21
さて、実質上の遊園地編ラスト・・・かな。
(まだもう1章あるけど)
歌って叫んでぐるりと
回ってべろべろばっと
世界を笑え
『めかくし』21
「唯!無事だったのね、良かった………。」
「沙也夏さんっ…沙也夏さんも大ケガしてなくて良かったです!」
私、匂神唯は朱里さん、可器そして憲との一戦を終えた後、沙也夏さんに連絡をした。
すると沙也夏さんもちょうど愛美との戦闘を終えた後だったようで少し疲れたような声で、応答をした。
そして沙也夏さんに古代エリアの入り口まで来てもらって、無事に合流することができたのだった。
そして今に至るわけである。
私も沙也夏さんも無傷というわけではなかったのだが、想像していたほどの傷を負ったわけではなかったので胸を撫で下ろした。
だが沙也夏さんの表情が心なしか少し暗いような気がした。
「それで憲は…えっと、親の仇はとれたのー?」
「いや、今は処刑人を探すことが先決だと思ったんで放置してきました。」
「そうなんだー、智のことも心配だしね。」
そう、私は気絶している憲に止めを差さなかったのだ。理由は正直なところ自分でもわからない。
可器の身代わり人形として使われたことに同情をしたのか、薬で興奮してない状態で人を殺すことができなかったのか。
それとも、もう親の仇なんて取らなくても良いと思ってしまったのか。もしもこれが理由だとすれば、私は何の為に沙也夏さんや七宮と一緒にいるのだろう。
私はブンブンと首を振った。
「とりあえず処刑人を探さないとねー。」
沙也夏さんのその言葉に私が頷こうと思った時だ。
けたたましい声と音が遠くの方で鳴り響いた。擬音語では到底表現しきれない、『乱闘の音』だった。
そこへ意識を集めていくと、独特な苦い鉄分の匂いがした。一人分ではない、濃厚な血の匂いだ。
そしてその方向はあの独裁者の統べる中世エリア。そこには智がいるはずだ。
「沙也夏さんっ。」
「行ってみましょー!」
赤の勾玉と黄色の勾玉を揺らしながら、私達は走り出す。払拭しきれない胸騒ぎを抑えながら歪な銅像が左右対称に置いてある通路を駆け抜けた。
そして宮殿が見え、音の主はその宮殿の手前だということを知る。
自分達がこのゲームの説明を受けた時には、沈黙し眠りについていた檻の中の人間達が音の主だった。
何百人もの人間達は檻の中で殺し合っていた。
それは人間というよりも猛獣のようだった。武器を持たない檻の中の住民は己の爪と牙で引き裂き、噛みついていた。
目玉や何かの筋が体内から飛び出しているのが見えて、私はグッと胃液がこみあげてくるのを感じて口を抑えた。
その虐殺は理由とか論理とかは存在していなかった。ただ命令を遂行しているというように誰もが虚ろな瞳で人を殺していた。
「素晴らしいと思わないか。」
その声に私は宮殿のバルコニーを見上げる。そこには椅子に縛り付けられた七宮と、私を見下ろすように見つめる軋轢がいた。
この人間であれば初老の男性であろう声は、軋轢の声だろう。
「これが我が息子の本当の力だ、異端児だからこその異常な力!我輩は息子を誇りに思う。」
「………ふざけんなっ!」
私は以前、足が萎えるくらいに恐怖を感じた軋轢を罵倒した。
怯えたように身体を縮こませて目を見開いている智が、殺し合う人達とパンダの向こう側で隙間から見えた。身体から沸き上がってくる熱く絡みつくような感情を喉から吐き出す。
「どれだけ複雑な思いで七宮があんたを見てたか知ってんの!?」
なんだ、何言ってるんだ自分。
人外の超脚力があればひとっとびで郷愁狂臭をあの首に突き刺してやる。でもこんなに殺気立ってるくせに、七宮の顔が頭をかすめるのだ。
あれは父親ではない、と確かに七宮はそう言っていた。それでも私は心のどこかで気付いていたんだ。
七宮はあのパンダの中身を七宮軋轢だと信じているのだ。四肢にナイフを刺されても、こんなに惨めに利用されても、きっと信じている。
理解できないと最初は思った。でも私も軋轢と庵兄を入れ換えて考えてみて気づいた。肉親とはやはり根幹では繋がっていたいと願うのだ。
その思いを平気で踏みにじる軋轢が許せなかった。しかし、同時に自分も許せなかった。
七宮はどんな思いで私を見ていただろう。刺宮に命を狙われてると言ってはいても父方の家系ということに変わりはない。あれだけ刺宮を滅ぼすと言っていたが、結局私はそれが頭をかすめて何もできない。
匂神の仇がとれなければ、命の恩人の七宮でさえもこんな目に遇わせて。
軋轢への怒りは勿論あるが、それは自分への怒りをも含んでいるような気がした。
本当に嫌気が差す。
「我輩への言葉はそれだけか匂神の娘殿。」
軋轢は私の言葉をなんとも思っていないのか、相変わらず低く響く声でそう言った。
「匂神の娘殿と…沙也夏殿はいなくなってしまったか。」
私はその言葉にはっとして、隣を見る。忽然と沙也夏さんはいなくなっていた。
軋轢に臆したのかと一瞬考えたが、沙也夏さんに限ってそんなことはないと思い直す。気まぐれでいなくなったのかとも思ったが、それはそうだと思いたくなかったので考えるのはやめることにした。
