、信じられない」
軋轢クンにも理由はあるんだろうよ。と私を宥めるように言ってから、ふぅっとネズミのくせにため息をついた。
「唯チャン、キミのお兄サンも七宮の力を使おうとしてる」
「「…………!」」
平の言葉に私も沙也夏さんも、同時のタイミングで目を見開いた。
「庵兄のこと?そんなわけないよ、そんなわけ……」
「……唯。今まで言えてなかったけど、遊園地であたし愛美と戦ったの」
「愛美とっ?」
「須藤なんて偽名よ。本当の彼女の名は『透藤愛美』。その時に庵が主催してる『零計画』に参加しないかって言われたの」
私は新しい情報が頭の中で飛び交い、混乱していた。
「『零計画』は軋轢クンの真逆の発想、言わば五感家の滅亡を意味している。だから七宮という兵器を必要としているんだ」
「嘘……嘘だぁ……!」
私は酷い頭痛と目眩、そして全身から流れる嫌な汗を両手で身体を擦り合わせ抑えようとした。
それを全否定することはできなかった。夜中に帰ってきたり、家にいるときは部屋にこもっている庵兄が、その間何をしていたかなんてわからないからだ。
それでもあの優しい兄が、そんなことを考えているなんて信じたくなかった。
「悪いことは言わない、七宮を奪還しようとするなら庵クンのとこへ帰らないほうがいい」
平はそう言って、固形チーズを口の中に詰め込んでいた。
ピンポーン
「誰っ………?」
私はインターホンを聞き、嫌な予感しかしなかった。前、この音を聞いたときは憲がいて、それも嫌な思い出だが最悪ではない。
今の流れでいう最悪は、私の中で最も信頼していた実の兄。
「沙也夏さんいますか?唯の行方を知っていますかー」
そして最悪は起こった。
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