第二十六話
――痛い――
血に塗れた手が虚空を搔く。空ろに、遠く、ただ未来を求めて。
―痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!
流れ出る血が熱い。零れ落ちる血が冷たい。……嗚呼、分からない、分からない。何故こうなったのか、分からない。
――嫌だ。
否定。
――嫌だ。
拒否。
――嫌だ。
絶望。
黒い染みが、心の奥底まで侵食していく。
赤い染みが、白い現実を犯していく。
顛末。
これが、顛末だった。
誰もが思い浮かべる、誰もが頷く。誰もが納得する。その男に相応しい、終焉。
――何処で。
だのに。
――何処で間違えた?
未だ。
――何処で道を違えた?
そのような言葉を浮かべる程度に、男は狂っていた。
そして、死の淵に立って初めて、己が吐いた言葉こそ妄言であったと、気がついた。
――嫌だ。死にたくなんて、ない……!!
男は言った。笑って死のうと。男は言う。死にたくなぞないと。翻る言葉は、その軽薄さそのものだ。
殺し、殺して、殺されて。終焉が近づいたと思えば、これだ。
――生きて、いたい! ごめ、ん、なさい、ごめん、なさい、ごめんなさい……!
赦しを乞う。誰に? 己を斬った、その男に? 違う、頭を垂れるのは、もっと根源的なものに向けて。
――殺してしまって、ごめんなさい。
都合六人。彼、サーチス・キネシスが殺しに殺したその被害者へ向けて、流れる血と同じように、堰き止めるものなくただ謝罪の念が溢れだした。しかしてそれはあまりに我欲に塗れて。ただ、自身が死にたくないから。その発露。果たしてそれを、人は謝意と認めるのだろうか。知りはしない。誰もそのことを知りはしない。それも当然、彼の口から漏れているのは、形にならぬ狂いの雄叫びだけであったから。
悪に染まった存在の半生を掘り返せば、そこには必ず同情するに足る「やむを得ない事情」というものが存在する……わけではない。生まれついての悪というものは確かに存在するし、生まれつき善性に祝福されたものもいるだろう。その互い互いが生涯において更生し……あるいは堕落して、善に変わり悪を為すのかもしれない。悪を捨て善に寄るのかもしれない。なればサーチス・キネシスという男は生まれながらにして是正することの出来ない黒だったのか? 寄り添うことの出来ない極北に立つ孤高だったのか?
そんなはずはない。そんなはずはなかった。男の半生は、語るべきところのない平凡なものだった。庶民の家に生まれた。魔導の国に生まれた子として珍しくもなんともない、魔術学校に入学した。そこを出て、食い扶持を探した。結果として、中等学校の教職という糊口を得た。……それも、魔術の。
もしもその男に人と違う点を認めるとしたら、そこだろう。魔術国家ベラティフィラ、その魔術学校の教師。しかもそれは、中等学校とはいえ国内における頂点であった。導きだされるは、他者よりも優れた魔術の才。しかして、紛うことなき最高位、「魔術省」と比べれば雲泥の差。才は確かにあった。あったのだが、それは遍く全てを見下ろすものではなく、未だ上を仰ぐ程度の才であった。
そして同時に、彼もまた確かな「魔術師至上主義」の持ち主でもあった。この国において、その強度にこそ差はあれど少なくない魔術師がその思想を根底に抱いている。それが多数か少数か、一定の数こそあれど優劣の差は未だ統計を取られたことはないが、多分、あるいは少分とでも言っておくべきか、それに属していることに間違いはなかった。
そういう人間にとってこの国は生きやすいはずだ、生きやすいはずだ。頂上を仰げば其処には燦然と輝く絶対的な光が瞬いている。何者にもその領域を侵されることなく、何物にもその存在を犯されることなく、彼女は、リジエラという冠は曇ることなく光を放っている。疑う余地のない、魔術世界における極点。信ずる他にない、魔術世界におけるカリスマ。大陸にその人あり。帝国の足を止めさせる唯一の人。語る言葉は万に及び、飾る言葉は億に足りる。如何に魔術に傾倒しようとも、いや、傾倒しているからこそ、彼女が治めるベラティフィラという魔術世界においてその序列に二の句を告げるものは少ない。其処に幾つもの認めがたい現実が横たわっていても、だ。
