22
遊園地編 完結
これは紋章?
それとも烙印?
『めかくし』22
「お疲れ様です家長さん。」
「お疲れ様です、か。全く貴様はぬけぬけと。」
とある遊園地で、大量虐殺が起こった。それは規模とは反比例してあまり知られていない事件であった。その事件を知っている二人は寂れた小さいパーキングエリアのカフェのようなところで向かい合い話していた。
ちなみに話しているのは二人で間違いないのだが、二人にはそれぞれ連れである人間が一人ずついて合計四人で座っている。
そして更に四人と今さっき表現をしたが、その内の一人は一人と数えていいのか微妙なところである。何故ならば。
その姿は着ぐるみのパンダであるからだった。パンダはマントやブーツを装備していかにもシュールな戦隊ヒーローという感じだ。
その反対側の男は逆に闇魔術師のように黒いパーカーを顔が隠れるくらい深くに被り、何か怪しい空気を醸し出していた。
「まず我輩は、アンチドッグスの首領が我輩等寄りの人間だと聞いていなかったぞ。」
パンダは不服そうな声で目の前のなで肩な闇魔術師のような男に、そう言った。
「『岩下可器』ですか、私もここまで超越した能力を持ってるとは思いませんでしたよ。」
パーカーを被った男は、肩をすくめてそう言い笑った。
「岩下君は私達の上層部、『竜』と『鬼』を作り出した研究員を守護する『犬』の家系だったんです。言うなれば私の家系と同じ流れを組んだ人なんですよ。」
「………知っててこの『計画』の頭数にアンチドッグスを入れたのだな?」
「怒らないでくださいよ。私だって苦労したんですから。」
黒いパーカーを被った男は、口をにんまりと曲げた。
「世の中死んでもいい駒のような人間はなかなかいませんからね。」
「まぁ………よかろう。計画通り我が息子は能力を発揮してくれた。『命の振子』を聞かせることで精神不安定になってくれたからな。」
パンダはご満悦なのか、ふははと笑って机に両手を置き掌を開いた。可愛らしいパンダの着ぐるみの割に、その掌は人間の掌そのものでしわまでしっかりついていた。
「これで我輩らは最高の兵器を手に入れたのだ。共に栄華を誇ろうではないか。」
ふざけたパンダ、刺宮軋轢は真っ直ぐとした無機質な黒い瞳で目の前の男を見る。
「なぁ、匂神の実質的家長。庵殿。」
庵と呼ばれた目の前の男は、黒いローブを取り、妹である匂神唯とそっくりなマロ眉を見せる。そしてにっこりと「私が家長なんてとんでもない。」と呟きながら朗らかに笑った。
そして庵は言い放つ。
「栄華?何を言っているんです?」と。
すると、庵の隣に座っていた少女はくすくすと含み笑いを漏らす。ちなみにこちらの少女の外見も普通から逸脱している。簡単に表現すれば『全身ピンク』の少女というところだ。
「どういう意味でしょうか。お父様の意見に対してそのような態度は感心できませんね。」
今度はパンダの横に座っている女性が、前に乗り出して目の前の庵を睨む。こちらの女性は黒いスーツに身を包んでいる。シャツは第2ボタンくらいまで開けていて、この体勢だと綺麗な胸の谷間ができていた。
「雅、静かにしていなさい。」
横にいるパンダにその女性は制され、雅という名の彼女は膝に手をつき姿勢を正す。
「私は貴方の家族を奪われて、思ったんですよ。」
庵はにこにことした表情をしつつ、目を薄く開く。その目は矢のように射止めるような鋭利さを持ち、雅は机で隠れた膝の上でスーツをぎゅっと握る。
「貴方が一番苦しむ方法は何なのか、それは私が想像するところでは、貴方の陳腐な『野望』を根こそぎ滅ぼすことだと。」
庵は隣にいる全身ピンクの少女、透藤愛美は勿論、刺宮雅、そして刺宮軋轢にも何も言わせず次の言葉を口にする。
「だから私は貴方の『野望』をひっくり返して、『零計画』を実行します。」
何も言わせない、異様な空気を渦巻かせ庵は黒く笑う。
「貴方が五感家の栄華を望むのなら、私は五感家の滅亡を望みましょう。」
刺宮軋轢はその言葉に、いつものように相手を笑うことはなかった。濃度のある庵のオーラに、自分のオーラをぶつけるように口を開く。
「匂神家を襲撃した時にお前は言ったな、『私にはもう何もない、零なんだ。貴方の言う通りに従うから命は助けてくれ』とな。」
「それがどうかしましたか?」
「我輩を欺くなら平気で裏切るか。想像はしていたが、ここまで牙を剥くとは思わなかったぞ。」
軋轢の言葉に、庵は丁寧に会釈をして「どうも」と呟く。
「というよりも、貴方の野望云々よりこの思想は元からあったのです。私達はこの世界に息をしている事自体、間違っている。」
庵は相手はおろか、家族や自分自身さえも否定する言葉を口にする。
「庵殿、わかっているのか?それは、そこにいる愛美殿、そして実の妹である唯殿をも殺める思想なのだぞ。」
軋轢のその言葉に、庵は何も語ることはしなかった。その隣にいる愛美も笑みを崩さず無言のままだった。
「お前、狂っているな。」
