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学校生活なるものを書きたかった!
見えないなら何でもいいんですか。
それほど自分勝手な論理ありませんよね。
『めかくし』24
「私ってこんな格好してたっけ」
私、匂神唯は白いワイシャツに紅色のリボン、その上にこげ茶のカーディガンを羽織り、さらに紺のブレザーを纏い、赤チェックのスカートをはいていた。
考えてもみれば随分と、いつもよりもカラフルな格好だ。
私の服装は簡単に言ってしまえば、制服だった。
「唯の制服姿、やっぱり似合いますね」
「庵兄っ」
柔らかい声色で庵兄は私を呼び、にっこりと笑いかけていた。庵兄は笑うと目が細くなる。
「可愛い格好なのに、なんでジャージを履くのかいまいち私にはわかりませんが。」
「だってスカートだけだと落ち着かないんだもん」
庵兄は困った顔をしていたが、私はこればかりは譲るつもりはなくそう言って笑ってみせた。
「本当に、唯が学校行ってくれるって聞いたときは、私は安心しましたよ」
「……うん」
私は病院で七宮と会い、話してから再度七宮と会うことはなく、また沙也夏さんに会うこともなかった。
七宮が私との接触を拒んできたのもあったのだが、実際のところ本当の理由は私自身の気持ちがはっきりしないところにある。
刺宮家に復讐しない以上、私が『この世界』に関わっている理由はないのだった。
七宮と沙也夏さんとは、家族の仇討ちなのか彼氏の奪還なのかは異なるとしても『刺宮』により繋がれていた。
それだけの関係だとはもちろん思っていない。
しかし『目的』が異なる以上、私は一緒にいてはいけないのではないかと感じたのだ。
何より七宮のあの言葉が私の頭から離れず、特に七宮とは顔を合わせられる気がしなかった。
そして私は制服に腕を通し、学校にまた登校することになったのである。
そんな日常を送り始めてから二週間くらいが経っている。
「庵兄はやっぱり、学校行かないの?」
「……はい、私はあまり学校に行く価値を見いだせないので」
「私もよくわからないけど、友達としゃべるの楽しいよ?」
「友人と会話をするのは楽しいです、しかしそれは学校以外でもできます」
普通なら高校に行くというのは、義務教育ではなくなるといっても日本の社会的に義務のようなものではないのだろうか。
私はそんなことを思いつつも、学校に行く前の1分も惜しい状況で庵兄にこの話を振り続けるのは利口ではないと思い、スクールバックを右肩にかける。
使いふるし、伸びきった肩掛けの部分が、自分の肩にうまい具合でフィットするのだった。
「うーんと、とりあえず行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
ドアを開くと、昇りたてで眩しい太陽が私の行く先を照らしていた。
随分と今日は良い天気だな。
そんなことを考えながら、3ヶ月くらい前まではいつも通りだった道を歩く。
少し歩いたところにある行きつけのコンビニでパンとおにぎりのコンビを買い、登校するのだ。
前まで習慣化されていた一連の展開を、私は久しぶりにすることにした。
コンビニに入ったところで、ふと、お菓子売り場でチロルチョコが目についた。
七宮はきなこもち味のチロルチョコが好きだったな、と思い出してから唇を軽く噛む。
あいつのことなんて、と頭の中で呟いてから商品をろくに見ずに購入して足早に学校へ向かった。
「もうちょー、授業おつかれー!」
「もうやめてよそれ」
私は、睡眠を取りつつも、無事座学を5限まで終わらせ部室に来ていた。
どうやら私は、盲腸というよくわからない病気で学校を休んでたことになっていたらしい。学校に登校した初日は道理で先生やクラスメイトになんともいえない顔で見られたわけだ。
きっと庵兄が理由を考えてくれたのだろうけれど、もうちょっと女心を汲んでというか、マシな理由つけて欲しかった。
おかげで「なんか悪質な感染症の盲腸だったんでしょ?お見舞いもNGだったしさー、心配してたんだよ?」と部活仲間にそう言われた後には笑いの話のネタにされ、あまつには『もうちょー』なんてあだ名をつけられてしまった。
「さー今日も部活だー」
「そうだね、ちゃんと調子戻していかないと」
「やっぱ唯いるのといないとじゃ全然違うからねっ」
この友達はクラスメイトであると同時に部活仲間でもあるのだ。私の所属しているバスケ部でもキャプテンをしている子だ。
私は特にキャプテンでも副キャプテンでもないのだが、スタメンにはいつも入っている。一応、部の全体に影響を与えることはできているらしい。
「1日休むと調子戻すのに3日かかるっていうから、まだ感覚狂ってても怒んないでね?」
「怒んないけど早くしてよ、盲腸だったからって力んだ時に屁こかないでね。」
「こかないから。」
いつもの少し汚いくらいのこの会話に、少しだけ安心感を得られつつ、私とキャプテンは更衣室へ向かった。
「なんだもうだいぶ動き鈍ってないじゃん」
「そんなこと、ないよ」
私はバスケと離れていた割には、どうにか良い動きができていた。恐らく、身体自体は戦う時にハードに動かしていたのでスタミナ的に落ちていなかったのだろう。
