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20

智パートスタート。

そして実は智パートこれで終わりだったり。

でも自分の中で割とお気に入りの章だったりします。




怪物と心内かくれんぼ。

いつかは見つかってしまう。

始まりがあれば終わりがある。

「もういいよ。」諦めよう?




『めかくし』20




「どうだここからの眺めは。」


刺宮の家長である刺宮軋轢は、僕のほうを向いて低い声でそう言った。


僕のことを見ているのか、ましてや笑っているのかもわからないパンダの着ぐるみはただただ僕の前に存在していた。


他の刺宮家はバルコニーにはいなく、僕とパンダだけがここにいたのだった。


そのパンダの首に巻かれていて風でたなびく赤いマントの一つ向こう側にピントを合わせると、檻の中で何百人もの人間が未だ眠りについていた。


僕は先程父親がいたバルコニーの玉座に座らされていた。だが玉座というよりも電気イスという方が表現は正しい。手足を鉄の拘束具で固定されている。




「貴方はこんな格好でのんびり風景でも鑑賞してろって言うんですか?」


「我輩がそんなつまらないことを望むと思うのか、我が息子よ。」


僕は軋轢の軽口に正直なところ反応する余裕はなかった。


唯ちゃんと沙也夏ちゃんが『処刑人』を探しにそれぞれ違うエリアへ行ったところで倦は僕の背中にスタンガンを当てたようだった。身体がそこまでいくかというくらい跳ね上がったところで僕は意識を失った。