「では唯殿と息子がいるところで宣言しておこう。」
刺宮の王は玉座を王子に明け渡し、仁王立ちで立っていた。
「我輩は息子のこの力を使い、刺宮を繁栄させるのだ。いや、それでは狭すぎるな。」
軋轢はそう言うと今度は国民を優しく愛でるように、優しい声色で言った。
「五感家全てを繁栄させるのだ。その為には劣性種族である『ただの人間』共に知らしめてやらねばならない。我らの力を、意志を。」
その声とは対照的に、言っている内容はさながら独裁者だった。
例えるならキング牧師のような声色でヒトラーのような思想を語っているような感じ。
言ってることは酔狂な考えだとは百も承知だ。だが、この男は多分この考えに絶対的な自信を持っている。
「沙也夏殿ならわかってくれるだろう、五町大胡殿も言っていただろうが…、我輩らは少し普通よりどこかしらの能力に長けている。だからこそ社会に適応できない。我輩らは入れてもらえない弱者に成り下がるのだよ。」
「………そんなことない。私の家はあんた達に滅ぼされるまで平和に暮らしてた。社会にだって適用できてた!」
軋轢は私の言葉にしばらく沈黙してから、首を傾けた。いや首を傾けたというより上体を少し横にそらした。
「まぁそう思うのなら今はそれでよかろう。じきにわかる時がくる。」
ハハッと不敵な笑みを声を出していい、また何か私に語ろうと前に身体を乗り出したところに。
『確かにあたしはあんたの言いたいことがわからないわけじゃないわよー。』
四方八方からノイズの混じった声が聞こえた。
その声の主は沙也夏さんだった。沙也夏さんはいつのまにかゲームが始まる前に雅がルールを説明していた軋轢の横に立っていた。それは気配も何もなく、まるで霧のように突然沙也夏さんは出現したのだった。
「ほう、なんだ。我輩の意見に同意してくれるか。」
軋轢は少しだけ驚いたのか、そう尋ねるまでに間があく。そして軋轢の問いに沙也夏さんは自分の未だに細い両腕を伸ばして言った。
『あたしは人間を食べる普通じゃない人間。だから両腕を縛られて人を殺すつまんない芸を見せて、そしてそれを生きる意味にして生きてきたわ?』
鎖に縛られ使ってこなかった腕は、この短時間さえ上げていることが疲れるのかまた腕を下ろす。
「辛かっただろう?弱者の群衆に虐げられる日々…。我輩と共に思い知らせてやろうではないか!」
軋轢の言葉に、今度は沙也夏さんは大きく首を振ったのだ。
『でもあんたの考えは間違ってる。』
沙也夏さんはそう言うと軋轢の奥にいる智に視線を移し、私でもわかるくらいの『殺気』を軋轢にぶつけた。
自分に対してではないのに身の毛がよだつ感覚がした。
「お父様に手出ししたら許しませんよっ!」
その殺意を察してか、宮殿へ入る階段の裏側からスーツに身を包んだ雅が顔を出して叫んだ。
私達が攻撃をしてきた時への予防線のようだった。沙也夏さんが攻撃しないことを確認してまた身体を階段下へ隠す。
「我輩を殺さないか?沙也夏殿。」
『もうこんなところにいるのはゴメンなのよ。早く智を渡してくれないー?』
「さっきまで生き生きとして人肉を食らってた者が何を言う。」
軋轢はそう言ってせせら笑うように沙也夏に言った。
『もう誰かに踊らされるの嫌なのよ、あたしはあたしの楽しいように生きていたいの。これを聞いて思ったのよ。』
沙也夏は目を細めて、自分のヘッドホンを耳から外しipodからプラグを引っこ抜いた。
すると自動的にスピーカーになるようで曲が流れ出した。
その曲は1人の女性のアカペラだった。その声は囁くようでそれでも意志の通った芯のあるもので、マイクを媒介していても音割れをすることはなく、遊園地全体を包み込んだ。
歌詞は日本語でも英語でもないようだったが、憂いと美しさに満ちたその声は全てに訴えていた。
もうつまらない争いは止めろ、と。
「はっはっはっははぁー!!」
その歌を聞き、軋轢は声を上げて笑った。それはいつものような皮肉めいた笑いではなく心底おかしそうに腹を抱えていた。
「沙也夏殿、この曲をどこで手に入れた?」
『ずっと昔に友達に教えてもらったのよー。』
「そうか、そうか。」
軋轢のその声は独裁者でもなんでもなく、どこにでもいそうな人間の声だった。
「沙也夏殿、宣言しておいてくれ、『ゲーム』はもう終わったと。我輩らは撤退するとしよう。」
その言葉に雅は階段下からまた顔を覗かせた。どうも予定が違うらしく驚いているようだった。
そんな彼女の様子を見て、軋轢は雅を手招きする。
「その声は我輩の妻の声で、非常に懐かしく愛しい。」
そして非常用だったのか、遊園地内で待機していたらしい車に乗り込んで何事もなかったかのように去っていった。
私はそのあっけない終焉に、ただ傍観者として眺めていることしかできない。『夜祭』の時と全く同じように私はまた、何もできなかった。むしろそれ以上に感じる、無力感に身体中の力が抜けがくりと膝をつく。
沙也夏はすぅっと息を吸い込んだ。
『これにてゲームを終了します。』
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