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ちょっと視点を変えまして
神は透明マントに靡かせて、
五丁の銃と七機の戦艦を背後に、お世辞をたしなみながら、
世界に刺激を与える。
『めかくし』11
「リバタリアリズム、ヒヒ。良い響きなカタカナ。日本語表記では自由主義、自分の所有するのは自分。そだろ?」
「何が言いたい?世辞高麗。我輩にはいまいち意味がわからないのだが」
ここはとある路地裏。
そんな会話を交わす、地べたに座り込む一人の男性と見下すように男性を立って眺める一人の異形。
そして、一人の異形に寄り添うというより寄り掛かっている女性。
異形と表現した者は決してゾンビなどという、そんな恐ろしい者ではない。ただ、ヤクザしかいなそうなこの路地裏で似合わない、パンダの着ぐるみ姿が仁王立ちをしているだけである。
異形と呼んで間違いではないだろう。
「イマジネーションが足りないんじゃない? ヒヒ、日本語表記では想像力。つまりは高麗は軋轢の話には乗れないってことだよ」
「世辞家全員の安泰を約束するのにか? 我輩の愛すべき家族であり組織、刺宮に下るのがそんなに嫌か」
軋轢と呼ばれたパンダは、理解しがたいような声で言う。世辞高麗と呼ばれた男は顔を上げる。その男性は端的に表現するなら、『もじゃもじゃ』だった。髪も眉毛も髭も伸びきっていて、年がいまいちわからない、若く見積もっても40代だろう。そして高麗はケタケタと楽しそうに笑う。
「世辞家がなんとかって知ったことない。なんだそれ、もしかして世辞って高麗の名字?」
「貴様は……五感の家である誇りはないのか!!」
高麗の態度に、軋轢は激昂するパンダの格好というふざけた格好のわりに、どこか支配者を思わせる雰囲気がある。そんな彼が取り乱し叫ぶというのは、高麗の言葉がタブーに触れたからだろう。
「てめぇのモノサシで計んじゃねーよ。世辞家の誇りは『快感』! 自分よければ全て良し!」
高麗はケタケタケタケタとわざとらしく笑い、汚いアスファルトを転がった。笑い転げる、を体現しているようだ。
「カニバリズム、日本語表記で人食主義。ヒヒ、人を食えば世辞家は幸せ。だがね、この社会は冷たくてね……簡単にそれを認めてくれない」
高麗の名字を忘れた、というのはどうやら嘘らしい。こんなにも自分の『家』について語っているのが証拠である。
「だからみーんな裏社会に売られていった。人を食うためにね。だが高麗は違った! そんなんで『自由』を逃してなるもんかとね!」
「…………」
「だから人食以外に『快感』を求めたよ、そして徒党の長になったりしてさ。楽しいんだこれが」
高麗の瞳は灰色に濁っていて、カタカタと手が震えていた。そして突然、注射針を取りだし血管が浮き出ている右腕に突き立てた。荒っぽいその行動に、パンダは一瞬言葉を失う。
「最終的に辿り着いた『快感』がドラッグだよ。『コーラの高麗』って最近じゃ呼ばれててね」
コーラとは麻薬の隠語。そして高麗の手の震えが収まり、またケタケタと自嘲するかのように笑っていた。
「わかった高麗。もう何も言うな」
「――――何がわかったんだか」
「何もわからない、だが話すだけ無駄ってことがわかった」
そうかぃ、とそれだけ言って高麗は目を細める。
「最後に一つだけ」
「なんだぃ、刺宮のパンダヒーローさんよぉ」
「貴様が組んだ徒党とは、『アンチドッグズ』という名前ではないか?」
刺宮軋轢は目の前の男は、世辞高麗に尋ねる。すると高麗はにんまりと口を曲げて、饒舌に話し始めた。
「アンチドッグズ、日本語表記で反犬集団。ヒヒ。自由を求める事で集う組織で有名だね」
「質問に答えよ、世辞高麗」