うまくはまらないボールの感覚を、走りでカバーしているというところだ。
練習に無難な負荷でついていき、今は最後のメニューである試合形式の練習しているところだ。
先程一緒に更衣室へ行ったキャプテンとマッチアップしている。
ボールを持っているのは、私のほうである。キャプテンの身長は私より10センチほど高く、それに比例して手足も長い。
ダム、ダム、ダムと止まったままボールをつき、私はどうしたものかと、彼女を目の前にして考えていた。
すると、視界の外から私と同じ青のビブスを着た後輩が走り込んでくるのが見えた。
「このままシュート!」
私はそんな指示を出しつつ、その子へバウンドさせ、その後輩へパスを出す。
バウンドさせた為、手足が長いといえどキャプテンの手は空を切る。後輩は私のパスを受けとり、レイアップシュートで手堅くシュートを決めた。
「さすが!パスだけは精度いいんだからー」
「だけは余計だよ。」
身長が高いわけでもなく、技術も対してない私がスタメンで出られるのは、パスの質の高さからである。そしてそのパスの質に加えて、もう一つの要素があるのだ。
私のチームの子がボールをすぐに奪い、私の手元にまたボールが入る。目の前には随分と広がった視界が広がっていた。
「また唯がノーマークだよ!それじゃダメなんだって!」
そう、影が薄いのか知らないが私はマークがされにくいのだ。だからこそ焦ってパスを出す必要もなく成功の確率が高い。
そして前までは何故マークをされにくいか考えたことはなかったのだが、学校を休んでいた間に経験したことを参考にすると理由がわかった気がした。
恐らく、無意識のうちに私は自分自身に『無臭化』を使っていたということだ。
『匂い』というのはコミュニケーションを司る大切な道具である、とずっと昔に父親に教えられた。その例として隅々まで洗われ、匂いを消された子ネズミを親ネズミの元へ返すと、親ネズミは子ネズミを自分の子と認識できず、食べてしまうというものがある。
だからこそ、匂いを消すと気づかれにくくなるということはあるのかもしれない。
タンタンタンッ
私はボールを奪った位置からリズムを取りひょいっと足を持ち上げ、レイアップシュートを決める。
「唯先輩ナイスー!」
「そっちこそナイスパス」
キュッキュとバッシュが体育館の床と擦れる音がする。それと呼応するように腕の毛穴から湧き出すような汗を紺色の練習着で拭った。
随分とバスケから離れていた時間が長かった割には、なかなか調子がいい。
「唯先輩もーいっちょ!!」
同じチームの後輩もノリノリで私にボールを渡してくる。今度は失点直後ということでもあり、またキャプテンが私の前に立ちはだかる。
周りを見渡してみるが今回は全員にマークをしていて、パスを出せる状況ではなかった。
ボールをつきながら、私は壁ような黄色いビブスを着たキャプテンを睨む。パスができないのなら仕方ない。
ドリブルで突破するしか方法はないだろう。
私は一気に間合いを詰め、左に大きく踏み出した。私が1対1を仕掛けるのは珍しく、キャプテンは恐らく出遅れた。想像よりも手を出してくるのが遅い。
そしてキュッとバッシュで強く床を蹴り、右に更に大きく出る。単純なフェイントほど効果はあるものだ。キャプテンは身体が大きい分、小回りは私より利かないのだった。
私はキャプテンのすぐ側を通り抜けていった。しかし、ドリブル突破をすることに成功したとすぐに思わなかった。
一瞬、私はキャプテンを『殺してしまった』、と思ったのだ。
ドクン、と身体が脈打ち私は思わず後ろを振り向く。
『アンチドッグス』の不良達を殺した時に持っていたのは『郷愁狂臭』で、今持っているのはバスケットボール。
自分が右にバスケットボールを動かせば、相手の身体も同じように動くし。
左にバスケットボールを動かせば、相手の身体も同じように動く。
酷い目眩がした。
息が荒くなっていくのを、感じて必死でそれを抑える。
前へ行かなければ、シュートを打たなければいけない。
そう思い、身体から抜けていく力を必死で繋ぎとめ前を向きシュートまで持っていこうとした。
その瞬間、黄色が目の前に広がり私はハッとする。
もうキャプテンの後のカバーリングが来ていた。私はほぼ同じのフェイントでかわそうとしたが、さっきの感覚が身体から抜けず自分でもわかる鈍さがあった。
その鈍さの中、抜けるほど私の部活は甘くない。右に行った瞬間に強くプレッシャーがかかりボールを奪取され、それと同時に私の脇腹に肘が刺さる。
「ぐっ……!?」
私はそのまま吹っ飛ばされ、床に倒れ込む。床は湿気でベタベタしていた。ただでさえ荒かった息は、留まることを知らず、もう制御しようがなかった。
過呼吸だ。
頭ではわかっていても、鼻から息を吸い、口から息を吐こうとしても身体が言うことを聞かなかった。
私の名前を呼んでくれる仲間の声を聞きつつも、答えられず朦朧とした意識の中で肩を抱きかかえられコートから出た。
「もう日常になんて、戻れはしないんだよ。早く帰っておいで」
どこかでそんな声を聞いたような気がした。
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