そして目覚めた頃には豪奢な椅子にくくりつけられ、いつも耳につけている補聴器も取り上げられていた。


別に僕は難聴というわけではない。むしろ半分は七基の血を引いているわけで聴覚は発達している方である。


そう、発達しすぎているからこそ補聴器を重宝していたのだ。


軋轢の重たい低いトーンの声よりも更に響く『振り子』の音が、僕の耳から全身を侵していた。


かちっこちっと全方向から振り子の音が鳴り響く。間違いなく『かちっ』という音を鳴らしている人間の中に唯ちゃんや沙也夏ちゃんがいるのだろう。


『こちっ』という音に入っていても全くおかしくはない状況だ。その考えをなるべく考えないように今目の前に流れる、声や風の音に意識を集めた。


グラグラと僕の中にある『軸』のようなものがぶれてきているのを感じ、ギりと唇を噛む。


何かが自分の中で崩れていきそうな気がした。


「息子よ、お前は可哀想な人間だな。『振子』に振り回されるあの重りのようだ。」


軋轢は僕にそう言った、皮肉の念か憐憫の念かわからないいつもとは違う声で。


「………………。」


「『振子』の音を支配してみろ。怖がる必要はない。」


「この音をこんなに恐れるようになったのは誰のせいだと思ってるんだ…!」


そう、僕はずっとこの『振子』の音に怯えて暮らしていた。何よりこの能力にはっきり気付いたきっかけは目の前にいる父の死だった。


『かちっこちっ』と音が鳴り、漠然とした嫌な予感を抱えつつ風呂場へ走っていった。風呂場を一瞬開けていいか迷ってから開け、その時嗅いだ『人の溶けた匂い』。


今もまだ覚えている。



「それをきっかけにさせるつもりは毛頭なかったんだがな。それは詫びよう。」


着ぐるみのパンダはハハハハと声だけで笑った。それでもそんな豪快な笑い方が僕の知っている父さんそのものだったのだ。


「父さんはあの時死んだはずなんだ…貴方は一体何者なんです?」


「我輩は刺宮軋轢。それ以外の何者でもない。」


僕の問いもいつも通りの返答をされてしまい、僕は何も言うことができなくなってしまった。


「なぁ、我輩が何故ここに刺宮の雅、憲そして倦を同行させないかわかるか?」


軋轢はそういえばと、とってつけたように話題を振る。


親子水入らずになりたいからだろ、と一瞬言いそうになったがそれは自分自身で否定したばっかであり黙ったままでいた。


「……本当にわからんか?」


軋轢は意外そうに俺のほうにパンダの顔を向けて、ゆっくり近づいてくる。


俺はぞく、と背中に悪寒を感じて身体をよじった。当然拘束具からは逃げられず状況はまったく変わらない。


刺宮の人間は俺を目の敵にして襲ってくる。それは異端児で汚い人間だからだと思っていた。でもそれはあくまでも自分の仮説である。


狙われる理由を真剣に考えたことはなかった。もしかしたら考えることを無意識に拒否していたのかもしれない。


そこは触れてはいけないもののような気がしていたんだ。


必要最低限のことしか常に求めてこなかった。


自分を守る為の膨大な情報。

それとは不釣り合いな人間関係。


目の前の人間が死ぬことを予測できてしまう残酷な能力。どうでもいい人間も、どんなに想っている大事な人間でも死ぬ時は等しく『こちっ』という音。


失うことを先に知ってしまうのが恐ろしかった。だから僕はテレビとかパソコン等に逃げていった。どこにいるのかもわからない他者の『振子』は流石に聞こえないからだ。


無機質をひたすら愛して、自分の身を取り巻く事情から目を背け続けた。


そして今、現実とは思えない現実がここに具現化し俺を揺り動かすのだ。


目を醒ませ、と。


「まぁ、実際のところ雅も憲も倦も本当の理由は忘れてしまっているのだがな。」


目の前のパンダはクルッと俺に背を向け、少し歩いた。


「五町の長、平殿に頼んであの子達の記憶を『忘却』させて頂いた。あまりにもあの『事件』は悲惨だったからな。」


俺が口を開いて何かを言おうとした時に、パンダは先にこう言った。


「お前もだ、我が息子よ。」


「…………え?」


そしてパンダはまた振り返り俺に顔を見せる。相変わらず変わらない造られた表情。振り返った時の遠心力で赤いマントがバサッと翻った。


俺はふと、父親である軋轢という男の能力『殺物』というものがどのようなものか思い返した。


人体以外のものを壊したり、殺したりする能力。もしかしたら常人でも人体も大きいナイフでもあれば壊せるわけで、人体以外をと定義するあたり軋轢のモットーもあるのかもしれない。


殺されはしない、それでも五感家の人間は軋轢に畏怖の念を抱いている。その由縁は本当に人体以外ならなんでも壊せるということだ。


「なぁ、智。」


石ころも人格も空き缶も感情も。

軋轢は全て平等に徹底的に殺す。治せるレベル、瀕死状態にはしない。どうしようもないくらいに殺すのだ。



目の前のパンダは、顔を歪めて道化師のように笑った。



「『皆で行った遊園地』楽しかったな。」



大音響、回り続けるメリーゴーランド、笑い合う大家族、ポップコーンの匂い、指差した観覧車、糸をつまむ感覚、手から離れた風船、空と風船、赤い風船。


吐き出す音、疲れたメリーゴーランド、沈黙の大家族、嗅いだことのない臭い、天を仰いだ両手、腕を爪で引き裂く感覚、こと切れた命、空に消えた風船、赤い液体。



かちっ、こちっ、かちっ、こちっ、かちっ、こちっ、かちっ、こちっ、かちっ、こちっ、かちっ、こちっ、かちっ、こちっ、かちっ、こちっ、かちっ、こちっ。



とある『事件』を、思い出した。



「うわぁあぁあああ!!!」


怖い、知りたくなかったんだ!蓋を開けた事実は俺を蝕み、食らっていく。蛆のようにいやらしく身体を這いずりながら。


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

俺は肺をひきつらせ、ひくっと身体を痙攣させる。


そして僕は、俺は、願ってしまったのだ。



歪に固まるパンダの軋轢の赤いマント。着地のできない不格好な雀。地球の法則を忘れた水の雫。



「あ……ぁぁぁ………。」



俺は世界なんて『静止』してしまえ、と願ってしまった。


俺は縛られた玉座に腰を降ろして、乾いた笑みを溢す。あれだけ怖かったパンダもひたすら立ち尽くしているだけ。


こうにか滑稽なものか世界というものは。俺様をこれだけ傷つけたんだ。俺は悪くない、俺は悪くないんだ。


でも拘束具なんてつけやがって、これじゃあせっかく世界の王になっても何もできないじゃないか。


やることがない俺は、ふと首元を見たのだ。


青く勾玉は光っていた。止まった世界であるはずの勾玉は俺が身体を動かすと微かに動いた。


お揃いで買った勾玉、そうだ買ってきたんだった唯と沙也夏に。無事に家に帰れるようにと笑いあって。



なんだ、これじゃあ独りぼっちじゃないか。そう気付いた途端、ハッと僕はもう一つの考えに至る。


僕はこの止まった世界に閉じ込められたのだ。そう思った瞬間、言い様のない焦燥感に晒された。


手足もないこの空間で、どうすればこの世界は動いてくれるのだ。


煩いほど静かな世界を見下ろして、僕はその答えを見つけ出す。


時は刻むもの、何で刻むかといえばそれは音なのだ。そして僕が持っている楽器は他でもない。


狂ったメトロノーム、『振子』だけしか残されていない。



そして僕は…………。




>21


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