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確約された不幸を手折って  作者: 山浪 遼
少年期。愛される者愛されぬ者
30/53

第十話

 死なない程度に、後遺症が残らない程度に、死にかければいい。

 そう思うのは、不謹慎だろうか。いや、事実不謹慎なのだろう。そんな物騒な想い、仲間に向けて願う考えではない。

 だがしかし、計らずもそう考えてしまう己を真っ当に、後ろめたさ無しに批判できる者はそう多くないはずだと、アキレア・アルフィーナは反論する。

 誰もが、そう思う。誰もが、そう考える。

 フェイト・カーミラという自らの才能に水をやることさえ忘れ、ただただ苛烈に、蕾の姿でそこにある己が才へ、これでもかとばかりに自ら刃を突き立てるその少年に。

 ふざけるな、と、声を荒げる者がいてもおかしくはない。お前が粗雑に扱い、育てる気のないそれは、俺が欲してやまないものだったと。

 呆れた、と、諦観の視線を投げかけ、最早近づくことさえ厭う者がいてもおかしくはない。与えられた才能を無視し、ただただ夢想を追いかけるその姿は、道化にすらなりやしない。視界に留めるだけ下らないと。

 だから、そう。だから、そんな連中と比べれば、アキレアは己が随分と優しく、そして気長で穏当な、出来た人間ではないかとさえ錯覚する。……決してそんなはずはない。人の望みを妨げる想いを持つ者の人間性が、上等であるはずなど決してない。

 第一、有り得ない。後遺症が残らない程度に傷ついて、それでフェイトが前線に立つことを諦める。そんな器用な真似が実戦において起こりうるなど九割九分有り得ない。

 多分奴が今の夢物語のような戦い方を続けるには生半可な挫折では折れるはずないだろうし、もしも奴が今まで後生大事に守ってきた矜持――なのかは知らないが今の奴を構築するに重大な部分を占めているそれ――を諦め、心挫けるほどの傷を戦場において受けてしまえば。

 それはもう、致死にまで及ぶ傷だろう二の太刀を避けれぬほどの負傷だろう。現状として、フェイトの心を後腐れなくへし折る目処はついていない。

 だからまあ、考えても詮無きことだ。アキレア・アルフィーナは商家の丁稚姿から、馬車の荷台に詰め込んだ木箱の中から自身の鎧を取り出して着込む間の時間、そんな益体のない思いを馳せることによって無聊を慰めていた。


 何も「聴取」の際に盗賊が素直に答えるわけはない。しかし、素直に答えたくさせることは出来る。

 アキレアの言葉を借りれば「素直に喋りたくなるお呪い」をする役割は専らフェイトが行っている。曰く「火というのは分かりやすく恐怖を与える」ことが出来るから、だそうだ。斬ったり折ったり削ったり。そういうのに慣れている悪人は少ないながら存在する。だが、熱というものに対して抵抗をつけることが出来る生物は、まずいない。

 一人の盗賊を選んで、他の連中からは隔離して、情報を聞いて、「お呪い」をして。それから他の盗賊を無作為に選んで答え合わせ。そこに齟齬が発生したら、盗賊たちの前で「お呪い」を施す。そうすれば不思議と彼らは素直に答えてくれる。ああ、なんて白々しい。