事実サーチス・キネシスという男もまた、己の立場に甘んじることを是認していた。「アレよりかは優れている」「アレよりかは己の方がマシだ」。内心ではそのような言葉を噛み砕いて嚥下して、今その現状を受け入れる。根底にあるのは「魔道の最奥がこの現実を認めているのならば正しいことのはずだ」という誤魔化し。
では、一体何故サーチスはその思考に反旗を翻したのか。一体何故、半妖・リジエラの庇護から離れることを飲んだのか。
ベラティフィラという国からすれば、余りに小さくささやかな反抗にして犯行。サーチスという男は、一体何を思い何に触れて何に狂ったのか。
解は、やがて来る。
男は、這い、それに縋ろうとしていた。
行った、見た、斬った。
後年、詩人にこの夜をそんな言葉で語った剣士、アキレア・アルフィーナは己が剣にべとりと付着した血糊を払い、地に伏す件の殺人鬼だろう人間を見下ろした。
浅かった。だが、これはいずれ死に致る深さの刀傷だと確信する。呻き声を上げる男を無感動に見据えて、小さく鼻を鳴らす。一撃で殺せなかったのは己が不備だろうか。いや、そうではないと否定する。六人。六人だ、この男が殺したのは。ならばその死に際に齎される痛苦もそれに似合ったものでなければならない。一刀の元に斬り伏せることがなかったのは、罪人に対する相当の罪科であるとして。事実、此処での首を落とす一撃は単なる救いにしかならないだろう。最早文字通りの死に体で、この状態に陥ってなお魔導の行使を可能とする人間は殺人鬼などというチンケな存在に身を落とさないだろう。
意味を為さぬ声を上げたままに這う男を尻目に、アキレアは先客の二人を見た。一人は見知った、少年……フェイト・カーミラの顔。もう一人は月夜に照らされて眩く輝く金糸の髪を持った見目麗しい少女。誰こそ知らぬが、彼女こそが令嬢であるとは容易に想像がつく。それにしても、意外であった。無論それは、この二人が未だに生きているということについて。
さて、よく分からないな。内心で首を傾げつつ、どうでもいいか、と捨て置いた。アキレアにとっても令嬢が生きている方が都合がよかった。貴族に向けて恩が売れる。それは金になるし、名誉にもなる。人一倍そういった欲に貪婪であるとは思わないが、人並み程度にはそういった欲を抱いている。
雪化粧と、魔術の名残である氷塊が、一種の異界めいた空間を紡ぎ上げているその場において、今いるのは七人の人間だ。先ほどあくせく走ってやってきた剣と賢の五人、(アキレアからすれば)身元不明の令嬢一人、死にかけ一人。もう少し時間が経てば六人になり、それを見届ければこの場から人間はいなくなるだろう。
アキレアはその中の一人に目を向けた。自分ではその「身元不明」の正体が分からないが、「貧乏貴族」ならばひょっとして。その期待を込めた視線だった。そして「貧乏貴族」ことクロッカス・アジャルタはその視線に気付くことなく、右手を広げて頭に当て、米神を揉み解すように親指と人差し指を動かしていた。
――ああ、ありゃ知ってるな。
アキレアはその様子を見て、また要らぬ苦労を手前勝手に想像しているのだろうとあたりをつける。
――此処で終わり。それならばどれほど良かったか――
なあ、お前はあの女の子を知っているのか? いや、知っているんだろうな、その様子を見れば分かる。アキレアがそう言って、クロッカスは頭を抱えるように項垂れる。それが返答代わりで。
やがて血が流れきって、血が足りずに、這う男が死んで。やることねえな、とザンツ・ストゥルマンが愚痴を零す。金なら手に入りそうだからいいだろ? とそっと小さく耳打てば、面白くなさそうにザンツは鼻を鳴らして。フェイトが言葉を選んで、どうせ、ええと、助かりました。だとかそのようなことをのたまって。アキレアは笑ってその子のことを紹介してくれよ、と少女を指差して。ハスティア・ギーヴォは何時ものごとく何を考えているのかよく分からない風体で、多分、月夜でも仰いでいて。
「た」
そんな、未来図は、来ずに。
「すけて」
這う男は。殺人鬼は。サーチス・キネシスは。
「たすけ、て」
救いを乞う。
「たす、け、ろ」
誰に?
