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うーん、個人的にこの章はあんましっくりきてません。
もっと表現とか展開あったかなーと、もしかしたら改稿するかもです。
紅に色付く香も、
赤く燃え立つ炎も、
真の朱には勝てない。
『めかくし』16
「………………!!」
私は『アンチドッグズ』のボス、岩下可器と古びたソファにいた。私は可器に二の腕を掴まれて、両方の太股にどっしりと乗り掛かられていた。目の前に男の顔がある。赤いカラーコンタクトからずれて、黒い本当の瞳が見えるくらいに近くに。
「お前嫌じゃねぇの? もうちょっと怖がってくれなきゃつまんねぇんだけどな」
可器のその言葉に私は固まって身体を縮こませることしかできなかった。そうだ、今友達に無理矢理読まされた少女漫画の展開なんだ。一体私はどうなってしまうんだろ?自分にできることは毅然とした態度を示すこと。私は唇を噛みしめて、可器から目をそらした。
「ひゃはは、まぁいいさ。そんな態度一分も保てねぇよ」
可器はそんな私の姿を軽くあしらって、近い顔をさらに近づけてきた。
接触するくらいに。
タバコの臭いがどんどん近くなってきて、私は目をつぶって顔を背けた。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
だが、私が想像していた感覚が訪れることはなかった。
「お前……誰だ? せっかくお楽しみの時によぉ」
その代わりに怪訝そうな可器の声が部屋に響いた。私はゆっくり目を開き、可器の向いている方向に顔だけ動かした。
そこには1人の女の人が立っていた。
白い肌に対称的な黒髪。その黒髪を一本に結んでいて、カーディガンにリボン、さらにスカートという典型的な制服姿。そこまでなら一般的な高校生に見える。だが、光に照らされてもいないのに輝く朱い瞳と手に握られている刀が女性を特殊な雰囲気にさせている。
「そこの変態、嫌がってるじゃない。女の子から離れなさいよ」
鈴のように澄んだ声で、朱い瞳の女性は可器に言った。
「あぁ? せっかくお楽しみの始まり始まりだったのによぉ、それともなんだ?お前も俺に抱かれてぇのか」
可器は不機嫌そうな顔をしながらも、その女性に目を向けひゃははと笑った。その瞬間、自分の目の前に銀に鈍く光る線が入る。よく見たらそれは朱い瞳の女性が持つ日本刀だった。
「離れなさいって言ってるのよ」
「…………」
可器はひゃは、と笑い声を漏らして後ろに退き私から離れた。私はやっと身体の身動きがとれて、よろめきつつも立ち上がる。そして私はあかい瞳をした男女の対峙を後ろのほうで見る。
「頭ぁ、かち割ってやるよ」
可器はそう言って大きく右腕を振りかぶった。だがそれは落下点を女性の頭にするにはリーチがあまりにも短い。そして腕が頂点に達したところで可器の腕は真っ赤な炎に包まれた。
「…………っ!?」
それはさながら漫画のような光景だったが、まだ痛む火傷の痕を持つ私には納得のいくものだった。
「ひゃはっ!」
そしてその炎は金属バットとして姿を変え、そのまま女性の頭へ振り落とされる。素早いその一連の動きに、女性は対処できなかった。
「な…………!」
否、女性は『対処しなかった。』可器の炎で作られた金属バットは女性の頭に触れて消えていったのだ。女性は炎を身体の中に吸収し、何事も無かったように無表情で首を傾げる。
「お前、ただの人間じゃねぇな……」
可器は忌々しげに後ろに一歩下がり、女性を睨んだ。
「私は何もしてないけど」
女性は真っ朱な瞳を可器に向け、そして鋭い視線と同様、鋭利な刃を可器に向けた。
「さよなら」
その時、私の横を一陣の風が通り過ぎる。
「いいところに来たな」