 ともあれ、そうして盗賊から聞き出した根城は此処より南南西の方角、森の中に打ち捨てられた小屋らしい。

 残りの人数は八人。一時間に一度、二人組が周囲の見回りに出ているそうだ。それをローテーションで繰り返している。

「小屋の中にいるのは今現在六人、ってことか。見回りが入れ替わる時間に鉢合わせれば手っ取り早いが、どうする?」

「まず不意打ちで小屋の中に突入。中にいる六人を討伐。それから見回りが帰ってくるまで小屋の中で息を潜めて、帰ってきたところを倒す……でいいんじゃないか」

 クロッカス・アジャルタからプランを問われて、鎧を着終わったアキレアが答えた。

「不意打ちってどうやって」

「真正面から扉蹴破って、勢いのまま行けば二人くらい倒せるだろう」

「……確かに間違っちゃいねえけど、それを不意打ちって言っていいもんかね」

「不意は突いてるだろ?」

「……ま、いいさ」

 これ以上マシな答えを求めたところで返ってきそうにない。クロッカスは肩を竦めて話を打ち切った。

「さて、それじゃあ進むぞ」

 荷台を引く馬に跨って、アキレアが剣と賢(ナイツアンドワイズ)の面々に馬車に乗り込むよう指示を出す。

 その言葉に従って、次々と荷台に乗り込むフェイトたち。先ほどまで荷台の中に置かれていた空の木箱は一つに纏められ、それが出来ない大きさのものは道中に打ち捨てて。木箱を纏めることによって出来たスペースには、簀巻きにされて猿轡をされた盗賊たちが転がっていた。

「んー! んうー! んんん!」

「うわあ、辛そう」

(から)くもあり(つら)くもあるな」

 悶絶する声を上げる盗賊たちを見下ろしながら、フェイトは憐憫の言葉を向ける。彼らの中に魔術行使により縄抜けが可能な者がいた場合の対策として、彼らに噛ませている猿轡にはたっぷりと唐辛子が染み込ませてある。こんなものを口にしたまま集中することなど到底不可能。もっと苛烈な連中は更にこの状態に付随して、服の中に摩り下ろした山芋を入れるなりするところもあるらしい。最早こうなってしまっては盗賊も残酷な冒険者たちへの玩具、生贄にしかならない。

「うるせえ騒ぐな! 耳障りだ。……そうだ、首から上を落としちまえば唸りも上げられねえよなぁ?」

 ザンツ・ストゥルマンが犬歯を立てて盗賊たちに脅しを入れる。……いや、彼からすればそれは脅しではなく、本意なのだろう。斧が背負う大斧の柄を握り、獰猛な笑みを浮かべる姿に、盗賊たちは一堂に震え上がり、必死に声を抑える努力をする。

「ザンツ、荷台ではやるな。血で汚れる」

 ――荷台じゃなければ許可するのか!

 アキレアが掛ける言葉は彼らにとって救いのあるものではなく、寧ろ仲間の行動を暗に認めるものだったことにより、盗賊たちはより一層の恐怖を覚える。

 そう、そしてこの大斧の男は既に盗賊たちの身内を一人殺しているのだ。他の連中も自分たちへ刃を向けてはいるが、少なくとも命を奪うまではしていない。だがこの男は違う。仲間の一人を頭頂から股先まで一刀に叩き割っている。言葉通りに自身を殺しても何一つおかしくはない。

 ――くそう、どうして俺は盗賊なんてやろうと思っちまったんだ。

 盗賊のうち一人が、内心で己の軽挙さを恨み始めていた。


 


 馬車を進め、剣と賢は森の手前に歩を進めた。

「ここから入っていって大体二十分くらい、だそうだ」

「警邏している盗賊に見つかったらどうするんです?」

「相手は二人だろう? 捕捉される前にこちらが捕捉するさ。問題はない」

 随分大雑把な。愛想笑いを浮かべたまま、フェイトは黙って頷いた。

「ザンツ。お前は馬車の中に残れ。見張りだ」

「ああ? ざっけんな。なんで俺がそんな面倒なことしなくちゃならねえ」

「お前が唯一殺してるだろ。最も睨みが効くからだ」

 盗賊たちの目の前で唯一彼らの仲間を殺しているのがザンツ。彼を見張りに立てることが最も盗賊への抑止力になりうるのは確かだ。

 舌打ちをしながらも、ザンツは「わぁったよ」と頭の後ろで腕を組み、荷台の中に横になった。

 他の四人からの言葉には何一つ従う素振りを見せないザンツではあるが、アキレアの言葉は不思議とよく聞く。ザンツの心中ではアキレアのことを認めているのだろう。でなければリーダーとして他者をザンツ自身の上に戴くことを良しとするはずがない。