「さぁね、言えないな。それにお前の傍にいる『刺宮』が憲ではなく雅な時点で、あまりその情報を求めてないのだろう?」
高麗はパンダの横にいる女性に目を向ける。その女性は、美人秘書みたいなものを連想させる。眼鏡をかけていて黒いストレートのロングヘアで、スキニーのようにピッチリとした下の黒いスーツ。そして上もスーツなのだが――――――スーツしか着ていなかった。
シャツも下着も身に付けてない。20才前半の艶かしい女性の格好としては、些か反則だろう。
「殺人マシーンのように言われるなんて心外ですね」
しばらく黙っていた雅と呼ばれた女性は、少し怪訝そうな顔をして口を開いた。
「ヒヒ、そんな弱小なチームにビビってるようじゃ刺宮家もまだまだだな。滅びるのも時間の問題だろうよ」
高麗のその言葉は、刺宮軋轢に対する一番の禁句だった。軋轢は刺宮を馬鹿にする人間を一人残さず、滅するのだ。
「さらばだ、世辞家の家長……世辞高麗。やれ、雅」
**
「お父様」
「なんだ?雅」
「血を落としたいんですけど、ラブホテルにでも寄りませんか?」
文字で表すなら約三行の空きで、あっというまに世辞高麗を『処分』して、刺宮軋轢と刺宮雅は帰路を辿ることになった。そして刺宮雅の誘い文句に、刺宮軋轢は少し沈黙する。
「我輩には生殖器がもうないからな、真っ直ぐ帰るぞ」
「了解です、お父様」
刺宮の家長と、刺宮の補佐は暗い路地裏を歩いていった。
**
「……おかえりなさいませ軋轢様、雅な方」
「雅な方って、わたくしは雅ですよ。名前なんですよ、名前」
「兄貴的オチャメだぜ、気をきかせてつっこんでやれよ性欲女」
「海苔巻き太郎、黙っていなさい」
刺宮軋轢と刺宮雅が帰りついた場所は、『刺宮家』だった。そこはとある宗教団体を模した組織、または彼らの家である。そこは3階まであって、細長い造りの建築物である。ここに信頼されている部下が10人ほど寝泊りしている。そしてその上司にあたる人間もここを家にして、刺宮の為に尽くしているのだ。
ちなみに先程会話をしていた4人がその上司。
家長、刺宮軋轢。
補佐、刺宮雅。
拷問役、刺宮憲。
特攻役、刺宮倦。
上司と部下には大きい差がある。上司と呼ばれる者は『直系血族の刺宮』なのだ。とは言っても、全員が同じ両親から産まれたわけではない。倦と憲は同じ両親から産まれた兄弟であるくらいで、他の2人は違うのだ。
そして彼、もしくは彼女には親がいない。とある『事件』でその世代の刺宮は軋轢を除いて全滅してしまったのだった。だからこそ現在の刺宮家は、刺宮軋轢が家長であり、支配者であり、崇拝対象であり、そして親でもあるのだ。
「今日の夕飯の担当は倦だったな、久しぶりに『夜祭』の偵察から帰ってきたんだ。倦の料理が楽しみでならんよ」
「……恐縮」
室内で暖房がきいているにも関わらず、般若面を被っている男、倦はそう言いテーブルに料理を置いた。般若面に似合わず、和装ではなくラフなパジャマを着ていた。そんな彼が出した料理といえば、納豆に冷凍食品をチンしたハンバーグと、卵焼きと、ご飯だった。
「出たぁー! 兄貴のめんどくさげな献立! でも手堅くうまいから俺好き!」
倦の弟、憲は兄が帰ってきて嬉しいのかテンションが上がっていた。彼も彼でいつもの不良スタイルではなく、トランクス一丁だ。
「よく思うんだけど、もしかして倦って面倒云々より、ただ単に料理できないんじゃないの?」
雅は椅子に座り、目の前の倦をじっと見つめて笑った。
「まっさかー! 料理下手の俺だって、それなりにそれなりだぜ?」
「………………失敬」
倦は般若面だが、雅の顔を見たくないと言いたげにそっぽを向いた。そしてため息をつく。
「まぁしっかり当番を守ってるならよかろう? さぁ食べようではないか」
「その通りです、お父様」