「たすけろ」
誰かに。
「ぼくを、たすけ、ろ」
土に墜ち、幾重にも重なり合う氷塊を、朱に塗れた手で、除ける。
「しにたく、なんて、ない」
何かを、探している。
「しにたくなんて、ない」
何かを探している。
「すべて、すべて、ぶちまけたっていい」
何処かにある何かを。何処かにある誰かを。
「だから、さあ」
――救えよ――
アキレア・アルフィーナは「死」というものに対して、「死にゆくもの」ということに対して、好も悪もなかった。そこそこの数の生命を奪った。やがて自身も奪われるのだろうと知っている。それが病によるものか、害意によるものかは分からぬが、冒険者を生業としているのだから、どうせ真っ当な終焉を迎えることは出来ないと受け入れている。
人も、殺した。多分この殺人鬼も、「誰がやった」と問われれば、それは「俺だ」と答えるだろう。そこに否はない。咎が巡る、とか、そういうことを考えているわけではなかった。ただ純粋に、この殺人鬼の散り際があまりにも、醜悪に過ぎると思っただけだ。そう、これまで殺してきた誰よりも。
アキレアは祈る。願わくばこれが、普通ではないことを。一思いに斬らなかっただけで、人間誰しもがこのような今際を迎えるなど。
これはエゴだ。醜いエゴでしかない。だが、想う。これがただ、底であることを。そしてまた、そう願うのはアキレアだけではなかった。いや、「そうありたい」と「そうあってほしい」というのは似ているようで余りに大きな差が其処にあるのかもしれない。つまり、彼は、そう願った。「そうありたい」と、願っていた。ならば男の、サーチス・キネシスという男の有様は、まるで自身の未来図のようで、とても許容出来るものではなかった。
だから当然、そうなる。だからこれは、当然の帰結。……ただし、其処に至るのだと理解していた人間はその場に一人もおらず、突き動かされた当人も、何故そうしたのか、何故喉元からこみ上げるその怒声が止まぬのか、分かってはいなかった。
サーチスは彷徨う。うつしよとかくりよの狭間を引き裂かれるかのように、揺らぐ。最早視界も定まらない。冷たい、身体中が。それが果たして外気のせいか、身体に触れる氷塊のせいか、自身が発する熱自体が奪われているのか。分からないし、分かろうと働かせる頭脳もない。混濁した脳をそのまま写し取ったように、探る手の挙動は狂っている。
彼は、ただ、それを。止めるために、殺人鬼の、手の甲に。己が踵を、突き刺した。
ぼきん。
鈍い、音がした。
砕けたのは、サーチスの骨か。それとも、その下にある、小さな氷の礫か。多分、答えは、その両方。
「……ざけるなよ」
小さく漏れた言葉は、常ならば誰もが耳を通り過ぎて行くほどのもの。だが、痛いほど寒く、身を切るほどに冷たいこの静謐の夜においては、鼓膜を抉るように染み込んでいった。
「どこだ」
応えるのは……いや、応じてさえいない。最早痛覚さえ何処かに置き忘れたサーチスにとって、甲を砕かれようが、既に痛痒を与えるものではなく、ただただ、自分自身が求めるもののみを希求している。
「……ふざけるなよ」
「たすけろよ」
噛み合っていない、何処までも。当然だ。これはもう会話でさえない。互いが互いに向き合っていない。彼は、フェイトは、サーチス・キネシスを通して遠くに写る何かを見ている。男は、サーチスは、フェイト・カーミラを視界に入れてさえいない。手前勝手に何かを期待して、手前勝手に何かに救いを求めている。だからこれは、そう、自傷か自慰か自縄か自業か、そのどれか。もしくはその全て。救いようのない、救いを求める声。