「さて、それじゃあ行くとするか」

 アキレア、クロッカス、ハスティア・ギーヴォ、フェイトの四人が馬車から降りて、各々の獲物をその手に握り、森の中に溶け込んでいく。

「……こういうとき弓士なりがいれば楽なんだが」

 アキレアが一人ごちながら、鬱蒼と茂る枝葉を掻き分けていく。先ほど述べた「捕捉される前に捕捉する」という言。間違ってはいないし、それを行うに足る能力は彼ら四人に備わっているだろう。だが、それを本職とするのは弓士であるのに違いはない。

 ――やはり、一人後衛を増やすべきだろうか。

 ちらりとフェイトの方を見やって、アキレアは考える。後衛を期待して引き込んだ存在だが、入団前から堂々と真正面から「前衛に立つ」と宣言されて、その才に目が眩んで致し方なくそれを認め、意思を翻すことを願い続けてここまで来たのだが、ひょっとしたらそろそろ潮時、なのかもしれない。

 ――ま、今考えることではないか。

 打算する脳裏を打ち払って、アキレアは今一度眼前に集中する。敵の索敵範囲に入った挙句、本隊に合流されるのは少しばかり面倒さが増す。そうなると数字上では八人対四人。一人当たり二人を相手することになる。……その状況に陥っても負けることはないと思うが、万に一つの敵方に有利に傾く可能性も与えたくはない。

 常に最善最適手を求め続けてこそのプロだ。

 ……警邏に対する対応が緩いのはしかしてどういうことだろうか。まあ、長い時間を費やせば敵の見回りも一方的に潰すことは出来るのだが、費用対効果を考えるとそこまでの労苦を払うのは悪手だとして。

 事実、ここで彼ら剣と賢が盗賊たちの見回りに引っ掛かることはなかったのだから。


「あれか?」

「あれだな」

 クロッカスとアキレアが木々の影から小声で話しあう。目前には打ち捨てられた小屋が一つ。中からは確かに人の気配が感じられる。

「……俺が様子を確かめてくる。お前らは此処で一度待機だ」

 アキレアの言葉にフェイトとハスティアが頷いて、アキレアが体勢を低くして地を這うように進むその背中を眺める。

 小屋の後ろにそのまま回りこみ、まずは木の枠が嵌め込まれた窓の下から漏れてくる会話に聞き耳を立てる。

「……酒が足りねえよぉ。酒ぇ。手ぇ震えちまうよお」

「こないだの稼ぎがいまいち悪かったな」

「だぁからもっと高値がつくルートを探すべきだっつったんだ」

「あんまり暗いとこにゃ行きたくねえよおりゃあよぉ。この稼業始めて日が浅えんだ。世の中にゃ俺たちなんかよりもっとえげつねえ悪党だっているんだろうし」

「人殺して物ブン盗ってる俺たちが言う台詞じゃねえなぁ」

「ちげえねえ」

 見つからないよう細心の注意を払いながら格子窓から小屋の中を覗き込む。

 中は大して広くはない作りだ。外から見ても分かる通り二階はなく、入ってすぐに一部屋だけ存在する。中央に机、壁の横に暖炉。それだけしか置かれていないシンプルな内装。それだけのはず……だが。

 ――一人足りないな。

 アキレアが見る限り部屋の中には五人だけ。二人が見回りに出ているはずだから、一人足りていない。用でも足しに外へ出ているか? いや、それなら小屋の周辺で既に見つけているはず。窓枠から見える範囲は狭い。死角となっているところにいるのか?

 疑問に思っているところで、その通り、アキレアから死角になっているところから物音がする。

「……げほっごほっ。相変わらず埃だらけだ。おい今度は違う奴が入ってこいよ」

 ぶつくさと文句を言いながら最後の一人がアキレアの視界に姿を現した。

 ――埃。入る。……地下室、(むろ)でもあるのか。

 とりあえずは、確認した。来た道を戻り、待機を命じた他三人の元へ戻り、アキレアは突入時の流れを今一度確認する。

「まず俺が入る。扉は見ての通り人一人分より少しでかい程度。二人が一気に入るには難しいな。順序は俺、クロッカス、フェイト、ハスティアの順だ。……とりあえずは二人、やれるとは思うが。……それとクロッカス、中は狭いぞ。槍を気ままに振り回すのは難しいかもしれない」

「分かった」

「はい」

「了解」

「……よし、それじゃあ行くぞ」

 