雅はお父様と呼び慕う軋轢の言うことは、あっさり聞くらしい。ちなみに雅の格好も、艶やかなスーツ姿ではなく、パンダのフードがついているパーカーにピンクのスエットだ。
「では、いただきます」
刺宮家では家長である、軋轢がいただきますをしたら食べ始めるしきたりになっている。倦はさすがにご飯を食べるときに般若面を被るわけにいかず、あっさりと仮面をとって食べ始める。
「それにしても、こう見ると倦と憲は顔だけそっくりよね」
「そりゃそーだ、だって俺らは双子だもんな!」
「…………愚弟で残念」
「おい、兄貴」
性格はまるで逆だが、倦と憲は双子なのである――――憲は外見を相当気にするので少し前にプチ整形したから少し違うが。顔に関してはほぼ同じだ。
「ちなみに兄貴」
「…………何?」
「もしかしてだけどよ、彼女できたか?」
「………………!?」
倦は般若面でいつも隠しているが、実は感情が顔に出やすいタイプなのだ。顔を真っ赤にして、キッと弟である憲を睨み付けた。
「何よ水臭いじゃない……海苔巻き太郎、酒用意!」
雅は上目使いで倦を見て、憲にシャンパンを持ってこさせた。
「まーかーせーろ!」
憲はシャンパンを持ってきてシャカシャカ振り、威勢よく倦に向ける。
「おめでとう兄貴!」
そして倦にシャンパンの中身は勿論、シャンパンの栓が思いきり頭にあたった。
「………………」
「ねぇ相手は? かわいい系? 綺麗系?」
「倦の彼女は世辞沙也夏だよ」
憲と雅のはしゃぎようも、軋轢の鶴の一声で黙った。驚きで息を飲んだ。それもそのはず、倦の恋人は味覚に長けた世辞の子。敵対関係にある家の子だ。
「だから我輩は世辞家まるごと取り込もうと薬漬け男に会ったわけではないか」
倦はその事を知らなかったのか、びっくりした顔をする。
「そういうことだったんですか……」
雅は刺宮の部下達だと勝手に思ったいたらしく、言葉を失っていた。
「こうなれば沙也夏殿を直接勧誘するか……息子に『実験』しなきゃいけないしな」
「えっ……、智ちんと倦の彼女一緒にいるのか?」
憲はしくじった仕事のことを思い出したのか、苦笑いをした。
「その通りだ、憲ももう一度唯殿と遊びたいだろう?」
「いえ、お父様……わたくしが行きますよ。殺人を憲に託したのが間違いだったんです」
「あ?てめぇ……!」
雅は少し苛立った表情で言い、ご飯を食べ終えた。
「まぁ待て、我輩は大胆かつ破壊的にやりたい。しっかり計画を練ろうではないか」
刺宮のパンダヒーローはどっしりと構えて、表情を変えないままハハハと笑った。
「そうだ、軋轢さん」
「どうした憲?」
珍しく落ち着いている憲に、軋轢は振り向く。
「アンチドッグズ潜入から結構時間経ってるけどよ、やっとボスの本名わかったぜ?」
「ほう、ハンドルネーム『地獄の番犬』がやっとわかったか」
「あぁ、未だに顔が拝めないんだけど。岩下可器だってさ」
軋轢はしばらく黙ってから、なんだと呟いた。
軋轢はどうやら『地獄の番犬』こと『アンチドッグズ』のボスが五感の家関係者だと思っていたらしかった。
「なら『アンチドッグズ』は息子をいたぶる道具にでもなってもらおうかね」
そう言ってパンダヒーローは不敵に笑う。
食べ終わりの食器を片付ける憲の表情。『アンチドッグズ』のボス、岩下可器の正体。軋轢と同じく『アンチドッグズ』を利用しようとしている存在。
3つのどれかに気付いていれば、この後の未来に変化を与えることができただろう。だが軋轢はそれでその話を終えてしまった。軋轢は食べれるはずもない料理を残して、さっさと寝室へ入っていったしまった。
3つの事柄に気づけないことで、思わぬ抗争が起きるのはまたもう少し後の話。
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