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10

にいやん。

全く同じということは

全く真逆と同義である。



『めかくし』10




「唯ちゃん、沙也夏ちゃん。ちゃんとついてこれてる?」


「都民舐めないでよ」


私達一行、匂神唯と七宮智と世辞沙也夏は新宿駅で電車の乗り換えを試みていた。私にとって一度殺されそうになり、変態な異端児、七宮智と出会った場所である。約一ヶ月前の出来事なるのだが、それ以上前の事のように思う。


「あぁ沙也夏ちゃん! そこはPASMOをピッてするんだよ!」


七宮は後ろに振り向いて、雑踏の音に負けないように叫ぶ。


「何! PASMOってこのパンダー!?」


私も七宮と同じ方向に振り向いて、あぁぁと声を漏らす。人を食らう、五感の家でさえ異端視する世辞家の申し子、世辞沙也夏さんは改札口の目の前でオドオドしていた。


ピンポーンという音と同時に行き先を閉められたことにショックを受けているようだ。


「そうそのパンダ! それをその光ってるとこにピッて…というか入るときに教えたよね!?」


七宮の沙也夏さんを馬鹿にするような言葉にも、沙也夏さんは言い返す余裕がないようだ。沙也夏さんは慌てて首にかかってる小さな子用のパンダの定期入れをかざし、やっと開いた。


定期入れがパンダの時点で、刺宮の家長、刺宮軋轢を思い出すので私は少し乱暴に口内の飴を噛み砕く。そして沙也夏さんは走って通りすぎ、その勢いで私に抱きつき…というかアタックしてきた。


「さ、沙也夏さ……!」


「後ろからグイグイ押されてめっちゃ舌打ちされたー!こ、こ、怖かった……」


沙也夏さんは泣きそうな勢いだ。


「『夜祭』にいる間は仕方ないですけど、電車乗ったことないんですか?」


「えぇ、ないわよー」


はっきりと沙也夏さんに答えられてしまった。


沙也夏さんにガムという常に味があるものを与えていなければ、後ろの人間はきっと生きてはいなかったに違いない。


「ここから都営地下鉄線に乗って九段下まで行って半蔵門線に乗り換え、駒澤大学駅まで行けば、唯ちゃんの家まですぐなんだね?」


「…………うん。」


私は七宮の言葉に相槌だけ打って、人混みの中をくぐり抜けるように歩く。


そうだ、私の家は駒澤大学に近いから、大学は漠然とだが駒澤大学に行こうとか、そんなことを思っていたのだ。


まるで非日常から日常に引き戻されたかのようである。


「あー、すっごい窮屈な場所なのね。ほんとーに」


沙也夏さんはそう言いながらも、駅の中にある主に飲食店、他には雑貨店や服屋等に目を奪われていた。

彼女にとっては、ここのほうが非日常なのかもしれない。


「唯ちゃん、やっとだね」


七宮は私の肩を叩いて、にっこりと笑いかけてきた。


「……うん」


私は何かもっと色々七宮に言いたかったが、それしかでてこなかった。


「お兄さんに、会えるといいね」


「……うん」


七宮は私のそれだけの言葉に満足そうに笑って、私の頭をそっと撫でた。子供のように思われてるようで、頭を撫でられるのはあんまり好きじゃない。



それでも、悪くなかった。



何故そう思ったのか、いまいちよくわからない。電車に揺られながらずっとその事を考えていると、あっというまに駒澤大学駅に着いてしまった。懐かしい町並みが広がっている。


駅前にある洒落た造りのマックに、並ぶコンビニの群。随分と懐かしく見えた。一回引っ掛かると長いこの信号を渡って、突き当たりを右に曲がる。



そうすれば、『匂神』の表札が見えてくる。



私の家の外見は何も変わっていなかった。青っぽい色の瓦が敷き詰められた頭に、肌色の体をした我が家。主がとんでもない事になったことを何とも思っていないかのように。ただ、たたずんでいた。門の前に飾ってあるラベンダーも、知らんぷりしている。