 突入を決めてからの一連の行動は極めてスムーズなものだった。

 息を潜めたまま扉の前まで接近し、まずアキレアが扉を蹴破ると同時に、扉の一番近くにいた盗賊の頭を剣の腹で打ち、昏倒させる。確かな手応えをその手でしっかりと受け止め、ぐらりと姿勢を崩し倒れ行く盗賊を一瞥し、その場から跳躍。更に違う盗賊を組み伏すと同時に首元に剣の腹を当て、自身の体重を剣に掛けて、頚椎をへし折った。

 アキレアに次いで小屋に入ったクロッカスは、盗賊を組み敷いたままでいるアキレアに背後から斬りかかろうとした三人目の盗賊を石突で殴り倒す。突然の奇襲からようやく己を取り戻し、各自腰に佩びていた短剣を抜いた残りの盗賊をじろりと一睨みし、その攻撃を牽制する。

「参る。屋内だとやりにくい」

「私は別に、普段と変わらないんですけど」

 場にそぐわない暢気な会話を交わして、最後に魔術師二人が悠々と小屋の中に足を踏み入れた。

「四対三。大人しく縄につくなら無駄な血は流さなくてすむんだが」

「……誰がそう易々と捕まるかよ」

 アキレアから差し向けられた言葉に対し、盗賊の一人は唾棄しながら挑発するように嘲笑った。視線はアキレアたちを見るではなく、その背後、開け放たれた扉をちらりちらりと見やっている。

「……成程、確かに時間を稼げば数的有利はひっくり返るかもしれないな。おまけに俺たちは挟撃される形になる」

 盗賊たちの視線による意図を看過し、アキレアは四足をもがれた蟻を見るような残酷さで、彼らを見つめた。

「まず一つ。時間を経ても増える増員は二人だけ。残りの七人はどう足掻いても帰ってこない。そして二つ目」

「増援が来るまでお前たちは耐え切ることが出来ない」

 アキレアが言い終わるや否や、盗賊たちの視界に映っていたはずのアキレアの姿がぶれ、そして瞬きの間に彼らの視界の中からかき消えた。

 じわりと身体中に広がっていく熱と痛覚と共に、盗賊は察した。眼前の男は盗賊(おれたち)の正確な人数を既に知っている。そして、その内の七人が帰ってこないとも言った。そうか、他の連中は既に捕らえられたのか。

 ばすん、と、天井に何かがぶつかる音がした。そして、屋内であるはずなのに、(そら)から降ってくる赤い雨。鋭い痛み。

 盗賊の一人が、自身の腕を見る。そこにあるべきものはなく、一拍遅れて自身の身体の一部であったはずのそれは床に落ちていった。

 衝撃の果てに、意識が乖離する。口角に泡が浮かび、血の気がさぁっと引いていって、視界が暗闇に飲まれていく。ぐらりと重力に従って、盗賊の一人が床に倒れ伏す。傍らには、アキレアに刎ね飛ばされた己の両手が手向けの花のように鮮やかな赤を撒き散らしていて。

「ほぼ出番がねえなあ」

 クロッカスが小さく愚痴ると同時に、深く沈みこむようにして、盗賊たちに音も無く接近したアキレアの凶刃が、再度舞った。

 一人を、袈裟に。

 一人を、胴抜きに。

 剣に付着した血糊を払い、ゆっくりと倒れ行く盗賊を一瞥もせず、納刀する。

「何を言って。後ろから斬りかかろうとした奴をお前が防いでくれただろう」

 汗一つかかず、ほんの数十秒の間で都合六人の盗賊をほぼ一人で壊滅せしめたアキレアは、小屋の中央にある机の上に腰掛けて。

「さ、こいつらも適当にふん縛って残りの二人が帰ってくるのを待とうじゃないか」

 ティーブレイクのひと時を提案するかのような気軽さで、アキレアは言った。




 この見回りは意味のあるものだろうか。時折、そんな考えが脳裏を過ぎる。

 盗賊稼業を始めてまだ日は浅い。今のところ順風満帆に仕事を終えているが、規模で言えば大して派手なものではない。ギルドや村の警邏に警戒されるのはもうしばらく経ってからのことではないだろうか。