軋轢は皮肉げに、庵にそう呟いてそれ以上に何も言わなかった。
「七宮智という『人間兵器』をどちらが先に使い望みを体現するか、楽しみましょう。」
庵は微かにキナ臭い香りを身に纏い、口を三日月に曲げる。
「『ゲーム』は始まったんですよ、軋轢さん。」
軋轢はその言葉に、怒りや憐憫の入り交じった声でこう返す。
「受けて立とう、五感家の死神よ。」
重たく押し潰されそうな空気が流れたところだ、四人にとある女性が声をかけたのだ。
「ちょっとあんた達、何尻尾巻いて逃げてるのよ?」
「「「「………!!」」」」
四人は突然のその女性の出現に、息をのんだ。愛美も雅も、軋轢や庵でさえこの女性が来る予定等なかったからだ。
ちなみにこのカフェの1ブロックは五町家の力により任意された人間以外の意識には知覚されない場所だったのだ。
それは結界を張っているという表現でも全く問題はない。
そこに当然のように彼女は、現れてしまったのだ。
カーディガンにリボン、さらにスカートという典型的な制服姿。しかしロング真っ赤な髪と尖った耳、そして朱い瞳は制服とは全くマッチしていない。
彼女は真っ赤な長い髪を右手でかきあげ、好戦的に舌をペロッと出す。
露になった首筋には『処刑人』の文字。
「命を狙われる役を背負って?あたしには屍肉だけあげて、あんた達はホイホイと逃げ出すなんてね。」
遊園地での『処刑人』は残忍に笑い、四人を見下すように見る。
「身体を貸してくれてる『朱里』も学校をせっかく休んだのに。それじゃあこの『朱鬼』も怒っちゃうなぁ。」
「朱鬼……さん。」
庵は流石に動揺しているのか、ひきつった笑みを見せる。処刑人の選考は庵が行ったのであるが、絶対に智を壊すまで殺されない人間をと考え、禁じ手でもある彼女を選んだのだ。
五感家、特に世辞家の同じ系列である上層部、『鬼』の人間。絶対的な暴力を誇る者達。その中でも1、2を争う猛者、そして世辞沙也夏が心酔する鬼。
彼女、朱鬼はそんな人間だった。
「すみません…後を追って連絡をしようと思って…、朱鬼さんは何を報酬として望みますか?」
庵は朱鬼の姿を見ながら、言葉を選ぶようにしてそう言った。
朱鬼は、うーんと唸る。
「…あたしは黒髪でかわいい『朱里』と身体を共有しているのは知ってるわね?」
「……憑依していると聞きました。」
「憑依してるなんて言い方悪いわね、あたしは幽霊なんかじゃないわ。朱里とあたしは…そうね、二重人格って言ったほうがわかりやすいかしらね。」
四人共、鬼の脅威というのはよく知っていた。その破壊力はもはや昔語りのように伝説化されていたからだ。
刺激しないようにと、息を潜めている。
朱鬼はそれに気づいているのか気づいていないのかわからないのが、話しを続けた。
「朱里はね、猫がとっても好きなのよ。最近、捨て猫を拾いたがっててね。でも場所がなくて。」
朱鬼はそう言ってから、にっと無邪気に笑う。
「だがら猫の大きな小屋と、半年分くらいの餌を準備しなさい。あとあたし達にこれ以上の関与はしない!いいわね?」
朱鬼の要求は意外なものだった、四人共一瞬ポカンとした。
「わかりました。」
なるべく間髪入れずに庵がそう言うと、朱鬼は満足げに雅の分の口のつけてない紅茶を手に持ち飲み干した。
「じゃあ明日中に必ずね?」
朱鬼はそれだけ言い、真っ赤の髪をなびかせ何事もなかったように背を向け自動ドアを開け、去っていった。
四人は唖然として、彼女の後ろ姿を見ていることしかできなかった。重たく有無を言わせないこの空間を、彼女は見事に食らっていったのだった。
彼女のあの竹を割ったような性格が世辞沙也夏の人格成形に多大な影響を与えたのも、今の四人なら十分理解ができるだろう。
「…さぁ、私はそろそろ唯達を迎えにいかなきゃいけないので。ここはおいとまさせていただきます。」
「次会う時には生意気なその声帯を潰してしまおうな。」
「望むところです、刺宮の家長様。」
「早く去れ、匂神の死神よ。」
そしてその空気を再構築することはなく、二人の長はカフェの一角から離れた。
『優性思想』と『劣性思想』、果たして勝つのはどちらか。
「もっと楽しく生きることはできないのかねー。可哀想に。」
真っ赤な髪した処刑人は、帰り道、バイクで疾走している中で誰に言うでもなく呟いた。
>23
一応遊園地編を完結しましたので
ひとつのピリオドとして書きます。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
やっとここまできたというところです、
人間関係がなかなか入り組んで読みづらかったところも
あるかと思います。
それでもやっとキャストは揃ったというところですね。
もう新しい名前は出てきません。
あとは減っていくのみです。
物語は加速していきます。
もしよろしければ、執筆に時間がかかると思いますが
長い目で待っていてください。
それでは!