「笑って死ぬ! そう言っただろう! なら、笑って死ね! そう言っただろう!」
「道、連れ。……は、はは。そ、うさ。み、ち、連れ。一緒に、逝こう。は、ははは、は」
踏まれた右手ではなく、左手が再び、何かを探りだす。フェイトは、そんなサーチスを見て、ぎしりと奥歯を強く噛み締めた。
「そうだ、笑え。笑って終われ。それを望んでいた! なら、笑え! 世を全て嘲弄した嗤いでもいい! 笑って! ……笑って」
「笑って、死んで。お願いだから」
縋る声。搾り出したのは、泣きそうになる赤子のような声だった。
サーチスの左手は、氷塊の中に突き入れられ、そこでようやく、止まった。右手も、左手も。藻掻き、足掻いていたその振る舞いが止み、顔を上げて、素面の顔で、色の無い声で、フェイトを見た。
「死は、恐ろしい。死は、醜い。死は、冷たい。殺した。殺した。殺してきた。罪はある。だけど、その咎の果てに死を齎されることは、許容できない。それが現実だ。今になって気付けた」
「誰が死のうがどうでもいい」
「何人殺そうが構わない」
「だけど僕が死ぬことだけは」
「許せない」
――だから皆、死ね。
サーチスは、積み重なった氷から左手をずるりと引き抜いた。文字通り血の気が引いて、体温も奪われた彼のその手は、幽鬼が如く青褪めていて、まるで死出の角に立つ、導き手のような酷薄さが象ったようで。
そしてその手には、一枚の仮面が。
その場にいた全ての人間が、いや、たった一人を除いて、それが事を為すのをただ指を咥えて眺めていることしか出来なかった。一切の反応が、出来なかった。
原因の一つは、フェイト・カーミラという人間が起こした激発。彼をよく知る者であれば、彼をより深く知っている人間であればこそ、サーチス・キネシスへ向けた怒気に呆気を取られていた。
原因の一つは、サーチス・キネシスという人間が持っていた執着。生への渇望、そのエゴ。彼は真実、今この瞬間の直前まで、「笑って死んで、それで終わり」だと考えていた。殺したから。余りに他愛無く、人は死んでみせたのだから、彼は自身がそれを出来ると思いこんでいた。降りかかる死を、知らなかったから。及ぼす死が、余りに容易かったから。それが最後の最後、晒したのは死への拒絶、なりふり構わぬ生への固執。醜いと断ずることが出来る、しかして、否定することの出来ない厄介さを持ったそれ。なぜなら、自分自身が死に直面したその時に、サーチスと同じように足掻かないとは、誰もが言えないのだから。
そして、原因の一つは、巡る世界魔力の濃さ。
向かう、巡る、収束する。空気が、風が、土が、世界魔力が。ただ一つの点に向かい昇るように墜ちるように回るように。其処にあるのは、一枚の仮面。土が蠢く。風が囁く。世界魔力が轟く。
「剣と賢」は、ソレを知っていた。その正体を知っていた。だが、成り立ちはまるで別物だった。解答は知っている、しかし方程式はまるで別物。以前見た時は、五十と五十が組み合わさって百を為した。だが今眼前で起きているそれは、五百と五百が組み合わさって百を為そうとしてる。有り得ない理論だが、彼らからすればそれこそが正しく、だからこそ動けなかった。
少女は、クレア・ティスエルは、ただ単純に、圧された。彼女は聡く、そして優れた魔術師、その卵だった。魔力の探知に関してこそフェイトに一歩遅れを取るが、現時点において彼女が有する実力はフェイトに大きく上回っている。だからこそ、理解出来る。目の前で渦巻く世界魔力の暴威。重力に逆らい一人でに盛り上がっていく大地。めしめし、ぴきぴきと音を立てて積みあがっていくそれは、彼女の常識に罅が入る音と重なっていた。