「………………」


何かの傷跡を残していたとしても、五町の人達が処理したのかもしれないが。


なんとなく、怒りが生じた。


「唯ちゃん。電気がついてる……みたいだよ」


七宮が私にそっと声をかけて、私は家から視線を外す。


そして再度見た。


「あ、ほんとだ……」


言われてみれば家にいつも通り光が灯っているのは、注目すべきところだ。家に生き残った家族がいるのかもしれないし、または別の家の人間がいるのかもしれない。



緊張が走った。



「一応、僕達もついていこうか?」


七宮も同じことを考えているのだろう。沙也夏さんは元から家にあがるつもりだったのか、七宮の言葉に頷いていた。


「うん、よろしく」


私はそれだけ言って、扉の前に立ち家の鍵を開ける。



がちゃり。



匂神が出るか、刺宮が出るか、五町が出るか。


はたまた七基か世辞か透藤か。


私は玄関で靴を脱ぎ、真正面のリビングの扉を意を決して開けた。


するとそこには二人の姿。

一人は知らない顔だった。


小柄な女性で、しつこいくらいの化粧が目立つ。

そして金髪で青い目で緑の帽子に緑の上下で下はスカート、ピアスのついた耳は長く尖っていた。


ん、なんだこりゃ。


後ろから「ゼル伝のリ●クのコスプレだ萌えぇぇ!」という七宮の声が聞こえた。


そしてもう一人、こたつに入って緑茶を飲んでいる、渋めな色のTシャツを着ていて、私と同じ黒髪の男性は他でもない。


「唯っ!無事でしたか……」


そしてその男性はこたつからすぐに出て、私のことをぎゅっと抱き締めた。


やっぱりこの匂い、好きなんだよなぁ。


優しい椿の香り。


「うん……。ただいま庵兄(いおにい)!」






「そうでしたか。唯が本当にお世話になりました。――――私は匂神庵と申します。以後お見知りを。もしよろしければ名を伺ってもよろしいですか?」


庵兄と私の再会を果たして、しばらくしてお互いに落ち着き、謎のコスプレの女性と庵兄、そして私と七宮と沙也夏さん、計5人でこたつの中に足をつっこんでいた。


そして庵兄の問いかけに少しだけ七宮は肩を動かし、頭をかいた。


「僕は宮野智で、そこの子は横瀬沙也夏です」


どうやら七宮は沙也夏さんとすでに話し合っていたようだ。沙也夏さんは嘘をつくのが苦手らしく、わざとらしくあははと笑った。


「そっちの女の子はなんて名前なのー?」


沙也夏さんは質問を庵兄側のほうに回す。


「僕ちゃんのことかなぁ?マイネームイズ須藤愛美(すどうえみ)! 愛に美しいとかもーヤバくない!」


愛美と名乗ったコスプレイヤーは庵兄の肩に顔を乗っけた。


「ねっ!庵ぃ!」


「は、はぁ……」


私はなんだかその行為にとても気分を害した。


「もしかして庵兄……、愛美さんって庵兄の彼女?」


「えっ、いやぁ……」


言葉を濁す庵兄をコスプレイヤーがいたいけな瞳で見つめている。


「はい、私の彼女……ですね。唯…誤解しないで下さい。私は彼女の内面が好きで、しかもご飯が作れないから彼女にきてもらってるだけなんです」


その稀にしかない庵兄の慌てぶりに、私は妙なショックを受けた。


匂神家は私が守らなきゃいけない、とその思いを再確認した瞬間である。


「須藤さん」


「僕ちゃんに何か用かな?えっと、宮野さん」


「その服どこで買いました?」


「えっと、あっちの袋に書いてあるよん」


七宮は愛美を故意か自然にか、庵兄から引き離し違う部屋へ移動した。


沙也夏さんもその流れに、きょとんとしながらも七宮についていく。



ごめんなさい、沙也夏さん。



心の中で沙也夏さんに土下座をして、私は庵兄に向き直る。


「庵兄、お父さんとお母さんとチビちゃんは……」


「……うん、唯が出ていったのを見計らって刺宮雅(しみやみやび)と名乗る輩ともう一人男が出てきたんですよ」


刺宮雅とは初めて聞く名前だ。

いつか会うことになるかもしれない。


どうやら話を聞く限り、庵兄が風呂から出た時にはもう父、母、猫は惨殺されていたんだという。父に至っては拷問された後、足と手の指を合わせて20本が違う方向に曲がっていたらしい。