可器はにやりと笑ってその風を起こした人間を自分の前に引っ張った。そのまま女性の太刀はその人間の肩に入り切り裂かれる。
「あぁっ……!!」
「……!?」
切り裂いた本人も驚いてるようだった。女性も最後まで裂くことはせず、刀を引く。可器の盾となった人間は、肩を抑えくぐもった声を漏らす。その切られた本人は、私のよく知る人間だった。
「刺宮、憲…………?」
私は梵字の描かれた手の甲と、何より家族の仇であるその憎い顔に驚いた。
「新入りさんよ、ちゃっちゃかアイツを殺しといてくれや」
可器は目の前に座りこむ憲を見下ろして、入れ墨を歪ませて笑ったあと全身から火柱がたち炎が消えた頃には彼はいなくなっていた。残ったのは、私と朱い瞳をした女性と憲。
「く……ちくしょ、なんだってんだよ!」
憲は激しい痛みに顔を歪ませながらも、どこか困惑をした表情を浮かべている。その女性もこの状況を理解しきれないのか、即座に憲に止めをさすことはしなかった。無意味な殺生はしない主義のようだ。
「とりあえず、大丈夫?」
そんなことを考えているうちに、女性は私に声をかけてきた。私は咄嗟に声が出なくて、首を縦に何回か振った。
「くそっ、なんなんだよこれ………!!」
憲は切り裂かれた肩口からシャツを破り、鎖骨くらいまでが露になる。私は思わず音に反応して憲の身体を見てしまった。憲の剥き出しになった肩には、赤い手が乗っているかのようにくっきりと手形の火傷が残っていた。
「これつけられてから、身体がアイツに操られて……」
憲は誰に言うでもなくそう呟き、ちょっと距離がある私に聞こえるほど大きい歯軋りを立てた。
「……何を馬鹿なことをって言いたいところだけどね、あんたの行動は確かに変ね」
女性は眉を少しひそめた。そしてその言葉に顔を上げた憲の眉間に、女性は刀の柄を思いきりぶつけた。
「んぐっ……!?」
憲はいきなりの衝撃に声をあげる前に、意識が吹っ飛んだのか後ろに倒れた。
「面倒はごめんだからね」
私も憲同様この雰囲気で、殴りかかるとは思っていなくてしばらく唖然としていた。
女性は私のほうを向く。
私は女性を味方だという意識で勝手にとらえていた。しかしこの人にとってはきっと、相手の状況、性別なんて全く気にしていないのだ。私は彼女にとって『他者』でしかないのだろう。
何をされるかわからない。
私は彼女の鋭い視線に射られつつも、ゆっくり立ち上がる。節々の痛みも感じない程に、私は緊張し唾を飲んだ。
しばらくの時が経つ。
沈黙を破ったのは女性の方だった。私から視線をそらし、何もない方を向いた。
「あっちに行かなきゃみたいね」
一人言なのだろう、女性は呟いた。
そして私に背中を向けて、何事もなかったかのように歩き出す。
「ぁ、あのっ!」
私は声を絞り出して、彼女を呼び止めた。ポニーテールの髪が揺れ、綺麗な白い顔と鋭くて朱く光る瞳を再度私に見せた。見返り美人とはこういうものなんだろうと、緊張の中頭の片隅で思い浮かんだ。
「助けてありがとうございました……。私は匂神唯です、いつかご恩はお返しします!」
教えることは禁忌であるはずの私の名字も、自然と口から出ていた。目の前の女性は、様々な意味で私以上の人間だと直感したからである。その女性は相変わらず憮然とした表情で、私を見てから口を開いた。
「当然のことをしたまでよ、私の名前は佐々木朱里。じゃあ先を急ぐから」
面倒くさそうにそれだけ言って彼女、朱里さんをまた私に背中を向け今度は振り返らず去っていった。去る朱里さんはその手に刀をもう持っていなかった。何事もなかったかのように、全ての音を連れて見えなくなっていった。
倒れた憲と私だけが取り残された。私はへたりとまた座りこんで、朱里さんの消えた先をボーッと眺めていた……。
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