 毎度毎回一時間の見回り。何も自分一人に押し付けられているわけではないし、全員が全員等しく同じ回数従事しているのだから、文句を言うことも出来ない。ただそれでも、変わり映えのしない森の中を延々と歩くということは、集中力を削ぎ落とすに十分な退屈さを持っていた。こなせばこなすほど機械的に事務的に、注意力は散漫し、惰性のままただ時間を無益に消化することになっていく。

「そろそろ時間じゃねえか」

「……あー、帰るか。今日も一時間平穏無事。何事もありませんでしたーっと」

 背中を木に預けたまま空を仰ぎ見ていた相方に話かけ、日課の見回り(さんぽ)を終えて、盗賊二人は踵を返した。

 だらだらと歩き、時々木の枝をへし折って意味もなく木を叩いたり、ただ漫然と、時間が流れるのをじっと待ち続けていたため、小屋からはさほど離れていないだろう。十数分も歩けばすぐ戻れる。

 不審者――盗賊の彼らから見て、のものだ――を見つけることもなく、小屋に到着した。

 ……もしも、の話ではあるが。

 もしも、彼らがもう少しだけ真面目に見回りをしていれば、剣と賢の面々が小屋に辿り着く前にその存在を捉えることが出来ていたのかもしれない。

 もしも、彼らがもう少しだけ集中していれば、いつも小屋の中からかすかに漏れ出てくる会話が無かったことに気付いたのかもしれない。

 もしも、彼らがもう少しだけ異変に敏感であれば、小屋の扉の蝶番が常とは違う異音を発していることに気付いたのかもしれない。

 だが、彼らはその全ての仮定に触れることなく、退屈を噛み殺す欠伸混じりで小屋の扉に手を掛け開いてしまった。

「帰ったぞー……お?」

 小屋の中に仲間の姿はなく。中心に置かれていた四脚の椅子と一卓の机が小屋の隅に立て掛けられていた。

 代わりに、小屋の中央にあるのは道衣(ローブ)姿の一人の少年。紅玉が嵌め込まれた杖を持ち、魔術師然とした風貌で穏やかに立っている。

「お前、なんだ?」

 ぽたり、と水滴が落ちる音がした。

 音がしたところに目をやると、床には小さな血溜まり、天井には小さな血の痕が残っている。

「っ!」

 咄嗟に短剣を抜き去り、盗賊二人が少年を囲むように小屋の中に足を踏み入れた。その瞬間。

 ぎいぃ、と歪んだ音を立てて扉が一人でに、いや、人の手によって閉ざされた。

 跳ねるように後ろを振り返った盗賊の瞳には、二人の男の姿が映っていた。立ち位置は、丁度扉を開けば影になる場所。その男二人は、最初からそこにいたのだろう。ただ盗賊たちが気付かなかっただけで。

