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久しぶりの投稿です!
この章は最終章への準備でございます
もっと知って。
もっと見て。
何も知らないくせに何かを語らないで。
『めかくし』23
遊園地での惨劇。
その爪痕は身体よりも精神に大きな傷を残している。
私は刺宮家がいなくなったのを確認してから庵兄に連絡をとり、智の車を運転をしてもらった。
だが、帰るのも一筋縄にはいかなかったのだった。
拘束具を外した七宮は自由になったと喜ぶわけではなく、死んでしまったかのように身体を硬直させたまま濁った瞳で私達を見つめる。
その七宮の何かが終わってしまった瞳に、私も沙也夏さんも庵兄も言葉を失った。
「私の家に帰りましょう?」
庵兄のその言葉が、沈黙を破り右に私、そして左に沙也夏さんが七宮を囲うように立ち、腕を肩にまわす。
七宮の身体には力がまったく入っていなくて、前に倒れ込んでしまいそうなのを私は爪先で必死に持ちこたえる。
ふと、七宮の身体が軽くなった。
そう思った時には左腕にスゥッと切れる感覚があった。
「っ……………!!」
そして間髪入れずに熱が走るような痛みを味わうことになる。
「俺に触るなっ……!殺しちゃう…音がっ音がぁ!」
そして七宮の怯えた声を聞き、七宮に引っ掻かれたことを理解する。
その七宮の様子は、さながら熱に浮かされ悪夢にうなされる姿のようだった。
私は左腕の痛みよりも、七宮のその姿にひどくショックを受ける。
それから暴れる七宮を無理矢理押さえつけ、車に収容するように連れて帰ることになったのだ。
そして私は5日ぶりだろうか、片手なけなしのフルーツバスケットを片手に七宮に会いに行くことになった。
大きくそびえたつ白い施設を目の前に、私はしばらく入り口をくぐることなくまわりをうろうろしていた。
「こうしてても仕方ない………か。」
左腕にある引っ掻き傷は、すっかり癒えたはずだったが、疼いた気がした。
私はふぅと息をつき、フルーツバスケットを握る手に汗をかきながらも建物に入った。
入った先には受付があり、優しそうな白衣を着た女性の人に「七宮智の見舞いに来ました。」と簡単に用件を伝える。
すると女性は「匂神唯さんですね。」と頷き受付からわざわざこっちのロビーに来てくれた。
そしてその女性に七宮がいる場所を教えてもらい、私が礼を言ったところで使命は終えたと女性は受付に帰っていった。
私は女性から教わった順序を口で復唱する。随分と複雑な構造をしている施設だなとこれは頭の中で思った。
教えられた道をなぞりながら、先の七宮がいるであろうエリアの壁に書いてある文字を見て目を細める。
『この先、精神科』
5日前に、車でどうにか帰ってきたが暴れて声を上げる七宮を私達ではどうすることもできなくなった。
そしてここに入院させることしかなくなってしまったのだ。
「人を殺してしまうというのは妄想であり、時計の音が鳴りやまない、これは幻聴ですね。」
「大丈夫、大丈夫ですよ。何も襲ってきませんからね。」
「はい、息を整えましょう?」
精神科医の人達が宥めるような口調で、暴れる七宮を抑えつける。
そして布団にベルトがついたものに七宮を縛りつけていた。
私はその姿を見ていられなくなり、下を向いたのだった。
人の生死を感じ取ってしまう振り子の音、肉親に命を狙われている事実。
妄想ではない現実。
妄想で消し去ってしまいたい現実。
何もあの白衣の人達は知らなかった。
それでもその人達に任せるしか手立てがない私は非力で、悔しく仕方がなかった。
だから容態が良くなり面会が許可され会いにきた今も、七宮に合わす顔がない、そしてまた七宮から拒絶されてしまったらと思うと、扉の目の前にまで来ているのにそれを開ける勇気がなくなってしまうのだった。
「……ちゃん、唯ちゃーん。」
しばらくためらっていた時、扉の向こうで声がした。
私は七宮の声だとすぐわかり、ハッとして扉を開けた。
呼ばれただけであんなに阻んでいた扉を開けてしまったのだった。
