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戦闘中
君は君ではなくて、
君が真似た何かなんだ。
君は君になることができなくて、
全くもって可哀想なことだよ。
『めかくし』18
お土産屋だろうか、ギラギラチカチカと店頭の雑貨が眩しい店の陰にあたしは荒い息をどうにかひそめる。足を止めた途端ズキズキと、血で真っ赤に染まった左の足首が痛みだした。あたしのお気に入りのダメージジーンズは、その部分だけ制作者が発狂してしまったかのように生々しく傷をおっていた。ある意味、本物のダメージジーンズである。
そういえば、とあたしは今までのことを思い返す。
「対等の敵と戦ったこと、なかったなぁ……」
思ったことをそのまま独り言にして口から発してみる。声を出すだけで酸欠のように苦しくなって肩で呼吸をした。あたしは智からもしものときにと言われ持たされた『ケータイ』という触ると画面が変わる機器を取り出す。
「カービィカービィカービィ……!」
確か智が「これは便利だから覚えておいたほうがいいよ」と言っていた携帯内にお気に入り登録されている『Wikipedia』を起動させる。
「みーつけた」
「…………!!」
純粋にかくれんぼを楽しんでいるような無邪気な声に、びくっと身体を震わせまた私は駆け出す。逃げることに必死すぎてヘッドホンから流れる楽器の叫びに、耳を傾けることができない。
一体あれはなんなのよ!
そう思うのにはほんの少しだけ、時間を遡る。
別に一発で終わるとか五感の相手にそんな甘い考えを持っていたわけではなかった。それでも相手がその攻撃に反応してかわすことによって、こちらも素早く対応し次の一手を出すことができる。愛美の首に目掛けて、あたしは剃刀のついた靴で蹴りつけた。大胡にもこうしたな、と頭の隅で考えながら愛美の次の動きを見極めていた。
動かない。
動かない。
動かない。
騒ぎ続ける音楽に、踊り始めないパートナー。
そして、恵美の首が、吹っ飛んだ。
「……へっ…………?」
あたしは拍子抜けして、思わず吹っ飛んだ首を目で追う。
そしていつもリズムをひとつ遅らせて噴き出している血液が、今日は出てこなかった。首と胴体が放れたら普通切断面から血が出てくるはずなのに、と思っていた時。吹っ飛ばされた首だけの愛美はにんまりと笑って、パッと消えた。視界の下の方で、胴体も同時に消滅する。
まるで智がいつだかやっていたテレビゲームの敵キャラのように煙が立ち込める。むわっとその煙があたしを被い、喉がカラカラと渇いて咳き込んだ。この煙の臭いに微かな色。煙は砂埃のようだった。
見れば足下には黄土色の砂が辺りに散らばっていた。
風が空き缶と砂をさらっていく。
ヘッドホンで塞がれていた耳が風の音を聴いた時。
足下に何かが食い込んだ。
「ぃたっ…………!?」
あたしは反射的に何かを振り払って足下を見る。無理矢理振り払ったせいでブチッと食い込んだ肉の繊維が千切れる音がした。
そこには這いつくばった愛美の姿があった。
愛美はにんまりと笑って起き上がり、舌でペロッと自分の下唇についた血をぬぐう。
「『妄創』」
「もう……そう!?」
「僕ちゃんはキャラのデザイン、例えば衣装や髪型でそのキャラになりきれるんだよん。僕ちゃんは今カービィ! カービィができることは僕ちゃんにだってできるんだもんねー!」
愛美はそう言いピースをして、桃色の先程よりずっと獰猛な瞳をあたしに向ける。
「五感の能力が花開いてもいない未熟モンに負けたくないなって」
あたしは嫌な予感しかしなかった。何よりあたし自身の武器が全く効果をなさないことがわかり、パニックに陥っていた。あたしは彼女に背を向け、足を傷つける為ではなく傷つけられない為に使う。
簡単に言えば逃走した。
