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ついに遊園地到着です
お前の顔は何色だ?
お前の腹は何色だ?
お前は一体何者だ?
『めかくし』14
私達『家系なき家族』こと、匂神唯、七宮智、世辞沙也夏はジェットコースターに乗る願いを叶えることはできなかった。理由ははっきりしている。買った券を見せようと思ったが、受付にいるはずの人達がまるで休園かのようにいなかったのだ。
代わりにスーツを着てサングラスをかけた、いかにも怪しい人達がこちらを見て電話をしている。あからさまに密告していると言ったところだ。
「唯ちゃん、沙也夏ちゃん、まだここは戦う場じゃない。やりすごそう」
七宮はそれだけ言って私と沙也夏さんを連れ、入園した。地図を開くと、その遊園地の広場は3つのエリアに分かれていることがわかった。
入口から見て左は『古代エリア』、地図の絵を見る限りでは遺跡をテーマにしているようだ。それに対して右は『未来エリア』、これは宇宙人がやたら多く書かれている。『宇宙人の館』とかいうアトラクションもある。そして真ん中である古代と未来の緩衝地は『中世エリア』らしい。都心に近いわけではないので、敷地に関しては某鼠ランドに劣らない広さだ。
「どこかに刺宮家の連中がいるってことなんだろうけど……なんだろ、一般客が誰もいない」
私はそう言いながら辺りを見渡す。一般客はおろか、レストランやお土産屋にいるはずの従業員さえいなかった。代わりにいるのは入口にもいた、黒スーツにサングラスの人だけ。
「休園……? いや、まさかそれなら刺宮家の一般客に対する勧誘はできない」
七宮もわけがわからないと言った風に、眉をひそめた。沙也夏さんも同じような顔をしている。
ピンポンパンポン
その時、園内アナウンスがこの遊園地に響き渡った。
『お呼び出しを致します、東京都からお越しの匂神唯さん、七宮智さん、世辞沙也夏さん。刺宮軋轢様が迷子を探しております』
その女性のアナウンスを聞いた途端、私達は絶句してそのスピーカーを見上げた。
『至急中世エリア中央、ヴェルサイユ宮殿へお越し下さい。早く来ないとこの私、刺宮雅様が陵辱します』
そのアナウンスからは、一人の笑い声が聞こえた。聞き間違えようがない、あの五月蝿い笑い声は刺宮憲の声だった。アナウンスが終わり、私達は顔を見合わせる。
「罠……でしょ。これ、七宮じゃないけど漫画的な展開で言ったら完璧罠でしょ?」
私のそんな問い掛けに、七宮はただただ苦笑いを浮かべるだけだった。
「罠がなんだって言うのよー。何されようがあたし達が強ければいい話じゃない?」
そんな中で沙也夏さんは、七宮よりたくましく笑った。私も七宮もなんとなく考えるのが阿呆らしくなり、沙也夏さんの言う通り指定された場所、ヴェルサイユ宮殿へ歩を進めた。
「やぁ、我が息子に唯殿と沙也夏殿。また出会うなんて我輩にもそちらにも悪運があるのだな」
刺宮のパンダヒーローこと、刺宮軋轢は見下すように私達を見ていた。ここは中世エリアの中でも、ヴェルサイユ宮殿と呼ばれるスポットである。本物の宮殿というのは見たことがないが、横幅が広く豪奢で人為的に古めかしい造りになっている建物が目の前にそびえたっている。
その宮殿の二階にあるバルコニーに刺宮軋轢はいた。位置的に見れば、まるで国王のように。独特の圧倒的な威圧感を漂わせて、そこに君臨していた。否、国王のようと連想するのは他にも要素がある。
一つは、刺宮軋轢の腕に腕を絡ませている一人の女性がいること。女性はスーツ姿なのだが、先程まで徘徊していた不気味な集団とは何処か違う雰囲気があった。その気品ある艶やかな雰囲気は、さながら王妃のようだ。
あれ、あの人シャツ着てなくないか?