 男二人が、退路を防ぐように扉の前に陣取った。逃がすつもりはない。そういうことなのだろう。

「……此処にいた連中はどうした」

「全員簀巻きにして室の中だ。邪魔になるからな」

 扉の前に立った二人の片割れ、アキレアが答えた。

「そうかよ」

 盗賊のうち一人が中央の少年、フェイトに向かい、もう一人が扉の前に立つ二人組、アキレアとクロッカスに相対する。

 それを見てアキレアが頭を振って、「そうじゃない」とでも言いたげに不満の色を浮かべる。

「俺たち二人は斬り掛かられない限り手は出さない。お前たちは二人掛かりでそこの魔術師に向かえばいいんだ」

「……その言葉、信じるとでも思ったのか?」

「信じる信じないはそっちの勝手だ。これは俺たちの都合だからな。お前らが信じないまま二手に分かれるんならそれもいい。早々に斬って捨てて終わりだ」

「……」

 盗賊二人は無言のまま、応じない。互いが互いの背中を守るようにして、剣と賢に向かい合う。

「……言っておくが、時間を稼いでも増援は来ないぞ。既に潰してある。……そうだな、少しだけ信じられるようにしてやる」

 言って、アキレアは扉を背もたれにしてその場に座り込んだ。

「ほら、不利な体勢になってやった」

 思わず、絶句する。だが、それでも信ずるには足りない。

「……なあおい、ふと思ったんだけどよ。俺たちが『斬って捨て』なきゃいい話なだけじゃねえか?」

「そいつはどういう……ああ、成程な。それは確かに、盲点だった」

 成り行きを見守っていたクロッカスが出した横槍に、最初は疑問に思ったアキレアだったがすぐに何が言いたいのか理解した。

 つまるところ、防塞になればいい。扉側に向かってくる者その尽くを、死なない程度にあしらい続ければいい。そうすればどんな阿呆でもいずれ理解する。アキレアとクロッカスに向かうのは徒労でしかないと。

「前言撤回だ。向かってきてもいいぞ。適当に遊んでやる」

 座したまま、赤子を招くようにぽんぽんと自身の膝を叩き、アキレアは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 しかしてそれは幼子の心を慰めるそれではなく、薄皮一枚剥げば人を嘲笑う(くら)い笑みであることが分かる。

 舐めるな、と。罵声を浴びせるよりも早く、アキレアに向いた盗賊が逆手に握った短剣を一直線に振り下ろす。

 一閃の、白刃。黒い、雷光。

 がきん、と、鉄と鉄を打ち合わせた甲高い音が響いた。短剣を握っていた盗賊の右手はじんじんと痺れ、そして彼の首元には薄皮一枚突き破り、ぷくりと赤い血の雫が槍の穂先により浮かび上がっていた。

 一つ遅れて、弾かれた短剣が小屋の天井に突き刺さる。盗賊の首元に突きつけた槍を引き、その天井に突き刺さった短剣に向けて今一度振るい、天井の一部を破壊して短剣を今一度地面に落としたクロッカス。

「拾えよ。何もしねえから」

 槍を担いだクロッカスが盗賊に促す。

「分かっただろ? 上半身だけで振った剣にてめえの獲物を吹き飛ばされてちゃ世話がねえ。例えそこに獲物の差異があろうがよ。……俺も、次はもうちょい深く」

 抉るぜ。

 音を発さず、口の動きだけでクロッカスはそうすることを伝えた。

 二人から視線を外さず、床に落ちた短剣を拾い上げ、盗賊は一つ、舌打ちをする。

「俺がお前らに向かわないことにメリットはあんのかよ」

「んー、そうだな。お前らが牢獄にブチ込まれること自体はもう確定してんだけどな。……まあ、何人か牢獄にさえ入れない奴は出てるんだけどよ。お前が扉に向かって歩を進めるのなら」