そしてあたしが見つからなそうな物影に隠れては、愛美があたしを見つけ、そんな姿を猛獣の瞳で笑ってくる。弱いもの苛めをされてるような気分になり、舌打ちをうちたくなるがそんなこともできないくらい切羽詰まっていた。
「……あ、あった」
チカチカとする目を擦りながらも右左と慌ただしく動かし、細かい字を読み取る。
『ピンクで小さく丸い姿をしている。身長は20cm程度(注1)。
敵キャラを吸い込むことができ、吸い込んだ敵は吐き出すことで星型弾となり、敵に当ててダメージを与えることができる(『星のカービィ64』のように、吐き出された敵が星型弾にならない作品も存在する)。敵や物などの吸い込んだ物を飲み込むことによって、その敵の能力や外見などの特徴を自分のものにできる「コピー能力」を持つ。ただしスカキャラ(ワドルディ等)を吸い込んでも何も変わらない。コピー能力は初代『星のカービィ』には存在せず、『星のカービィ 夢の泉の物語』を製作する際に宮●茂によって追加された 』
一番最初に記載されていた概要の項目にはこう書かれていた。
愛美がなぜ全身ピンクのコーディネートなのかは納得できたが、自分を脅かす能力に関しての鮮明な答えが出てこない。
『敵や物などの吸い込んだ物を飲み込むことによって、その敵の能力や外見などの特徴を自分のものにできる「コピー能力」を持つ』
この説明文に、あたしは少し引っ掛かった。というよりも能力についてはこのあたりにしか書かれていなかったから引っ掛かった。
砂をもしも吸い込んだのなら、砂と同じ性質になれるのかもしれない。
そんな馬鹿なと言いたくなる仮説だが、砂埃に姿を変えた愛美を見た後では有り得ないと切り捨てることはできなかった。
それでもそれなら、一体どうやって対策を練ればいい?
それにそれだけじゃ足元に噛みついてきたあの牙、あの瞳の説明がつかない。
あれはまるで……。
「僕ちゃん鬼ごっこ飽きちゃったよ? もっともっと楽しいことしよ」
「あ、あたしが久しぶりに考え事してるんだから……時間ちょうだいよー?」
愛美がまた見つけたぞ、としたり顔で隠れていたあたしを、見下すように見る。
あたしは軽口を叩きながらも、後ろに一歩退いて愛美を睨む。
強い者と弱い者。
食べる者と食べられる者。
いつも自分はどちらとも、前者の立場だった。
目の前にいる愛美は、間違いなく先程までのあたし。
「自分の能力もわからないで死んじゃうなんて可哀想だねー。でも僕ちゃんもお仕事あるし」
愛美は心底楽しそうに、あたしの様子を眺めながら八重歯の域を越えた牙を剥いた。
……牙?
あたしはそれを見て、動きを硬直させた。その代わりに脳内は珍しくめまぐるしい速さで思考回路を行き交いする。
カービィというのは、どうやら物や敵を飲み込むことによって、その敵の能力や外見などの特徴を自分のものにできる能力があるらしい。
あたしは愛美と話す前に行った戦闘で負った、かすり傷だが血が滲んだ腕の痕を思い出す。
あぁ、わかった。
今まで感じていた焦燥や恐怖が身体から剥がれ落ちるように消えていく。
それと同時に端に追いやられた器楽達が気づいてくれたか馬鹿野郎!と叫び、リズムを再び刻み始める。
「*****、*********!!」
もう愛美の言葉はあたしの耳には届かなかった。
愛美は遊びに飽きたと、口をグァッと大きく開けあたしに噛みつこうとしてくる。
あたしはそれに対していつも通り、蹴りで応戦した。クルッと半回転に回り、愛美の腹に蹴りの突きをお見舞いする。
だがそれは愛美の腹の感触を足で感じることはなかった。
愛美はにやっと笑って、また砂に姿を変え姿を消す。
あたしは微妙についた砂を足を振って落とし、バッと走り出した。
愛美はまた笑ったかもしれない。だがそれはお門違いだとあたしは心の奥で笑った。
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