これはもう一人の男、『分解』の使い手、刺宮憲の仕業に違いない。庵兄が風呂に入っていても気付かない、正に暗殺。その現状を庵兄は思い出したくないらしく、手が震えていた。


「刺宮雅に殺されそうになったけど、いつの間にかその場にいた――――唯、笑わないで下さいね、その、遊園地にいそうなパンダがいたんです」


「うん…………」


それは明らかに刺宮のパンダヒーローこと、刺宮軋轢だ。


「パンダから『四引く二は』と聞かれたんです。私は気が動転していて『零』と答えたら……パンダは大笑いして刺宮の連中を引き連れ帰って行ったんです」


気が動転したからって『零』と答える庵兄も凄いが、それで宿敵を見逃す軋轢もなかなかだ。


「…本当に唯が無事でよかったですよ、さぁ唯も疲れたでしょう。楽な格好になりなさい?」


「…いや、庵兄。私は敵討ちをするんだ。ここに留まれないよ」


私は庵兄の反対を覚悟で、庵兄の青がかった深い黒の目を見つめた。


庵兄は私の考え方と対局なのだ。


匂神唯は、過激で、短気。

匂神庵は、穏健で、気長。


匂神唯は、自己愛を好み。

匂神庵は、自他愛を好む。


「唯は強いんですね。私が何を言おうと、しようと、信念を曲げようとしないんでしょう?」


「……庵兄」


「行くのなら父と、母と、ちびちゃんに黙祷を捧げてからにしなさい。そして約束、絶対私を置いて死なない事」


庵兄は優しい。

きっと他人を知り、自己なんて後回しなのだろう。


私の気持ちだけを案じて、庵兄は笑ってそう話すのだ。本当に優しいなら、私を止めるのが正しい行為と言うのかもしれない。それでも昔から、無鉄砲な私が何かをして、何も得られなかったことはなかった。


庵兄はそれを知っている。だからこその優しさ。


「死なないで下さいね、私は何も出来ませんが。私は唯のことだけを想っていますよ」


「庵兄はここにいて危険じゃない……?」


「私は家族の思い出を、唯の帰る場所を、守っています。私にはこれくらいしかできませんけれど」


庵兄は申し訳なさそうな顔をして、笑うのだった。


あぁ、庵兄は。

どこまで人に優しいんだ。

これじゃまるで、甘やかされてるみたいじゃないか。


「ぅ……、いお…にぃ……!」


私は感情が溢れだし、涙となって零れ落ちた。


悲しかった、辛かった、不安だった、怖かった、寂しかった、痛かった。


ぼろぼろぼろぼろ、と。


その涙を、感情を全部、庵兄は指で掬ってくれた、救ってくれた。


「庵兄…………」


「どうしたんですか?唯」


「庵兄は……私を置いていかないでね?」


「もちろんですよ」


私と庵兄は子供っぽく、指切りをして笑い合った。






「妹さんいなくなっちゃったね。いや、宮野さん面白かったなぁ!」


「あぁ、唯にこんな奴が彼女だとインプットされてしまったんですね……」


『私』、匂神庵は妹とその一行がいなくなりまたガランとしてしまった我が家を眺めながら、言う。


「カー●ィのコスプレよりはいいでしょー!?」


「無理でしょうそれは。球体じゃないですか。というか貴女任天堂っ子なんですね」


つっこみだけで人生が終わってしまいそうだ。予測するに、妹の唯が連れてきた人は恐らくは七宮智に世辞沙也夏。きっと個性ある仲間に唯もつっこみに明け暮れているのだろう。


「今日の得点は『七十六』、透藤愛美(とうどうえみ)。君なんかを彼女設定にしてしまったのは減点だが。非常に良いですよ」


「高得点だねっ。もっと美しいシナリオ作りに精を出しちゃうよ!!」


「お願いしますよ」


私も私なりに、復讐します。

唯が物理的に殺し、復讐をするのなら。

私は心理的に殺し、復讐をしましょう。


兄として、目標は妹より大きく。


刺宮じゃ足りない。

やるなら大きく。


「さよなら、私の世界」


私、匂神庵は薄く、笑った。






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