「唯ちゃん、久しぶり。」
「…………うんっ。」
そこには遊園地へ出向く前の、ごく平凡な七宮の姿だった。
手元には漫画やパソコン、よくわからないカードゲームのデッキなどがあり、七宮のマンションと同じような混沌とした空間になりつつある。
「唯ちゃんは怪我大丈夫?」
「うん、火傷と痣くらいだから大丈夫。」
私はその言葉と共に、遊園地で出会った不良のボス、可器のことを思い出した。
そういえば男性用の制汗剤の匂いのようなアクアの香りに混じって、どこか懐かしい匂いを嗅いだ気がする。
その懐かしい匂いは言葉で表せない、未知のはずだが未知じゃない不思議なものだった。
だが押し倒された光景も同時に思いだし、私は嫌気が指して思考するのをやめることにした。
「しばらくは隔離室で、物を持ち込むことすら禁止されててね。やっと今になって許可されたもんだから、庵さんに頼んで買ってきてもらったんだ。」
「庵兄にこんな萌え系なものを買わせたの。」
私は表紙だけで漫画を判断するのを申し訳ないと思いつつ、それでも顔の半分目か!とつっこみたくなる絵柄に苦笑する。
面白いのに、と七宮は肩をすくめている。
「唯ちゃん。」
そして七宮は私の名を呼ぶ。
その声のトーンは先程とは裏腹に低く、重く沈むようなものだった。
私は名前を呼ばれたのにも関わらず、返事もできず七宮に顔を向けることしかできなかった。
「憲君を殺せる機会があったのに、殺さなかったんだってね。」
「………!え、なんでそれを知ってるの?」
「殺さなかったの?」
私の問いに答えることなく、七宮はもう一度私に尋ねる。
私は肩に傷を負った憲を、確かに殺さなかった。それは対して可哀想だからなどという感情はなかった。
親の仇を取る絶好のチャンスに『何もしなかった』のだ。『何もできなかった』のではなく、だ。
「唯ちゃんはもう気付いてきてるということだよ。」
「気付いて、きてる?」
「殺すという手段が、何も産み出さないっていうことだよ。」
「…………!」
七宮のその言葉に息が詰まる。私の表しようの気持ちが言葉で姿を見せた瞬間だった。
「唯ちゃんはもう俺と一緒に行動をしないほうがいい。」
そして七宮は私にそう告げた。その瞳は真っ直ぐ私に向けられている。
「刺宮家を殺さないのなら、俺と唯ちゃんが一緒にいる意味がない、そうだよね?」
「でも七宮だって殺すとかはしないって言ってた…」
「もう『振子』の音を回避できる状況じゃなくなったんだよ、もうそんな綺麗事も言っても仕方ない。」
七宮と初めて出会った時、冗談半分で『死ね』とか『殺す』と言った時に頬に走った鋭い痛みを思い出した。よくその一言を口に出しただけで私は七宮に殴られていたものだった。
今ではこんなに言っても、七宮は眉一つ動かすことはない。
それは状況が悪化している証拠であり、私はじん、と目の奥が熱を帯びたのを感じた。
それを止めるためにグッと唇を噛む。
「七宮……でも……。」
「正直、生半可な気持ちで一緒にいられるのも困るんだよ。」
え?
私はその言葉にフリーズをした。そして耳を疑った。
七宮がそんなことを言うはずがない、そんなわけがない。
「もう出てって、唯ちゃんは帰るべき家族がある。俺の理解は到底できはしないよ。」
私は何も言い返せなかった。
また無力だ、そう感じ気持ちとは裏腹に膝がかくかくと笑い始めた。
そして混ざりあって泥のような色の感情は、簡単な名前のものに形を帰る。
私は七宮の顔を見ることはせずに、煩いほどにガシャンと音をたてドアを閉めた。
私の感情を精一杯変形させ、怒りとしてぶつけたのだった。
そして白い通路を早足で抜け、込み上げる涙を服の裾で拭いた。
なぜこんなにも苦しいのか、私自身もわからないまま。
「…全員分の足音なんて、知ってるわけないのにね。」
七宮がそう呟いていることも知らず、私はその迷路のような道をひたすら引き返していた。
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