否、まさかそうなはずない。
そんなことよりも、王妃の存在よりも軋轢が国王のように見える要素が私達の目の前にある。何百単位の人達が、緑の檻に閉じ込められていたのだ。老若男女それぞれの人間が、その檻の中に収容されていて、更におぞましい事に誰一人叫び声をあげていなかった。
身体と身体が重なるほどの狭いの檻で一人残さず、眠っていた。死んでいると理解しないのは、何百人の寝息が聞こえるからだ。国王へ歯向かい牢獄閉じ込められた国民のように。
「さすがに驚いたようだな? これだけの反応が見えるなら、部下の頑張りも報われるものだな」
国王というより、独裁者。刺宮軋轢はハハハと笑う。
「なんのつもりだ軋轢……!!」
寝息以外に何も聞こえない空間で、七宮は叫んだ。その声は宮殿から跳ね返り、私達に返ってくるくらいに大きい声だった。私は目の前の光景よりも、七宮の声に驚き七宮を見る。眼鏡の向こうにある瞳孔は開き、眉が吊り上がり、吠えるように軋轢を見上げ叫ぶ。
「ハハハハ! まだそのくらいの顔をしてくれるようなら良いではないか!!」
軋轢は息子を見て、高らかに表情を変えるはずもなく声だけで笑う。
「さぁゲームの説明をしようではないか」
軋轢は何か言おうとする七宮をよそに、軋轢はそれだけ言って、建物と同じく豪奢の椅子に腰かける。
そして王妃のような女性は、眼鏡をクイッと上げた。多分、あの女性は匂神家を襲撃したという暗殺者、刺宮雅。刺宮憲以上に、復讐するに相応しい、憎むべき敵。
「説明しますね、愚民共。ルールは至って簡単。この遊園地の中に『処刑人』がいるんですね。『処刑人』は檻の地下に埋まってる爆弾を作動させるスイッチを持ってるんです」
そこまで聞いて、私は唖然とする。本当に、二次元でしか聞いたことがない展開。こんなことしか考えられないなんて流石七宮の父親じゃないか、と思った。そんなことしか考えられない私も完璧に、現実逃避なのだが。
「『処刑人』は首筋に処刑人とボディペイントをされています。それで判断をしてください」
私達の反応を少しも見ないで、雅は説明を続けた。
「『処刑人』からスイッチを奪えば、貴方達の勝ち。何百の命が助かる。しかも刺宮家全員で首を吊ります。これでもう説明はいらないですね?」
軋轢が書いた原稿を、無機質に淡々と雅は話す。それが自分の家が滅びることだとしても。
「ちょっと待ちなさいよー。時間制限とかあるもんでしょ? それに爆発したらあんた達の勝ちなんでしょ? そしたらあたし達も死ぬわけ?」
沙也夏さんはフェアなルールで、やりたいようだった。時間無制限で、更に爆発しても私達に被害がなければかなり有利である。私は沙也夏さんに何も言わせないようにしたいと思ったが、諦めた。
「倦の彼女さん、爆弾が作動しようとも軋轢様は貴方達にペナルティを与えようとは思っていませんよ。わたくし個人は磔にして血祭りにあげたいですが!」
雅はルール説明のときとは真逆の、感情に溢れた声で言う。
「時間制限はないわけー?」
沙也夏さんはその剣幕に圧されることなく、平然とした顔で聞き返す。私はこれが女の戦いか、と背中に冷や汗をかきながらその掛け合いを聞いていた。
「あぁ、そうでした。忘れてましたよ」
雅は冷静さを取り戻したのか、また無機質な声になる。そして冷たい笑みを見せた。
「刺宮智が壊れたら、タイムアップですね」
その瞬間、一陣の風が通る。
私はハッとして、横を向くと七宮はスーツを着た男に背中を抑えこまれ、ダンッと地面に叩きつけられ俯せに倒れこんでいた。そのスーツを着た男は、『夜祭』で見た般若面を被っていた。
「七宮っ!」
私は腰に巻いたゴムに刺さった鞘、『郷愁狂臭』を手にかける。
だが、それを抜くことはできなかった。
「なんでっ! 倦……」
この男は刺宮は刺宮でも…刺宮倦、沙也夏さんの恋人だったからだ。
「沙也夏」
「何やってんのよ、早く智を離してあげて……」
「…………御免」
倦はそれだけ呟いて、それ以上何も言わなかった。
「あぁわかったよ……つまりは俺が軋轢様の話相手になればいいんだろ! 壊れる? ふざけるな。時間は無制限だよ」
七宮は顔だけを上げて、軋轢に対して声を上げる。
「……ごめん。唯ちゃん、沙也夏ちゃん。時間稼ぎしか僕はできないけど……『処刑人』を探して。何百人を殺すわけには、いかないから」
そして声を潜めて、七宮は私と沙也夏さんに言う。私はバルコニーのほうに目を向けて、唇を噛んだ。私達には倦が殺せないこと、七宮が『自分を助けろ』と言わないこと、全てを考慮していたのだろう。
汚い、汚い、汚い。
怒りが侮蔑が殺意が込み上げる。
だが、どうすることもできず、倦と話そうとする中私は沙也夏さんの手を引いた。
「沙也夏さん、ゲームで勝ちましょう。……それしかないです」
「でも…………!」
「勝てばいいんです。勝てばいいんですよ。沙也夏さん」
私は必死で沙也夏さんの手を引き、そう伝えた。
「…………!」
沙也夏さんは倦と七宮を悔しそうに見つめながらも、私の引っ張る方向へ走り出す。
『処刑人』探しの、狂ったゲームが始まった。
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