土は、仮面を飲み込み、人型に寄り添った無形の魔力に沿って受肉を果たしていく。
唯一サーチスのみが、それを目の当たりにして動くことが出来た。血は流れ、視界は霞み、肉体と世界との境界さえ曖昧だ。それでも彼は、敬虔なる信徒が神に向けてするように、ゆっくりと、祈りの姿を象った。彼にとっての「神」に捧ぐ、万感の想い。
土はやがて、流麗な頭髪その一本一本までこと細かに組み上げて、そこでようやく静止した。
月下に生ずるは、異様にして異相。尋常ならざる緻密さと精密さをもって作り出された優美の極地。その顔は薔薇も色褪せ、その肢体には同じ性としての作りを持つクレアが頬を赤らめる。フェイトはつい先日、それを見てこう評した。「まるで教会にある女神像」。
いつか見た、土人形の姿がそこにはあった。
彼、あるいは彼女は睥睨する。世界が止まったようだ。フェイトは思う。此処には何かがあった。人を差し止める、何かが。
支配とも違う。無理矢理に頭を垂れろ、と強制する相手に唯々諾々と従う人間の集まりではない。ならば、それ以外のものを持って、その土人形はフェイトたちから……そう、呼吸を奪った。言葉通りのそれではなく、長く続く傑作と言われる演劇、そのクライマックスに只見ることだけに意識が集中してしまうような。人々の心を突き動かす絵画を前にして感性を激しく揺り動かされ、息を飲んでいるような。そういうことに、近い。
そして土人形は、作られた表情のままにサーチスを見つめる。
手を差し伸べる。その手は、すぅっと誘うように手は上へと。
「立て」
言葉ではなく、ただ所作のみでそう示す。
サーチスはそれにただ従うのみで、陶然とした表情を浮かべ、立ち上がる。……立てるはずも無い失血量。立てるはずもない致命。ならば何故立てる。それはただ単純に、精神が身体を凌駕したから。……いや、それもまた正しくない。結論はそうだが、正しく表すならこうだ。「精神が身体を忘却している」。
「……ああ」
万感の声。
「……ああ!」
それは跳ねるように。
「やはり貴方は僕を救って」
くれるのだと信じていた。フェイトの目には、サーチスがそう紡ごうとしているのが分かった。しかし、音はない。あるのはただ、そう言おうとした口の形と、喉奥から止め処なくせり上がってはぶち撒けられる、壊色に汚れた赤い血。それはこんこんと湧き出る泉のようにサーチスの口元を胸元を足元を汚し、やがて小さい飛沫がその土人形に飛んだ瞬間、ようやくその絵の具を吐き出し続ける当人がそのことに気付いた。
「え」だ。これもやはり、フェイトは口の動きだけでそれを見た。喉も舌も、血が絡んで音を為せないのだろう。代わりにごぷりと、肥えた蛙のような音がサーチスの喉から鳴った。同時に目を丸くする。「何故」と当惑に揺れる瞳。それに写った土人形の表情はやはり、微動だにせず。
出る、出る。血が、血が。こんこんと、たんたんと、とくとくと。土人形は、サーチスの腹部を貫いた右腕をぬちゃりと音を立てて引き抜いた。土で出来たそれは、土色からなるそれを粘性の赤に変えて月光に照らされる。
立った男は、再び地に墜ちる。べしゃりと己が塗りたくった血の海に沈む音を上げて、ぴくりとも動かない。
ベラティフィラ魔術中等学校教諭、サーチス・キネシス。殺人鬼、サーチス・キネシス。その男の死に様は、それまでの彼がそうしてきたものが跳ね返ってきたかのような、「身体の中央に大きな風穴を空けて」の死だった。
「全て、ぶちまけたっていいんでしょう?」
声は、誰にも、届かない。