 ざん、と木造の床を斬りつけ、一本の線を引いた。

「お前も残念ながら牢獄に入れねえよ。代わりに、土の下だ」

「そうだな、可能性があるのなら、ほら、見ろ。あの魔術師の後ろ」

 クロッカスの言葉を継いだアキレアがフェイトの背後を指差して。

「あの窓から、格子をぶち壊して無理矢理通って逃げるってのが、万に一つの可能性だろうな。その場合、俺たち全員で追うが」

「だからよ、悪いことは言わないからあっちに行けって。あのちびっ子はこっちの二人より幾分優しいから」

 盗賊は、深く溜め息を吐いた。もう、どうしようもない状況に追い込まれてしまっている。

 その状況に追い込んだ連中の言葉に従うのは(しゃく)に障るが、目の前に天国へ繋がる一本の蜘蛛の糸を垂らされているのも確かだ。それを自ら断ち切る道理もない。

「おい、聞いてたかよ」

 背中合わせに仲間へ語りかける。

「ああ。もう仕方がねえよ。そっちの二人を抜いていくよりこっちのガキ一人の方が組し易いのは確かだろ」

 言葉を受けて、一人がその場で反転し、二人の盗賊が魔術師……フェイトと相対する。

 盗賊たちの頭上を飛び越えて、アキレアとクロッカスの「精々頑張れ」「死なないように」と酷く能天気な声援が聞こえてきた。

 苦笑を浮かべながら、フェイトは杖先に火を灯す。

「焔剣」

 炎で模った剣の刀身を盗賊二人に差し向けて。

「火傷するのは覚悟してください」

 目に見えて、盗賊二人の腰が引けた。

 生物として持っている「熱」に対しての根源的な恐怖を加味しても、その腰砕けっぷりはアキレアとクロッカスの失笑を買った。

「あれは……」

「ああ、あれは……」

 互いの視線を交錯させる、それだけでお互いなんと言葉を紡ぐか理解してしまう。

『駄目だ』

 フェイトへの当て馬にもなりはしない。肩を竦めて、クロッカスもアキレアを見習って腰を下ろした。最早彼ら二人が出張る必要はこの場にはない。




 フェイト・カーミラは確かに弱い。剣と賢において彼のスタイルは足を引っ張るのに違いない。その理由は、前線で戦うには体内魔力(オド)を体内で循環、完結させることに秀でていないということに尽きる。

 体内魔力を体内に巡らせる、その技術を持つ一定以上の力量の前衛から見れば、フェイトのような魔術師は狩るに容易い鴨でしかない。前線に立つことにより魔術師が持ち得る火力を行使する暇はなく、体内魔力による身体能力向上が出来ない以上、鈍亀のようにのろまだろう。瞬く間に(なます)に出来る。……それが一定以上の力量を持つものであれば、の話だが。

 しかして、今回の相手は一定以上の力量を持つもの、では決してない。少しばかり人斬りに抵抗が無くなった単なる雑魚。口は悪いが正確に言い表せば盗賊たちはそう分類される。

 そして、フェイトのスタイルは自身より弱いものには滅法強い。火力は目の前の盗賊より多少はあり、俊敏性は両者とも体内魔力の扱いが出来ていないため五分。数的有利は盗賊側に利があるが、炎の剣はそれを容易くひっくり返す。短剣や長剣とは異なり、剣を模っているとはいえ、その本質は火だ。刃を立てる必要は無く、ただ軽く撫でるだけで効果は絶大。鉄とは違い物体ではないため、一撫でにより人体や鎧に妨げられることなく二人を横断することが出来る。

 盗賊が突き出した短剣を避け、炎の剣を適当に突き出し盗賊の身に纏わせる。ただそれだけでいい。それだけで三流の心は容易くへし折れる。

 火に舐められ、火に炙られ、身体に絡みついた火の粉をかき消そうと床を転がる様は傍から見れば道化のようで酷く滑稽だ。当人たちからすれば、まさに命を奪い合っている鉄火場に相違はないのだろうが。

 結局のところ、今のフェイトが生み出す戦場は所詮その程度ということだ。アキレアとクロッカスから見れば、演芸場の出し物と言われても納得してしまうほどの程度の低さ。

 故に、アキレアは思う。死なない程度に死にかければいいと。

 そんな児戯に興じる時間を少しでも短くすればいいと。その想いで見回りの盗賊二人をフェイトに差し向けたが、結局そんな小石では躓かないことが判明しただけ。

 盗賊二人の全身を貪婪(どんらん)な炎が一通り嘗め尽くした後、唸りを上げて地に伏す盗賊を跨いで、アキレアは部屋の隅の床を爪先で三度ノックした。がちゃりと床が開き、室の中から顔だけを出したハスティアが部屋の中を見回した。

「終わった」

 倒れている盗賊二人を視界に収めて、ハスティアが呟いた。

「ああ、終わった。のいてくれ。そこから盗賊連中を運び出さなきゃなんねえ」

 室の中には、馬車の中にいるのと同じように簀巻きにされていた六人の盗賊が転がっていた。うち二人、アキレアに首を折られた者と両手を刎ねられた者は既に事切れていたが。

 彼らが縄をほどかないよう見張っていたハスティアは、ゆっくりと室の中から這い上がり、凝りを解すように一つ伸びをした。

 それから全身を軽い火傷で覆われた盗賊の傍らに近寄って、その場に膝を折り、指先で皮膚に触れてみる。

 ぎゃっ、と、悲鳴が上がる。

 触れた自身の指先を眺めて、小さく首を傾げた後、ハスティアはそれっきり彼らに興味を失った。

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